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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
94/122

砦を斬る

まだ戦端は開かれていない。

それほど待てるような状態ではないのだろうが、向こうは砦を開けて突撃してくるような事はないようだった。

来るはずもないムハ・サザムの軍勢がヴォルハート城近辺を掻き回すのと『連動して』国軍を挟み撃とうとでもしていたのだろうから、自分達の勢力だけでは勝てない事ぐらいは分かっている筈だ。貝のように閉じ籠るのは当然と言えた。

セシウス達にしても、勘違いも甚だしいこんな連中に貴重な戦力を浪費したくはないだろう。

とは言え、状況が読めていないのはごく一部で、連れられている兵士までもが王兄派に心酔しているという事はないと思いたい。

包囲する軍勢をかき分けて、最前列に立つ。

成程、この国の基準で考えると十分大きな砦だ。この国ではこれより大きい建造物は数える程しかないのではないだろうか。

とは言え、ショウは先頃ムハ・サザム帝国で二つの砦と砦を繋いでしまった超巨大な連合城砦都市などを見てしまっているから、然程の感動はない。

弓が届かないぎりぎりの距離辺りまで近寄ってから、声を張り上げる。


「砦に籠っている諸君!俺の名は時雨湘!諸君の敬愛するフォンクォード・ノスレモスを討ち取ったのは俺だ!」


ざわりと砦の中の空気が震えた。

程なく勢いよく数本の矢が飛んできたが、準備も滞っていたのか殆どがショウの手前で失速して落ちる。

届いた矢の一本を空中で掴み、他は業剣で払い落とす。


「熱烈な歓迎痛み入る!さて、この度セシウス陛下は、この砦を即時廃棄する事を決定した!ついては諸君には早々に退去願いたい!さもなくばこのまま作業に入らなくてはならないからだ!」


当然ながら、動きはない。

勿体ぶるように暫く待つ素振りを見せて、大きく息を吐く仕草。


「退去の意志はないようだな!残念ながら仕方がない!このまま作業に入らせていただこう!せめてもの忠告だ、地面より高い位置にいる者達は今すぐ下りる事だ!三十数える間だけ待とう!ひとぉつ!ふたぁつ!…」


数え始めるが、特に上階の気配に動きはない。あくまでショウの言葉を挑発と捉えているようだ。

被害が出てしまうのは無理からぬことではあるが、出来ればどちらの被害も減らしたいと思っていた。

反乱を起こした者達は生き延びていても最終的には処断されるだろうが、彼らもまたセシウスの統べるイセリウスの民である。師としては最大限助命を心掛けたいところだった。

中からは、「持ち場を離れるな!」などと言った怒声が聞こえてくる。逃げ出していないのだからそんな事を叫ぶ必要もないだろうにと思うのだが。


「さぁんじゅう!…さて、気は進まないが」


見えぬ範囲は巻き込むのも已む無し、と心に定める。

出来る譲歩はした。後は個々の運を天に任せるほかない。


「水鏡の術」


業剣を出したまま使うには難度の高い術式だが、なんとか四枚の『水鏡』を創り出す。

自分の手前に一つ、その前方に角度を斜めにして三つ並べる。

最後に業剣に鬼気を集えて、構えを取る。


「萬里鬼笑閃!」


逆袈裟に振り抜くと同時に放たれた鬼気の刃は、寸分違わず最初の水鏡に直撃し、見事にそれを両断した。

続けて並んだ三つを同じく一度で両断する。水鏡を両断した萬里鬼笑閃は目に見えて大きくなって、水鏡を三つ並べても長さが足りなかった程だ。

そしてその分も更に巨大化した萬里鬼笑閃は、あっけなく砦を通り抜けて行った。

本当に何事もないかのように通り過ぎた鬼気がほどけ、中空に消える。


「以上」


誰にともなくそう告げると、ショウは業剣を納めた。

周りを見渡して、それなりに鎧の仕立てが上等な人物を探す。恐らくそれが指揮官だ。

首尾よく見つけたショウは、堂々と砦に背を向けるとその人物の下に向かう。


「指揮官殿」

「は、はい!どうかなされましたか、王師殿」

「終わったよ。軍を動かして鎮圧するといい」

「は、それは、どういう…?」

「倒れてくる恐れもあるから、慎重に包囲するように。中には運悪く輪切りになってしまっている者も居るとは思うが、適切に弔ってやって欲しい」


矢継ぎ早に指示を出すショウに困惑する、指揮官。


「いや、しかしですね王師殿。このままの状態では―」

「ん?…ああ、確かにあのままでは分かりにくいか」


ショウは事もなげに呟くと鬼気の塊を作り、それを勢いよく握り潰した。

ぱぁん、と。乾いた音が響く。

その刹那。


「お、おい!城壁が…」

「た、倒れるぞ!」

「危ない、退け!」


内部で悲鳴が上がった。めりめりと音を立てて、振り抜かれた角度そのままに、砦の外壁は音を立てて地面に落ちた。

振り抜いた角度の為に斬れたのは一部でしかないが、壁が落ちた所からは砦の中が丸見えだ。

そして、大きくなった萬里鬼笑閃は砦本体をも通り過ぎて行ったのだ。

外壁が破壊されたのだから、当然―


「そろそろだと思うのだが、どうか」


まるでその言葉を待っていたかのように、砦の上部がずれた。

下では恐慌が発生している。悲鳴と怒号が入り交じり、落ちてこようとする砦の上部がどこに落ちるのかもまともに判別出来ていないらしい。

だが無慈悲にも時間切れとなる。動き出してしまえば、今度は早かった。

ずれた砦は、そのまま切れ目に沿って滑っていく。


「おお…砦が…」

「最初に警告はしたからね。後は任せるよ」

「は!お任せ下さい王師殿!」


壁の一方は既に全て斬り払われていて丸見えだ。砦本体にも致命的な損傷を生じており、最早砦は砦としての体を為していない。落下した砦上部の下敷きになった者も居るようで、砦内部の混乱は収まる気配を見せない。

後はもう、任せてしまっても大丈夫だろう。

まだまともな判断力を有している者達が投降するか徹底抗戦するかは分からないが、ともかく与えられた役割は終えた。これ以上関わる必要はないだろう。

ショウは満足とともに元来た道を戻るのであった。




ショウを迎えてくれたのは、感動に瞳を輝かせた汀だった。そのまま抱き付き、夢見るように一言。


「お疲れ様でした、旦那様。とても恰好良かったですよ!」

「それは良かった」


笑顔で祝福を受け入れるショウ。

そんな様子に苦笑いを浮かべながら、セシウスが告げてくる。


「ありがとうございました、師匠」

「おう。あれで良かったか?」

「ええ、十分です。それにしても、暫くお会いしないうちに何とも感性が人間離れして来られましたね」

「に、人間離れとは酷いな」


と、セシウスの後ろから現れたテリウスが神妙な表情で口を開いた。


「師匠。僕達は師匠があのまま砦の中に飛び込んで、敵兵を薙ぎ倒すものばかりだとばかり思っていました。まさか砦ごと両断するなんて思いもしませんでしたよ」

「考える事の規模がいよいよ神性の方々に似て来られたのですから、適切な表現ではありませんか?」

「おいおい…」


神性に近付いたと言われるのは嬉しいが、どうにも褒められている気がしない。

どちらかと言うと、間接的に雑だと言われたような気がする。


「大丈夫、旦那様は今日も恰好良かったんですから!」


そんな中にあって、唯一汀だけがいつも通りだった。




なお、反乱はこの日の内に鎮圧されたそうだ。

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