面倒臭がりな師匠
短めの話を2つ、投稿しました。6話をまだ読んでいない方はそちらを先にどうぞ。
※ハッタリ視点です。
「早くねなさい。明日も早いですから」
ーーやっと寝ましたか。
私は目の前にいる不思議な男を観察した。
顔や体型、言動から察するに歳は10代だろうか。
髪や目も黒で、ごくごくありふれた顔つきだ。
服装も上質とは言い難いが、決してボロ布などではない。
特におかしなところはない。
この男のいた場所を抜きにすれば、の話だが。
こいつがいたのはこの界隈で複数の妖怪のなわばりがある森として恐れられている場所だった。
だが、逆にいえばその程度だ。
私のような者や陰陽師、それに有名な剣豪ぐらいの力があるものならば大したことはない。
討伐は無理でも、単身ならば通り抜けるぐらいは朝飯前だろう。
事実私も、都までの道のりを短縮するためにあの森を通っていた。
だが、この男は違う。
戦闘力など皆無に等しい。
霊刀を持っているが、体は鍛えているようには見えない。
魔法を使えるとは言っていたが、嘘だろう。
もし本当に使えるのならば、森から抜け出す方向ぐらいは分かったはずだ。
方向を知ることは魔法を使う上での基本技能だと聞いている。
ということは転移した、というのも嘘の可能性が高い。
ならばなぜ、あの森にいたのか。
いることができたのか。
戦えない者ならば妖怪のいる森に入ろう、などとは考えもしない。
気配も隠せないのでは、妖怪にすぐに見つかり食べられてしまうことを知っているからだ。
もし、この男がただの運の良いバカだとしても、分からないことはまだある。
たとえば、敬語。
貴族でない限り、敬語など使う機会はまずない。
そんな言葉を、こいつは使ったのだ。
使い慣れていないことが分かるような拙いものではあったが。
たとえば、霊刀。
これも一般的なものではない。
名のある剣豪くらいになって、始めて持てるような代物だ。
たとえば、知識。
魔法を使えないはずのこいつが、なぜゴーレムのことを知っていたのか。
私でさえ、大陸へ渡った経験が無ければ一生、知ることはなかっただろう。
それをこいつは、式神のことを、ゴーレムと言っただけで理解の色を示したのだ。
鎌をかけるつもりで言ったのに、理解されてしまったときは少々焦った。
それだけのことを知っているのに、この男は妖怪のことすら知らなかった。
分からない。
本当に、分からない男だ。
だが、危険な感じはしない。
面白そうだし、都までこいつと行動するのも悪くない。
こいつごときの力でどうこうされる程、弱いつもりもない。
それなら、今は考えなくても良いだろう。
旅の途中で、ゆっくりぼろを出すのを待てば良い。
男の問題が暫定だが、答えが出た。
なら、次は召集について考えるべきだろう。
召集がかかったのは帰ったほうが良いかと思い、都へ向かっているときだったから、予定が変わったわけではない。
だが、いくら私の腕が良いとはいえ、都を出ている陰陽師に召集をかけるくらいだ。
詳しいことは分からないが、どうせ厄介ごとだろう。
私は前にも一度、召集を受けたことがある。
妖怪達が都へ襲撃をかけることを宣言したらしく、神祇省で把握できている全ての陰陽師に召集がかかったのだ。
妖怪はより多くの人間に知られ、恐れられることで力を増す。
だから人間に襲撃をかけるときには事前に宣言するし、戦力が整うのを待つ場合がほとんどだ。
そういった妖怪の特性が無ければ都はあのとき滅んでいただろう。
召集がかけられるというのは、それだけの事態が起こっているということなのだ。
男に陰陽師にしてやる、と言ったのも出来るだけ戦力を増やすためだ。
もちろん彼に言ったように、人に教えることの経験をするためでもあるけれど。
また妖怪から何か宣言でも出たのか。
それとも大陸から何かが侵攻してきたのか。
何れにせよ、面倒なことだ。
そう思うと、急に都へ帰るのが億劫になってきた。
……はあ。
それでも、やらなければ死刑だ。
もちろん、逃げることぐらいはできるが、その場合都周辺には近づけなくなるだろう。
都を利用できなくなるのは痛い。
……逃げ道がないと思うと、益々憂鬱になってきた。
そんなときには寝るのが一番だ。
私は警戒用の式神を周囲に放ち、男の向かい側にある木によりかかって意識を手放した。