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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
87/122

宮殿の地下へ

謁見が終わり、城内への逗留を打診されたショウと汀は、前回と同じ部屋に通された。

何となく後半は心労の募る謁見だった。流石に神話扱いされるには気が早すぎる。

部屋に戻って汀にそんな危惧を語ってみれば、汀はきょとんとした顔をして首を左右に振るではないか。


「あら、そんな事はありませんよ。邪神は上古の神性ですからね。その右腕を討滅した当事者の一人なのですから、それ一つだけを取っても充分神話と呼ばれる価値のある行いをされているではありませんか」

「む…。俺としては今回の件は汀どのの神話にこそ相応しいのだと思っているのですが」

「そうですね。そして旦那様は私の夫なのですから、当然その神話では準主役でしょう?」

「…ああ、そういう事になるのですね?」

「早く神性の階梯を歩き始めて下さいね。私は自分が主役である神話より、旦那様が主役の神話を謳われる方が楽しみなのですから」

「ええ。汀どのとの誓いに賭けて」


その言葉に、顔を綻ばせる汀。

寝台に座るショウの隣に座り、胸元に頭を寄せてくる。

請われるままに髪を撫でれば、心底幸せそうな笑みを向けてくれるのだ。

このまま寝台に倒れ込もうかという想いが一致した、丁度その時。


「ああ、ショウ殿、汀様。まだ起きて居られるかね?」

「無粋だぞ父上。大体用件があったのであれば予め伝えておく時はあった筈だ。それこそ昨日だって―」


表から聞こえてくる声と、扉を叩く音。

無粋と言えば無粋だが、どこまでもいつも通りの二人に、互いに顔を見合わせて笑いを漏らす。


「起きているよダイク殿、ダイン。ちょっと待ってくれるか」


取り敢えず応じるだけ応じて、汀が身形を整えるのを待つ。

大丈夫と頷くのを待って、ショウは扉を開けた。


「特に無粋だとは思わないが、用があるならば人を寄越してくれれば良かったのに」

「いや、俺もそう言ったのだが…」


ダインの言葉に、自然と視線がダイクの方に向けられる。

ダイクはいつも通りである。テト・ナ・イルチを連れて、いつもの人を食ったような笑みを浮かべている。


「皇帝陛下ともあろう方が、客人とは言え用件を直接伝えにくるのはどうなのですね?」

「済まないな、ショウ殿。ダインを私の後継と定めた事に伴って、ショウ殿と汀様にもご一緒していただきたい席があるものでね」

「…ほう?それは、ダインの連れている方がミューリ殿とは違う事も関わってくるのだろうか」


ダインの横に侍っている女性は、今回に限ってはミューリではない。

ミューリと比べても遜色ないほどの美貌だが、瞳には活発さと明るさ、勝ち気さを同居させている。よく鍛えられていると分かる。

服装も美しくはあるが、動き易さと高貴さの妥協点を極めたと言えばいいだろうか。

端的に言えば、貴婦人らしくはないのだ。らしさで言えば、ミューリの方がらしくはある。


「ミラ・レ・イルチ。テト・ナ・イルチの娘で、ダイン様の家内です。ショウ=シグレ様、初めまして」

「これはどうもご丁寧に。…時雨湘と申す。確かにミューリ殿はダインからも愛妾であると聞いてはいたが…」


頭を下げて挨拶をすれば、ミラ・レ・イルチも嫋やかに会釈を返してくれた。

と、苦笑交じりに汀が後ろから声をかけてきた。


「旦那様も、皆様も、そんな所で立って居られず、お入りになったら如何です?」

「あ」




「ミューリはキュルクェインの出身だったからな。今回はルンカラへ向かった理由も理由だったし…」


何とも歯切れの悪いダインという珍しい物を目にしながら、ショウと汀はダイク達の後ろを歩いていた。

結局、事情は歩きながら説明するからというダイクの言を受けて、そのまま部屋を出たのである。


「本来はダイン様の護衛の立場は私が務めておりまして」

「だから護衛と后は両立出来ないんだと何度も…」

「ですから、もう下りたではありませんか。次のダイン様の護衛はアグが務めましょう」

「アグ?」

「アグ・ラ・イルチ。私の弟です」

「はあ、成程」

「ですが今回は、まだ正式に護衛の位を委譲していないという事で、私が強引に」


その言葉を受けて、ショウはダイクの方に視線を向けた。


「それで、その席というのは」

「初代テト・ナ・イルチを筆頭とした獣の絶地からの『亡命者』は十七氏族に及んだ。その全てが濃い薄いの差はあれど、獣の王の血を受け継ぐ血筋だったのだが」

「随分と重大な戦力の漏出だったのだな、それは」

「ああ。だがその時から、ムハ・サザムの皇帝はある秘密を抱く事になった」

「秘密?」

「その秘密には、ホムラ様も関わっておられる」

「ほほう」

「…驚かれないのですね?」


ミラ・レ・イルチがショウの態度に逆に驚きを示すが、汀も同じように平然としている。

火群と実際に関わった事があれば、この程度で驚いてはいられないのは最早常識でもあるのだが。


「火群様ならどこの国で何に関わっておられても不思議ではないから」

「そりゃ、道理だな」


火群を心から尊敬していると言い切るだけあって、ダインもダイクも感じ入ったように頷いていた。

ダイクは足を止めず、淡々と宮殿を歩いて行く。

ふと、ダインが周囲を見回し始めた。しきりに首をひねり、視線が落ち着かない。


「どうしたんだ、ダイン?」

「…いや、小さい頃から城は遊び場だったから散々走り回っていたんだが、こんな場所を通った覚えがないんだ」

「何だって…?」

「私も初めてです。…この先に一体何が」


その疑問に答えたのは、やはりダイクだった。


「ここから先の存在を知るのは、十七の氏族の族長と皇帝、そしてその后だけだ。そして、皇帝の后が十七氏族から排出される事となったのもこれが理由なのだよ」

「この先にある物が原因だと?」

「そうだ。ムハ・サザム帝国が大陸南部に覇を唱えた理由と、獣の絶地と争いを続けなくてはならない理由。それがこの先にある」

「…大陸をこれ以上の戦禍に包まない為、か」

「やはり言わずともその答えに辿り着いていたか、ダイン」

「まあな。やはり不自然だから」


いつの間にか、道は真っ直ぐ下りていく一本道になっていた。

会話に集中していたとはいえ、気付くのが遅すぎる。

思わず後ろを見るが、明かりの少ない真っ直ぐの道があるだけだ。


「何らかの術で感覚を阻害しているようですね…」

「汀どのは把握出来ていたので?」

「いえ、私も今の旦那様の動きで気付きました。敵意を感じないからでしょうか…?」


汀の感覚を阻害する程となると、それこそ火群ほどの力がなくては難しいだろう。

当の火群は術の行使よりも自ら率先して体を動かす方が好きな質であるから、こういう術に触れる機会は少ない。しかし、その少ない機会に万年を生きる神性の使う術の精緻を見る事はあった。

火群ならば可能だろうと結論づけて、ダイクに続いて歩き続ける。

どれ程歩いたか、どれ程下りたのだろうか。一同は巨大な扉に辿り着く。

薄暗いからどのような金属で出来ているのかは分からないが、決して軽くはないだろう。


「この先に?」

「ああ。開くぞ―」


ダイクが両手を扉に当てて押すと、それ程力は込められていないだろうに、音も立てずに開いていく。


「さ、入ってくれたまえ」


言いながら先行するダイクを、慌てて追う。

扉を抜けると、そこは途轍もなく広い空間だった。

果てが見えない。上を見上げても、どこまで続いているのかが分からない。

不思議と暗くはなかったが、どこもかしこも白の強い薄い灰色をしていて、唯一床だけが濃い灰色なので、天地の境目だけは見分けがつくのだが。


「よう、遅かったな。…そちらの御二方が、御先祖様の名代か」


そんな中に、ぽつんと置いてある円卓と椅子。

その一つに姿勢を崩して座る男が一人。

浅黒い肌、鍛え尽くされた肉体と長い犬歯、理知を湛えた眼光が印象的だ。

非常に強い存在感があるような、それでいて現実感を感じさせない、不思議な感覚を覚える。


「ここは空間を捻じ曲げている場所なのだという」


疑問に答えてくれたのは、こちらを見てもいないダイクだった。

恐らく、最初に同じ疑問を浮かべた事があるのだろう。


「同じ扉から入った者同士でしか、互いと触れる事は出来ない。しかし、違う扉を通った者とも話をする事はできる。ここは、そういう場所なのだよ」


機能が向上、あるいは専門的になった交信球のようなものだろうか。

漠然とそんな事を思い浮かべていると。

ダイクはどうやら彼を紹介したいようだった。


「そうだ。こちらがホムラ様のご名代で汀様。その旦那のショウ=シグレ殿だ」

「成程、大した鬼気だ。強い存在感を御二方からは感じるな」


鬼気を知っている。

御先祖が火群であるという事は、まさか―

慌てて顔を向けたダイクは、何とも済まなそうな、それでいて悪戯を成功させた子供のような顔で、男を紹介してくれた。


「彼こそが当代獣の王、第八世エゼン・レ・ボル殿だ、ショウ殿、汀様」



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