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里山は最近、妻の沙希代の攻勢に、あんぐりしていた。若い頃はあんなじゃなかった…と、懐かしい新婚時代の昔を脳裡に浮かべた。そういや、あいつ、動物にも優しかったはずだ…と、今の豹変ぶりが里山には不思議でならなかった。
「会社、遅刻するわよ!」
味もそっけもない声が背後から響き、里山はギクッ! とした。
「ああ…」
腕を見ると、いつも出る時間より数分、遅かった。里山は新聞を畳むと、急いでテーブル椅子から立った。出がけに鞄を玄関で手渡すのは、結婚当初より変わっていない数少ない妻の日課である。そしてこの日も鞄を手渡された里山は、勢いよく玄関戸を開けた。
「今日は、少し遅くなる…」
里山は少し偉ぶって外へと出た。玄関戸を閉めたとき、ふと里山の心にある思いが湧いた。
━ 今朝も待ってるだろうな… ━
そうなのだ。いつの間にか里山は公園の子猫に餌をやっていたのだ。餌は仕事先の近くで買ったドライ・フードである。妻に見つかると具合が悪いから、餌袋は公園の一角にある掃除用具入れ場の隅に収納していた。上手い具合に、掃除は滅多にされず、その場所は忘れられたままになっていた。