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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
88/122

皇帝と獣の王

「ここでは姿も存在感も感じるが、同じ扉から入った同士でないと触れる事は出来ない。そういう訳だからまあ、楽にしてくれ」

「では」


場を仕切るのはダイクが行うようだ。

促された円卓に席は二十存在する。取り敢えずダイクとエゼン・レ・ボルが正対し、その左右にテト・ナ・イルチとダインが、ダインの右にミラ・レ・イルチが座る。

ショウと汀は取り敢えず、ミラ・レ・イルチと一つ席を空けて、並んで座る事にした。


「…ほう」


エゼン・レ・ボルはショウ達の対応に一瞬だけ反応したが、特にそれ以上何かを言ってくる事はなかった。


「さて、エゼン・レ・ボル。これが私の次の皇帝となる三子のダイン・ディだ。今回の邪神の右腕の一件を解決した功績を以て継承者に指名した」

「そうか、ダイク・ジェイ。まずは祝いを述べておこう。そして今回の一件に関しては我々が協力出来なかった事を詫びたい」


どうやらこの場では、獣の王とムハ・サザム皇帝は対等な立場であるらしい。

ダインは火群と会話を交わした時と同じくらいがちがちに緊張しているし、それはミラ・レ・イルチも同様のようだ。

平常心を保っているのはテト・ナ・イルチくらいか。


「それで、ダイク・ジェイ。この場に部外者を連れてきた理由を聞きたいのだが」

「部外者かな。ここに入る資格は持っていると見るべきだと判断したのだが」

「御先祖様の名代と証明できるものがあればな」


ほぼ信じているにも関わらず、挑戦的な言葉を見せるエゼン・レ・ボル。

単純に面白がっているだけなのは、その目つきから察せられたが。


「…これでよろしいかな」


座ったまま最速の挙動で業剣を抜き放ち、切っ先をエゼン・レ・ボルに突き付ける。

どうやらこちらのこの反応は予想外だったようで、特に退くような失態は見せなかったが目を大きく見開く。


「…業剣か。そしてその鬼気。成程、確かにご先祖様の名代に相応しいだけの力をお持ちのようだ」

「さて。この空間でそこまで察せられるとは思わないが」

「くくっ、ばれたか。…ダイク・ジェイから説明を受けたにも関わらず、あんた今、躊躇なく俺を斬る心算で抜いただろう?どちらかと言えばその胆力かな」

「ふ。本当に斬る心算だったら実際に斬りつけている」

「…怖いな、御先祖様が褒めるだけの事はある」


からりと笑うエゼン・レ・ボルから切っ先を外し、業剣を納める。

腰を浮かしかけていたダイクと汀以外の三名も、分からない程度に安堵の息を漏らしながらゆっくりと腰を下ろす。


「乱暴な、とは言わんだろう?」

「そうだな。うちのやんちゃな連中に比べれば十分節度を保ってくれているさね」


からからと笑う獣の王。


「侮った事を詫びる必要がありそうだな」

「必要ない。こちらも詫びる心算はないからな」


お互いに今しがたの件は問題にしない事を言外に確認しつつ、ショウは椅子に深く腰を沈めた。


「さて、挨拶はこれくらいにしてだ。ダイク・ジェイ。御名代も同席させるという事は、お前は決断したという事で良いか」

「ああ。戦争を止めよう。だがまだアズードと事を構える心算はない」

「邪神崇拝者か?」

「邪神の右腕が残っていては不毛な消耗戦を強いられただろうと思うが、今ならそれもない。連中をこの大陸から駆逐するには良い機会だ」

「だがこちらが戦を止めたと知れば煩くないか」

「邪神の右腕を大陸から討滅してやったんだ。残った邪神崇拝者を代わりに一層してやるのだから内政干渉は無用だと言い張るさ」

「どちらにしろ連中は俺達以上に邪神崇拝者とは組まない、か…。分かった、了承しよう」

「助かる」


まるで共謀者のように軽い調子で会話を続ける二人に、割り込める間が空かない。

あれやこれやと今後の事を打ち合わせしている途中で、ふとエゼン・レ・ボルが首を傾げた。


「それで、和平の段取りはどのようにつける心算だ?いきなりこちらに来られても困るぞ」


何しろ公的には会った事もない二人なのだから、と冗談めかして肩を竦めるエゼン・レ・ボル。

そりゃそうだ、と応じながらもダイクは対案を既に持っている。


「イセリウスの王族がこちらに来ている。シグレ殿の弟子なのでな」

「まずはイセリウスと和平を結ぶか。…大丈夫なのか?そちらの手配りでハウンツ殿が先ごろ落命されているだろう。そもそもあの国には関わらない筈だっただろうに、何故あのような事をしたんだ?」

「娘の一人の独断でな。許可を出してしまったのは私だが、まさかあのような仕儀になるとは予想もしていなかったのだよ」


既に籍からも抹消してあるが、と苦い顔で続けるダイクだが、流石にそれは聞きとがめた。


「ダイク殿。それはリゼ殿の事かな?」

「む?ああ、そうか…シグレ殿達こそ当事者でしたな。リゼはエザニィと同じくフェリアッハを家庭教師としていたのですが、どうやらエザニィよりも察しが良かったようで、命の危険を感じるから暫く国を離れたい、と言い出しましてな」

「それでイセリウス王国へ向かわせたと?」

「名目としては調略の一つでもしてこい、と言って送り出したのですよ。目に見える功績か、長期潜入した事実が一つ二つあれば、私が娘の我儘を許して向かわせたとは言わせにくい」


皇女が敵国で調略などと思ってはいたが、そういう裏があったのか。

本人にしてみれば皇帝の厚意で仕事として送り出された手前、逃げる訳にはいかなかったのだろうが。


「まあ、リゼは私の娘の中では催眠系統の継承魔術を継いでいましたので心配はしていませんでしたが、まさか王兄への調略を成功させてしまうとは」


エスクランゼ王家に伝わる継承魔術は強い催眠系統の術だとは聞いていた。

リゼを蒼媛国に亡命したという体裁としたのはショウと汀である。事後となったがダイクにはダインを通じて事情を説明し、承諾を求めている。

ダイクは愛娘の安全が得られるならとそれを受けたのだ。


「…公的にはイセリウス国王を暗殺したのは東方の罪人であったという事になっている。その場で討ち果たされたので素性も分からないが、大公に雇われたという事実だけは強調された上で」

「表だって反対する材料には使われないと?」

「あの件に関する悪評は全て大公に覆い被せてしまっている。イセリウス国内が安定していないのに反帝国の機運が高まるのは避けたいとセシウスも言っていたからな」


結果として、リゼの存在を隠蔽するに当たってハンジの素性も帝国の関与も同時に隠蔽されている。

裏側を知る重臣は反対を示すかもしれないが、その仲立ちの役割をテリウスが負うのだ。それ強く反対を主張する者も少ないだろうとは思えた。


「そうか、なら問題はなさそうだな。ではそのように」

「…個人的には、リゼの夫となった男は今でも一度直接ぶん殴ってやりたい気持ちだけれど、私の立場では恐らくもうリゼにも会う事は出来ないし、本人も故人となったようだし、それは諦めているよ」

「それはもういい」


ダイクの口から漏れ出す恨み言を遮るエゼン・レ・ボル。

ダイク自身も吐き出すだけ吐き出して正気に戻ったようだ。気まずそうに苦笑しながら、話を続ける。


「ああ、そうだね。話がずれた。ひとまずイセリウス王国と終戦、友好関係を結んだ上で、そちらへの話を通す事になるな」

「イセリウスはやはり我々の緩衝帯となるか。それで、邪神崇拝者を根絶した後は?」

「…アズードと事を構えるようになるかもしれないな。最早そこまで行くと、私も状況は読めないよ」


だが、と。

不意に真剣な顔になって、ダイクは告げた。


「我が国は砂漠地帯を中心に広がった国々が集まって出来た。向こうが傘下に入ると言うなら受け入れる用意はあるが、亜人を人より下だなどと言い放つ連中には砂粒ひとつたりともくれてやる心算はないな」


その言葉に重く頷くのはダインをはじめとした三人である。

ショウと汀はその様子に顔を見合わせた後、火群から頼まれていた事を告げる事にした。


「…所で、火群様からこの後アズードを訪ねるよう頼まれているのだけれども」


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