変人との遭遇
無表情かつ平坦な声でで謝罪を繰り返す美少女がいたとして。
それも、自分の目の前でだ。
どう思うだろうか。
ーー特殊な性癖をしていなければ、大半の人は凄まじく不気味だと思うだろう。
そして、俺はその特殊な性癖を持つ人種ではない。
よって、今、俺はこの状況を不気味だと考える。
「ごめなさいごめなさいごめなさいごめなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいーー」
ちょっと理系の人っぽい言葉遣いをしてみたけど、この光景が不気味であることにかわりはない。
……呪いの言葉じゃなかろうな、これ。
「分かった! 分かったからもうやめて! うるさいから!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいーー」
「人の話聞けよ! つか、お前ごめんなさいを連呼してるだけじゃねぇか! 謝る気0だろ!」
「土下座をしながらこれだけ謝罪を申し上げても許さないとおっしゃられますか。鬼ですね。この鬼! 悪魔! 死神! 変態!」
「なんでそういうのだけ反応するかなあ……って、なんかいつの間にか俺が悪者みたいになってんじゃん!」
「実際、悪者ですからね。か弱い乙女を捕まえて長期期間拘束し、勝手に罪を捏造して地べたに這い蹲らせて謝らたんですから」
確かにこいつは美人だろう。
それは認める。
緑色の髪に赤い目っていうファンタジー全開な髪の色に、整った顔立ちがあるからな。
もし俺の前世にこんな奴がいれば、世界に通じるだろうなと、そう思える程の美しさだ。
だが、美人ならばなんでも許されるってわけじゃない。
……許されることもあるけど。
「んなことやってねーだろうが。罪を捏造してんのはどっちだよ。大体、乙女は自分で自分のことを乙女とか言わないし」
そもそもお前誰だよ。
なんで名前も知らん奴とこんな喧嘩に近い会話しなきゃいけねーんだ。
こいつがどういうやつかも全くつかめない。
俺を助けようとしたくせに急に暴言を吐き出すし。
なんなんだ、本当。
「あ、自己紹介をしそびれてしまってましたね。私の名前は八田里です。ハッタリ、とお呼び下さい。あなたは?」
また急に態度変えたな、オイ。
……つか、それ名前なのか?
そんな名前聞いたことねーぞ?
まあ、それはそれとして。
名前どうするか考えてなかったわ。
前世の名前はあるけど、せっかくだしファンタジーっぽいのにしとこうか。
…… 東洋風の名前と西洋風の名前どっちだろ?
あ、でも。
あんまり聞かない名前だけど、はったりって和風だよな?
……和風、だよな?
自信ない。
まあ、東洋風の名前でいいか。
苗字も名乗らなくていいや。
こいつも名乗ってないんだし。
……考えるのが面倒臭いわけじゃないからな?
「俺の名前は龍之介だ。よろしく頼むぜ」
名前は有名な作家の人に借りた。
自己紹介が短いけど、こんなのでもいいだろ。
元々口が達者な方でもないしな。
「……それでは早くこの森から出ましょう。こうしている間に妖怪が出てきたら面倒ですから。……まさか、一人でこの森を進む、なんて言い出しませんよね?」
また妖怪がどうとか言ってるよ。
俺が気絶させられる前にも聞こえた気がするけど、妖怪ってなんだ?
や、妖怪自体は知ってるよ?
河童とか天狗とかそういうのだってことぐらいは知ってる。
けどさ、普通ファンタジーって言ったら魔物じゃないの?
妖怪ってことはあれか?
この世界、もしかしてファンタジーはファンタジーでも和風ファンタジーなのか?
……がっつり洋風ファンタジーだと思っとりました。
大体、 詐欺神がファンタジーとしか言わないのが悪い。
普通、ファンタジーって言われたら洋風ファンタジーだろうよ。
だから俺は悪くない。
悪くない。
「返事がない。ただの屍のようだ」
俺がどうでもいい思考に浸っているとこいつが何故かネタ発言をしながら俺を叩いてーーってこいつ、叩いてきやがった⁉
つか、何でそのネタ知ってんの⁉
「痛いっての! いきなりなにしやがる!」
「いえ。返事がなかったものですからてっきり死んでいるものと思ってしまいました。」
死んでたから叩くって……こいつはどういう思考回路してんだよ。
「死人に鞭打っちゃいけない、っていう言葉知ってる?」
「あなたは死んでませんから、大丈夫です。……それで、森から出ていくんですか? それとも、出ていかないんですか? 十秒以内に答えてください。あなたのせいでだいぶ時間を無駄にしてしまいましたから、これ以上はゆっくりできません」
「出る出る。そうしなきゃ死んじまうっつーの」
さっきの発言やらなんやらから察するに、この森には妖怪が出るらしい。
なら、さっさと逃げ出すべきだ。
出来るなら、こいつに同行してもらってな。
割と余裕があるみたいだし、この森についても何か知ってそうだから、森の外まで送ってくれるのならありがたい。
……異世界来て早々女の子に頼るとか、男としてどうなんだろう。
魔法が使えりゃあ、少しは違ったんだけどなあ。
それもこれも、全部詐欺神が悪い。
「そうですか。それならいいです。早く移動しましょう」
ん?
ハッタリも一緒に移動するつもりだったのか。
同行を頼む手間が省けて楽だな。
ま、そんなこんなで移動開始だ。
荷物をまとめようにも刀しかないから、すぐに移動できる。
ハッタリもいつでも移動開始できるみたいだし。
……ま、俺と出会ってから荷物を取り出すようなこともなかったんだし、当たり前か。
「ちょっと待っててください。荷物を纏めるので」
「……なんで荷物をまとめられてないんだ」
「軽く食事をしました」
いつ食ったんだ、そんなもん。
……あ、俺が首締められて気絶していた間に食べたのか。
なるほど納得。
「謝罪中にね」
無茶苦茶すぎる。
本当になんなんだ、こいつ。
……同行してくれるからとやかくは言えないけど。
「嘘に決まってるでしょう? 何を信じてるんですか? バカですか? アホですか? 死にたいのですか?」
ひどい暴言だ。
慣れてるから、別にいいけどね。
ちなみにこいつ、俺と出会ってからここまで、ずっと無表情だ。
うん。
こいつ、変人だわ。