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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
91/122

帝国側から大河を渡る

イセリウス王国とムハ・サザム帝国の境目は大河ルンカラであり、ルンカラ近くのムハ・サザム側の砦は現在再建の途中である。イセリウス国軍は既にルンカラの向こうに退がっており、王師であるショウやテリウスの無事を担保している状態だ。

そしてイセリウス王国側に存在する大陸の名所の一つ、大河の長砦は今もその威容を保っている。

その様を見ながら、ダインが呟く。


「結局俺の代でもあの砦を攻め落とす事は出来なかったな」

「おや、帝国はここを然程重視していないと言うのが定説だったのだけれど」


それに反応したのはテリウスだ。

ショウと出会う前は、ヴォルハート軍の一員として砦に詰めていた経験もある。たまに思い出したように斥候を送られたり、嫌がらせ程度に攻撃を加えて去っていく部隊とも交戦したという。

どれも共通していたのは、弓を射かけたら直ぐに後退したという点だそうだ。


「どうしても獣の絶地との接点が主戦場になるからね。皇族が歴代ここの将を務めてはいるが、私も内心苦々しく思っていたものだよ」


そしてテリウスに応えたのは、今回大使として遣わされた包帯姿のエザニィだ。

理知の光宿る瞳と、顔の下半分はある程度治癒したという事で露わになっているが、元が整っているお蔭か包帯姿がまるである種の覆面のように見える。

そして包帯姿なのにそこに一種の美を醸し出すのだから、貴公子というやつは侮れない。


「ダインは私と違って父上の才気と困難に挑む気質を受け継いでいるからね。砦を率いる立場になったら一度は攻め落としたいと思ったのだろう」


だが実際、もし攻め落としたとしてもその先にはジェック率いるヴォルハート領軍本隊が居る。戦上手と名高い将軍が自分の土俵で待ち受けているのだ。敢えて砦を越えたとしても失う物の方が遥かに多かっただろう。

やはり『ムハ・サザム帝国の軍勢でも陥落出来なかった砦』という名が残るのは悔しいのか、その言に渋面を隠しもしないダイン。


「兄上は陥としてみたいとは思わなかったのか」

「私はルンカラ砦はイセリウスのもしやの侵攻を抑える為の役目を負っていると思っていたからね。むしろ最前線で戦っている兵達を挟撃させない為にここを死守せねばならないと兵を鼓舞していたなあ」

「…そうだよな、兄上が全面的に正しい」


実際にイイリヤルエイプまで用立てて大河の長砦に攻め寄せたダインは頭を抱えていた。いや、リゼの事や火群の一件がなければ、ダインもわざわざ益少ない攻撃をかけようとは思わなかったのだろうが。


「成程、ダインもエザニィ殿もイセリウス王国には複雑な思いを持っているのだな」

「イセリウス王国は私達にとっては魚の小骨のような存在ですからね。それに、獣の王と近しい親戚関係を維持しています。闘神様の系譜に近いという点でも思う所はありますね」

「師匠…、あなた方も…。そういう話を僕の前でしますかね」


そしてテリウスも別の意味で頭を抱えていた。


「これから和平の会談に臨むと言うのに…」

「堅く考え過ぎなのだ、テリウス殿は。むしろ向こうは我々に対してもっと辛辣な物言いだろうと思うが」

「…ええ、そうでしょうね」


イセリウス王国とムハ・サザム帝国の間には大河の長砦を挟んでの対峙など比較にならないような遺恨が存在する。先王ハウンツ・ガナー・イセリウスの死に関わって、だ。

ハンジとリゼの存在は伏せられ、王兄による反乱とされたとは言え。当事者に近い者である程事態を把握している。

そういう意味では『リゼを引き取った』『ハンジと同じ東国の』蒼媛国なども恨まれる素地はあるのだが、それが表に漏出しないのはショウがセシウスを無事に護り通したからという事が大きいのだろう。

むしろ帰国する事無くリゼが蒼媛国に亡命してしまった為、ムハ・サザム帝国の面々の方が当事者意識は薄いだろう。


「ダインはその辺り少しばかり直情的ですから。ちょうど包帯で表情も隠れますし、今回は私が適任でしょう」


当初はダインだけが向かう予定だったのだが、エザニィはわざわざダイクに直訴して同行を願い出たのだ。

結果、テリウスは皇族二人の安全を確保するという重責を負う羽目になってしまった。

無論ショウや汀、ディフィにサンカも手伝ってはいるが、なかなか精神的な負担までは軽減出来ていないようだ。

ともあれ、問題は大河を越えてからだというのも自覚している。

川岸に立ってテリウスが大きく手を振ると、迎えの船が向かってくる。

その船を操っていたのは―


「師匠!テリウス様!」

「湘様!媛様!」

「ヴィント!それに藍も」


程なくこちらの岸に船がつけられ、アイが下りてくる。


「もうこちらに渡って来ていたのか」

「先頃媛様と一緒に来ていたのです。セシウス様の城で仕来りなどを学んでおりまして」

「それは大変だったな。しかし受け入れてもらえたようで何よりだ」

「はい。此度はセシウス様が迎えに上がる訳にもまいりませんし、私が代わりに。ヴィント殿もつけていただけたので、そういう意味では安心ですね」

「は!御后様の身は不肖ヴィント・ウルケが必ずやお護り致します!」


いや、護らなくてはならない事態にする心算はないのだが。

それはダインらについても同じことが言えた。

それよりも。


「ふむ…ヴィント。中々良い面構えになったな」

「そうでしょうか」

「心に芯が通ったように見えるな。この分ならばここからの成長は早いだろう」

「有難うございます!」


今もって力の入りすぎている様子はあるのだが、それでも前よりは格段に良い。


「セシウスは?」

「ヴォルハート城にてお待ちです」

「そうか。それでは急ぐとしよう。汀どの、お願いしますね」

「お任せください、旦那様」


更に七名を乗せた迎え船は、汀の力で来る時よりも格段に速く大河を横切ったのである。




「師匠!お疲れ様でございました」

「久しいな、セシウス!…俺が居ない間にも随分しっかりと鍛錬を積んだようだな。魂の輝きがはっきりと分かるぞ」

「有難うございます、師匠。アイどのが隣に居て下さると活力が湧いてくるのです」

「円満なようで何よりだ」

「それはもう」


ヴォルハート城の城門前ではセシウスがジェックを伴って待っていた。


「テリウス、よく生きて戻った」

「はい」

「余程の経験を重ねたと見える。見違えたぞ」

「ええ、それはもう…」

「闘神様から大きな仕事をやり遂げたと聞いた。私も父として誇らしい気持ちだ。これからも剣の道に励め」

「はい!」


ショウはセシウスと、テリウスは父との挨拶を終え、今度はダインとエザニィだ。

セシウスは王の器では現時点で己を凌ぐと師より評価されたダインに対し、少し固い笑顔を見せた。

対してダインは平常通りだ。一つ会釈をし、流暢に言葉を紡ぐ。


「この度は私どもの願いを受け入れていただき恐悦至極」

「…ダイン殿、よくお見えになった」

「即位式は済まされましたか、セシウス陛下」

「いや、まだです。獣の絶地に代替わりの挨拶にも伺っていないので」

「ふむ…。ああ、紹介しましょう。こちらは今回の大使でありますムハ・サザム帝国第二皇子、エザニィ・アル・ムハ・サザム。私の兄に当たります」

「エザニィ・アル・ムハ・サザムです。ムハ・サザム帝国より今回の大河の長砦への攻撃への謝罪と戦争状態の解除、そして恒久的な終戦と和平の為の使者として遣わされました」

「なっ…!?」


声を上げたのはジェックである。

先程から強い視線で二人を睨むように見据えていたが、流石にこの申し出は予想外だったらしい。

セシウスとはアイの交信球を通じて事情説明を済ませていたのだが、どうやらセシウスはジェックにも詳しい話を知らせていなかったようだ。


「へ、陛下!これは一体どのような…」

「大陸の歴史は動き出したという事だろう。ジェック、これから忙しくなるよ」


セシウスがダインとエザニィを伴って城へと入る。

ショウ達もそれに続き、呆然としていたジェックも程なくして慌てて最後尾からセシウス達を追ったのだった。

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