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これは現実ではなく、俺は夢を見ているんだ…と、里山は今の事態が信じられなかった。だが、子猫にしては妙に、しっかりとした物言いをする…と里山は感じた。
『夢でもなんでもないんですよ、ええ…』
里山は心中を見透かされてるのか…と思え、ギクリ! としながら立ち上がった。
『あっ、早く会社へ! 遅刻されますよ』
子猫に促され、里山は腕を見た。まだ、間に合う時間だったが、余裕のない時間にはなっていた。
「話の続きは帰りに…」
里山は、いつの間にか子猫が話すことを認めていた。
『そうですね。僕、小次郎と申します。なにぶん、よろしく…』
「ほお、小次郎君か。猫にしてはしっかりした名だ。親御さんが付けたのかい?」
里山 武蔵は、武蔵と小次郎か…と、なにか因縁めいたものを感じた。
『ははは…ご冗談を。僕は捨て猫ですよ。そんなことより、さあ、早く』
「あっ! ああ…」
里山は早足でその場をあとにした。
里山が会社へ入ったのは、出社時間の五分前だった。
「おはようございます。課長にしては珍しく遅いですね」
課長補佐の道坂がニヤリとした笑顔で言った。
「おはよう! はは…まあ、いろいろあってな」
それ以上、訊かれなかったのは、里山にしては幸いだった。猫の小次郎と話していてな・・とは冗談でも言えない。といって、適当な作り話が苦手な里山だったから、ほっとした訳だ。