東方列島国家群の亜人事情
ここの所、馬車に揺られてばかりのような気がする。
そんな事を考えながら、ショウは隣で寝息をたてる汀の髪を撫でた。
イセリウス王国の街道は広く、整備もしっかりされているため、揺れが少ない。戦が少ない事と、国土が適度に狭い事から国内の開発は行き届いているようだ。
日々の政務から解き放たれたセシウスも比較的のんびりした表情で馬車に揺られていたが、流石に退屈になってきたようだ。
「セシウス。ザフィオ老は息災か?」
「ええ。今はウルケ領ですね。ヴィントがもうすぐ婚礼を挙げますので、その準備をする為に」
「ほう、それはめでたいな!」
「いやあ、お恥ずかしい」
馬車を駆っていたヴィントが恥ずかしげに頭を掻く。
「相手は?」
「叔父上の上の娘です。先の内乱で会った時に正式に決まりまして」
「従妹がお相手か。ヴィントもそういえば貴族だったのだなあ」
ヴィントはセシウスの近衛である以上に、ウルケ領の後継ぎでもある。
時が来ればセシウスの盾である役割を終えて、今度は王国の盾として北から襲来する魔獣に備える立場になるのだ。
「そう言えばとは酷いですよ、師匠」
「すぐに激して周囲の状況を見られなくなる者が貴族、ひいては王国の盾だからなあ」
「ぐぬっ!…ダイン殿下、その口ぶりは如何かと存じますが…」
「そうかね?帝国にも鳴り響いているぞ。王国のヴィント・ウルケと言えば馬上にて槍を持てば古今無双、王族の近衛としては短慮が過ぎて半人前と」
「そ、そんな評判が…」
少し前までの敵国に、褒められつつも貶されるという評価。喜ばしいのか悔しいのか分からないと微妙な表情を見せるヴィント。
と言うよりも、彼の短気は国を越えて隣にまで鳴り響いているのか。
「ヴィントの事までよく知っているな?ダイン」
「耳が大きいのは美徳だろう?…と言うより、お前が思っている以上にそこのヴィント・ウルケは騎士としての評価が高いぞ」
「そうなのか…」
「私の母はケンタウロス氏族の混血ですからね。騎馬を繰るにはその血が流れているのは非常に有利なのです」
「ケンタウロス氏族?」
「血統の純粋を重んじる亜人というのも居てな。半人半馬のケンタウロス氏族などがそれに当たるのだが。彼らは他の血が混じると下半身の馬の体を失うんだ」
「半人半馬か、世界は広いな…」
「ヴィントの母方の祖父がケンタウロスですね。ザフィオの友人という事で、私も知っています」
ケンタウロス氏族の血を引く者は、馬の体を失う代わりに馬の言葉を理解出来るようになると言われる。ケンタウロス氏族の者自体は全ての馬に傅かれる存在なので、彼らの中では混血によって生物としての格が落ちると言うのが常識的な認識なのだそうだ。
「祖父はそういう考え方が理解出来なくて里を出たそうです。祖母と小さい母を連れて放浪していた頃に、ザフィオ爺様に出会ったとかで」
「ほうほう」
「ケンタウロス氏族の血を引く騎士はどうしても注目されるからな。だからこそ我々の耳目にひっかかったとも言えるが、だがヴィント・ウルケの場合はその武勇が評判だったよ。獣の絶地の指揮官級に匹敵する程らしい、と」
「ほう!」
「持ち上げすぎですよ。仮にそうだとしても、テンペストが居てこそです」
べた褒めされたヴィントは恐縮しきりだ。
と、今度はセシウスが話題を振って来た。
「ところで師匠、亜人の話で思い出したのですが」
「うん?」
「蒼媛国には亜人は少ないのですよね?」
「ああ、亜人は少ないなあ。そんな話をどこで…ってああ、藍からか」
「はい。アルガンディア大陸と違って、未だに少数民族であると」
「亜人の血を継いでいる…ってだけならばそうでもないぞ。俺達自身が鬼神の血を受け継いでいる関係で特徴が出にくいだけでな」
「特徴ですか」
「藍さんが知らないのも無理はありませんね。蒼媛国はどちらかというと大陸から渡って来た亜人ばかりですから」
話し声に目を覚ましたらしく、汀が答える。
だが姿勢を戻さないのは、単純に甘えたい気分なのだろう。
特に止める理由もないので、そのまま会話を続ける。
「まあ、種族的な特徴がしっかりと出ている亜人種族といえば。例えば駆天様のおわす駆天国には、翼の生えた天狗族と呼ばれる種族が住む。と言うより、駆天様含めて天狗族の特徴がある者でないと住めない程厳しい環境だとも言えるかな」
「国土の殆どが険しい岩山の連なる島で構成されていますからね。自在に空を駆けるから『駆天』様ですが、そこに仕える民も空を駆ける事が出来ないといけないという訳です」
「はぁ…。翼ある亜人族ですか。我々の大陸では滅んだとされる種族ですね」
「実際のところ、駆天国と他の国は決して折り合いが良くない。実際、向こうは頭上を押さえているから強いのでな。あそこの鬼神が狂れたとしても、俺達には手出しが出来ない場合が殆どだったというのもある」
互いに隔意があったのも事実で、翼を異物と捉える他国の者と、飛ぶことも出来ないで数を恃みに粋がっていると見る駆天国の者達とでは仲良くなりようもない。
「気位は高いが、悪い奴ではないのだけれどなあ…」
「旦那様は一度、駆天国の業剣士と勝負して勝った事があるのですよ。駆天国の方々は強さに憧れる傾向がありますので、私達鬼神や旦那様のような鬼神討ちには一定の敬意を払うのです」
「厳しい自然環境の中で生きて来たからこその考え方のようだな。俺もショウの国に一度行ってみたいものだ。即位してしまったら行けそうにない」
守神という庇護者がなければ、実際天狗族もその気位が災いして滅んでいたかもしれない。
とかく『違う』事に対しては人は寛容にはなり難いものらしい。
獣の絶地などのように、それぞれ違う種族が寄り集まればまた違うのかもしれないが。
「他にも撃君国には空狐族と名乗る亜人も居るな。こちらは多数ではないが、どうやら種族的に神性に近いようで、鬼神と交わっても空狐族の特徴が出やすいようだ」
「神性に近い亜人ですか。本当に世界は広いんですねえ…」
「元々神性と人の距離が近い国柄だったからな、列島国家群の亜人は半神性とも呼べるくらい格の高い種族が多い。それが幸いしているのか災いしているのかは分からないが、その分排他的な者が多いのも事実でなあ」
「他にも何氏族か居りますけれど、一度に言っても覚えきれないでしょうから、また機会がありましたら、ね」
「はい。師匠、奥様。ありがとうございました」
それなりに時間潰しにはなったようだ。
表を見ると、空がほの朱く染まり始めていた。もう暫く進んだら、野営をする事になる。
「山霞、薪の準備を頼む。ヴィント、交替で見張るぞ」
「はい、師匠」
馬車で行く道行きは然程長いものでもない。馬車に積んである食材などで十分事足りるので、現地調達の必要はないだろう。
そもそもショウの鬼気はどれだけ隠しても草原に住む野生動物にとっては威圧的に感じるようで、まったく近寄ってくる気配がない。『手近な獣を狩って食料を調達』するのは極めて難しいのが現状だ。
この旅では汀も居るから尚更だろう。
獣肉でも調達できれば、汀に味気ない保存食を食べさせなくても済むのだが、こればかりはままならないものだ。
「そう言えば獣の絶地への案内人が居る街というのは、何という街なのだね?」
「ビゼフという宿場町ですね。同盟国なので、お互いの国同士の行き来は活発ですから、森の近くとは思えないほど発展していますよ」
「それはあの王都ほどかね」
「いや、王都以上ですね。獣の絶地は大樹海ですから、広い土地を確保するのが難しいそうです。その為か、ビゼフは両国にとって安全な隣接地として発展しています」
西はアズード、南はムハ・サザムの勢力圏と接している。北は山脈だから安全と言えば安全だが、ある意味樹海よりも開発が面倒だ。
東側のイセリウスは唯一友好的な同盟国だ。その境界に発展が集中するのも道理と言えるか。
「獣の絶地には荒くれも多いですし、娯楽も多いので退屈はしないと思いますよ」
「治安が悪いのですか?」
「いえ、闘技場で賭け試合などもしているようですから、小銭稼ぎに滞在する亜人も多いのですよ。治安が悪くては私達が介入せざるを得ませんから、街の安全は顔役がしっかりと保障していますよ」
「ほう、闘技場」
獣の絶地には獣の王が居て、既に予約をしているようなものなのだが。
まだ見ぬ強者が居ると思うと、闘技場の存在にも食指が動いてしまいそうになる節操のないショウであった。
ある程度回収が進んでしまったので、フラグ投下回です。