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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
93/122

人は自らの信じたいものしか信じない事への諦観

取り敢えず行軍する国軍に随行する事になったショウ達である。何故だかダインとエザニィも居るが、これは本人達の希望ではなくセシウスの意向だった。

ショウや自分が離れてしまうと、短絡的な行動に出る者が居ないとは限らない為の配慮である。


「それで、ノスレモス付近という話だったが…」


ノスレモス自体はセンタモレスよりも北、ウルケ城砦よりも南に位置する。

領自体は穀倉地帯である為に非常に広いが、逆に言えば農繁期には国軍の通過には配慮を要する地域でもある。

大軍同士がノスレモス領でぶつかれば、それだけで国民の非難を浴びる事になる。ウルケ城砦に領軍を引き寄せたのはそういった事情があったからだ。

とはいえ、収穫も終わり、これから冬に向かうこの時期には逆に丸裸の土地となる。

それでもノスレモスに拘泥する必要があったのか。


「ノスレモス城に入って徹底抗戦の構えでも見せているのかね?」

「いえいえ、ノスレモスの城自体には城砦としての機能はありません。勿論兵士は居ますが、城壁もないのは師匠もご存知でしょう?」

「と言うより、イセリウスには大きな城砦を備えた街は数える程しかありませんから」


セシウスとテリウスが口々に説明をしてくれる。

誂えられた馬車に揺られながら、一行が向かうのはそこより僅かに西にある大砦だという。


「なんでこんな所に砦が?」

「イリザ・ウ・ボル大砦。砦としては大規模ですが、城砦と呼ぶ程の規模でもありません。…これについては、昔に起きた我が国のとある事件に端を発します」


イセリウス王国の北限は山脈であり、その向こう―北方大陸から海を越えてやってくるとされる強大な魔獣に対抗する為にウルケ城砦が存在する。これがいわば王国の北の護りだ。

ウルケ領は山脈の鉱山地帯までを含み、良質な鉄材とそれを加工できるドワーフ、ミノス族を手厚く遇している。ウルケ城砦が魔獣を引き寄せ、それでも文字通り鉄壁の護りを発揮するようになる為に必須の政策であったと言えるだろう。

ところがウルケ領と呼ばれるようになる前、北の領地は貴族達にとっては島流しに等しい土地だった。

ザフィオが領主となってウルケ城砦を作るまで、領主となった貴族はただ場当たり的に事態に対応するだけだった為だ。

数年に一度、不定期に現れる魔獣に対処する為に砦を作っては壊され、人が死ぬ。

軍勢を強化しようにも被害が増員を上回る事も多く、対処しきれなくなった魔獣を決死の思いで足止めし、他領の軍勢が応援に来るまで耐えたという話もよく聞かれた。

軍内部でも北方への配属は半数が死ぬからと、長い間いたく不人気だったのも頷ける。


「そしてある時、一頭の魔獣を相手に足止めすら果たせず、南下させてしまった事があるのです」


縦横にイセリウスの国土を蹂躙した魔獣は、当時偶然来訪していた獣の王の娘の一人に文字通り叩き潰されたのだが、被害の爪痕は軽くなかった。

特に被害が大きかったのは当時から穀倉地帯として鳴らしていたノスレモスの辺りだったという。

魔獣を討ち果たした獣の王の娘は後にイセリウス王妃となり、セシウス達の先祖を産んでいる。

当時のイセリウス王の長子が魔獣を打ち倒すその雄姿に惚れ込んで熱心に求婚したとも、王国の至宝とも呼ばれた王子の美貌に彼女が一目惚れして熱心に通ったのだとも伝わっている。


「まあ、残された記録を読むに両方だったようですよ。荒々しい女性だったようですが、言い換えれば明るく活発な方だったとも言える訳で」

「軍勢が蹴散らされた魔獣を一人で打ち倒すのだから、それはなあ…」

「とまあ、その女傑の名前がイリザ・ウ・ボル、後にイリザ・イセリウス妃ですね。彼女の偉業を称えると共に、南下してくる魔獣を押しとどめる為に軍が駐屯しておく必要があるとの事で作られたのがその砦です」

「ウルケ城砦が完成して、万が一にも魔獣が南下しないように対策を打っていますので、ここ百年は最低限の整備だけして捨て置かれている事になっています。伯父上の蜂起を画策した連中が秘密裏に色々と運び込んでいたのでしょう」

「やれやれ、俺がムハ・サザムに向かっている間にそんな事があったのか」

「中々に堅い守備を見せています。どうやら先頃のダイン殿の動きも『国内の王兄派を支援する心算だったのだ』と大分好意的に解釈した模様で」

「傍迷惑にも程があるな…」


ダインが溜息交じりに天井を仰ぐ。

仕出かした事が事だけに、ダインの舌鋒も切れがない。

エザニィは目を細めて弟の様子を見守っているが、ふと思いついたように口を開いた。


「ですがその場合、我々が声をかけても効果はないでしょうね」

「そうなんですか?むしろ王子様二人が声をかけて下されば無用な争いにはならないと思うのですけど」


疑問の声を上げたのはサンカだ。

人間同士の戦についての知識に疎い汀も頷いている。


「彼らはムハ・サザムと連携が取れている訳でも、自分達だけで長砦を越えられる訳でもない半端な状態ですから。進退窮まった所で偶然現れた軍勢に一縷の望みを賭けている訳です」

「そんな所に和平交渉で現れた皇子二人が現れてみたらどう思う?何しろこちらが一切与り知らない連中だ。そもそも俺達が本物である事さえ信じないんじゃないか」


一般の兵士はおろか、イセリウスの貴族でダインやエザニィの顔を見た事がある者はいない筈だと当の二人は断言した。

そもそも帝国内ですら皇子の顔を知らない者が多いのだ。二人の顔がイセリウス王国に伝わっているとは思えないとも。

皇族は大河ルンカラ近くの砦に配属された後も、ほぼ年季明けまでルンカラ自体に近寄らない。

名乗った所で本人だと判別できる者がいなければ、ただの偽物だと騒いで終わりだ。


「…と言う訳で、彼らは我々の存在を認めないでしょうね。どうせ待つのは身の破滅しかないとはいえ、こんな状態で一縷の望みを絶たれてしまえば、自暴自棄になって何をしでかすやら」

「信じても信じなくても末路は変わりませんけどね」


さりげなく怖い事を言い切るセシウスに苦笑で返し、ショウは聞きたかった事を聞くことにした。


「それで、俺達…いや、俺一人か?俺に何をさせたいんだ、セシウス?」

「どうしましょうか」

「おい」

「あの砦はもう先代の頃に折を見ての廃棄が決まっていたので、大事に保管されていたイリザ妃の碑は既に回収されているのです。それ以外に重要な施設や物品はない筈なので」


何とも長い前置きをしていたセシウスが、それでもわずかな逡巡の後に切り出す。


「師匠、この際なので砦ごと連中の戦意を挫きたいのですよ」

「ああ、そういう願いか…。悪いが」

「奥様。師匠の恰好いい所を見るにはこれ以上の機会はそれ程ないと思いますが―」


断ろうとしたショウの言葉を遮り、矛先が汀に向く。

そしてショウの言に頷きかけた汀だったが、セシウスの言葉を聞くや否や、


「旦那様…。私、魔人と闘う旦那様の雄姿、見られなかったんですよね…」

「うっ…!」

「私も、旦那様の恰好いい所、見たいです…」


瞳を潤ませて問いかけるその姿に、敗北を悟る。

まあ、人と人の争いに関知しないとしているとは言え。ショウにしてみれば結局の所、汀さえ良ければそれで良いのだ。


「ではダインとエザニィ殿の降伏勧告が不発に終わりましたら」

「本当ですね!?」

「ええ。その時は、必ず」

「では楽しみにしていますね!」


邪気のない笑顔で喜ぶ汀。

それでもダインとエザニィに敢えて失敗しろとまでは言わない辺り、その辺りの自制は出来ていると見るべきなのだろうか。




さて、その結果。


「…やっぱり上手く行きませんでしたね」

「ショウ、一人残らず斬ってしまえ」


案の定散々に偽物扱いされた二人は、対照的な表情で馬車に戻ってきた。

ショウは溜息をつきながらも、汀の期待の視線を背に受けて馬車から颯爽と飛び降りたのである。

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