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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
95/122

獣の絶地訪問に向けて

「イセリウス王国次期国王、セシウス・ウェイル・イセリウスです。ダイク・ジェイ・ムハ・サザム様」

『ムハ・サザム帝国皇帝、ダイク・ジェイ・ムハ・サザムです。セシウス様、此度は我々の急な申し出を快諾していただき、心より感謝している』


ムハ・サザム帝国に一つ預けておいた交信球を利用し、直接の対話を行う両国の主。

王兄派の勢力を壊滅させ、多くの者を捕虜にしてヴォルハート城に戻ってから三日後の事である。

ヴォルハート城には交信球は設置されていないので、今回はサンカが持っていた交信球の一つが置かれている。

帝国に預けたのもサンカの交信球の予備の一つだったので、接続は容易かった。

小型の交信球は相手の顔までは見えないのが難点と言えば難点だ。通常ならば顔が見えない上での終戦の合意などと噛み付く者も出て来そうな所だが、今はダインとエザニィだけではなく王師であるショウまでもが皇帝本人であると断言している。イセリウス王国の者達に異を唱える事が出来た者は居なかった。


「正式な文書の取り交わしは私が即位してからという事にさせていただきたく思います。何しろ急な事でしたので、即位に関わる重要な儀式を行う事が出来ておりません」

『私どもはそちらにお願いをしている立場です。急かすような真似は致しませんが、こちらも一刻を争う案件を抱えている次第です。そちらへのご協力を先にいただく事は出来ますか?』

「獣の絶地への案内と伺っておりますが」

『左様です。今回邪神の右腕は討滅されましたが、邪神崇拝者は大陸各地より集い始めております。邪神復活を防ぐ事は、大陸はおろかこの世界に生きる全ての者が手を取り合って行うべき責務でしょう』

「仰る通りです」

『まずは我々が率先して獣の絶地と手を結ぶ事は、その姿をこの大陸に生きる者達に示す事になります。そして、気が遠くなるほどの時を通じて闘い続けてきた我々の停滞した歴史に終わりを告げる嚆矢にも』


なんという言い種か、とショウは内心でひとつ溜息をついた。

いや、言っている事は正論なのである。これ以上ない程に。そしてこれが成立すれば大陸の歴史に確と刻まれる事績となるだろう。

更に、仲立ちをしたセリウスの声望も同じく高まる事になる。

誰も損をしない、理想的な展開と言えた。


「…どうしよう、失笑を禁じ得ない」

「態度には示すなよ、俺もつられる」


隣に座って様子を眺めているダインもどうやら考えている事は一緒だったようだ。

ショウと汀、ダインの三名にとっては、この会談自体、何の感慨を及ぼすものでもなくなっている。

反面、ジェックらイセリウスの者は目を輝かせている。この場に居合わせた事、それ自体が栄誉であるかのように。


「…言えないよなあ、既に先方とは話がついているなんて」

「なぁ」


感動したのか、彼らとは少し離れているテリウスやエザニィもセシウスの様子から目を離さない。

二人の様子を羨ましく眺めてから、ショウとダインは揃って溜息をついた。

知らなければあのように純粋に歴史の転換点に立ち会えたと感動を胸に宿せたのだろうか。

彼らにしてみれば、ダイクとエゼン・レ・ボルの共謀に巻き込まれた形のセシウスが不憫でならない。

言ってみれば、セシウスを介するのは状況への不自然さの隠蔽という理由しかないのだ。


「隠さなくてはならないのは分かるんだが…。ならばせめて事が済んでからに…、いや、後で知っても同じ事か。はぁ…」

「むしろこの感動を返せ、って言いたくなるだろうから良かったんじゃねえか?」


どちらにしろエザニィやテリウスはこの真相を生涯知る事はない。

セシウスについては今後三ヶ国で連携を、となったら改めて巻き込まれそうだ。

歴史の転換点に立ち会った誇りが、茶番の一幕だったと知ったらどう思うだろうか。


「まあ、セシウスは動じない奴だから。逆に感心するかもしれん」

「そういう素直さ、羨ましいわ」


周囲の静かな熱狂とは対照的に、三名は比較的冷めた目で『歴史の転換点』の一つを見守ったのだった。





「さて、獣の絶地に向かう…というだけでしたら、然程難しい事ではありませんが」


会談を終え、セシウスの執務室に集まる一同。

反乱の鎮圧も終えた以上はここも撤収し、いよいよイセリウス王城に入る必要があるのだが。

セシウスはダイクの依頼を受諾した為、一刻も早く獣の絶地に入らなくてはならない。ついでに即位の報告などを行えば一石二鳥である。

一旦王城に戻ってからでは時間が余計にかかってしまうので、セシウスはヴォルハート城から直接向かう事になった。


「広大な森の中で、いかに巨大とは言え都を見つけるのは難しいですから。都の場所を知る者の道案内が必要になります」

「その口ぶりですと、案内人はイセリウス王国内にも居られるのですね?」

「ええ、獣の絶地から派遣されている公式な案内人が。私と師匠、奥様辺りは問題なく許可されると思うのですが…」


と、視線がダインに向けられる。訝しげな表情で、セシウスはダインに問うた。


「本当に、一緒に行かれる心算ですか?」

「ああ。次期皇帝として、現皇帝の代理として来ている以上は、俺は直接お会いする必要があると思います。やはり難しいですかね」

「…私も準備がありますので、何にしても出発は数日後となります。今のうちにあちらに手紙を書いていただけますか?案内人を通じて都に届けさせましょう。返答待ちとなるでしょうから、入れるまでに現地で時間を潰す事になるかもしれませんが…」

「構いません。すぐに取り掛かりましょう」


頷くダインに安堵の息を一つついて、ふとセシウスは思い出したかのように手を叩いた。

さもそれが最も重要な事であるかのように、真剣な面持ちで一同に問いかける。


「ところで、師匠と奥様、ダイン殿と私は獣の絶地に向かうのは確定として…。他には誰が一緒に行く事になりましょうか」

「…む」


その言葉に、テリウスとディフィ、ヴィントの目が鋭く細められた。

成程、サンカは汀の身の回りの世話があるのでほぼ確定となる。逆に次期王妃のアイまで国を空ける事は出来ないだろうから、アイは居残りとなるだろう。

また、エザニィはダインと獣の絶地との交渉の結果が明確に出るまでイセリウス王国に留まる事になっている。彼への護衛も必要だ。

ジェックは元々興味がないようだから競争には含まれないとして、アイとエザニィの護衛に二人、同行者が一人となるだろうか。。


「ああ、今回はテリウスは強制的に留守番だから。久しぶりに私の影武者として暫くここに滞在していてもらう事になるね」

「え?」

「獣の絶地への即位の挨拶は大切な儀式ではあるけれど、国内は今回の事で分かるように決して盤石ではないから。私が留守にしていると知れれば、またぞろ悪い虫が出てこないとも限らない」


セシウスの説明に、天を仰いで額を押さえるテリウス。


「なんてこった…」

「行って挨拶して戻ってくるだけだから。師匠たちもそのまま直接アズードには向かわないだろうし、少しの辛抱だよ」

「うぅん…そうだね」

「私としてはアイどのと数日とは言え離れ離れになる事の方が耐え難いですが!アイどの、もし似ているからと言ってテリウスが悪さをしようとしたら言って下さいね。斬首します」

「おいっ!」

「承りましたわ、セシウス様」

「アイさんまで!?」


悲痛な声を上げるテリウス。

誰もが冗談だと分かっているので、その様子に笑いが漏れる。


「まったくもう…分かったよ。セシウスの代わりにアイさんの無事は僕が護ろう」

「頼むよ」


服装も喋り方も違う二人ではあるが、その様子はまるで双子の兄弟のように見えた。

そして、もう一人の同行者の座はヴィントが勝ち取った。

ディフィは連合城砦で無理をした経緯がある。ほんの数日の事だったうえ、大怪我をした訳でもないので本人も休む意義を感じてはいなかった事もあり、一度しっかりと休ませる必要があるとの結論に達した為だ。

喜び勇むヴィントに、だが彼の主は少しばかり辛辣だった。


「ああ、ヴィント。分かっていると思うけれど、テンペストは連れて行けないからね」

「えっ」

「当たり前だね。まったく手入れもされていない森に入るんだ。テンペストは歩く事も覚束なくなる恐れがあるから」

「…分かり…ました…」


全力の渋面を作りながら、ヴィントが頷く。

結局、この打ち合わせで二人が肩を落とす羽目になってしまったのだった。

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