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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
84/122

残されなかった伝承・四節 爆炎魔人と邪神崇拝者のある意味では双方の希望に合致した邂逅

連合城砦から叩き出された―形を取った―カナルガンは、取り敢えず西に向かって足を進める事とした。

叩き出された割に随分しっかりとした旅装を整えている辺りは、おそらく邪神崇拝者には気付けないだろうと開き直っている。

気配の残滓を感じて、視線を北西に向ける。


「…本当に無くなってしまったんだなぁ」


ざまあみろ、と。

口にはしないが、口許が緩むのを自覚する。

北方大陸に住む者にとって、あの巨大な神性は疫病神以外の何物でもない。

そしてショウにも言った通り、あれを崇拝するという人間が存在する事が心底理解出来ないのである。


「生き延びる為とは言え…気が重いな」


瘴気に浸食された人間はまともな正気を保ってはいないと、先ごろ呼び出されて戻って来た同胞の言である。

まず、会話が成立しないのだという。こちらの言葉を聞いているのかどうかも分からず、ただ自分の頭に浮かんだ言葉をぶつけてくるだけなのだとか。

瘴気を操れる適性がある者は、どうやらある程度の人間性を維持する事は出来るようで会話は成り立つが、絶対的に数が少ないらしい。

邪神崇拝を宗教とするならば、会話が成立しないのが一般信徒で、瘴気を操れる者が伝道師のような扱いと見て良い。

突然呼び出された同胞が何とか役割を終える事が出来たのは、召喚の術を使った者とは最低限会話が成り立ったからである。

つまりこれから、カナルガンはそういう連中と関わらなくてはならない。


「さて、砂漠のど真ん中でアレの崇拝者に偶然遭うようなことはないと思うが…」


目指す場所は旧キュルクェイン魔獣都市跡だ。

明確に『邪神崇拝者の拠点になった事がある』都市がそこしかなかったのが最大の理由だが、当然他にも理由はあった。

キュルクェイン魔獣都市自体はムハ・サザム軍によって征伐されて都市としては廃棄されているが、跡地を邪神崇拝者が拠点にする可能性が高いと踏んだのだ。

キュルクェインの位置が最も邪神の砂漠に近かった事。

廃棄された事でエスクランゼ領からの支援も行かない為、跡地をいちいち確認に行くような酔狂な者は誰も居なかった事。

元々魔獣や邪神眷属を戦力として活用する方法を研究していた都市であった事。

ダインは邪神の右腕を処理する前から、既にキュルクェイン跡地に邪神崇拝者が結集しているだろうという確信に近い予測を立てていたのである。


「とは言え、今頃泡を食っている頃だろうな」


邪神の右腕は消滅し、その気配の残滓も清浄な鬼気によって浄化されつつある。

ダイン達の言を信じるならば、瘴気に穢された砂漠を浄化して巨大な湖にしたと言うから、最早そこから邪神眷属が発生する事もないだろう。

一晩経たずして象徴を、拠り所を失った邪神崇拝者の混乱や絶望は知る由もないが、少し目端の利く者であれば、これが神性による討滅であると理解出来た筈だ。

混乱の度合にも依るが、必ず彼らは残った戦力で仇討ちに走るだろうと予想されていた。

その辺り、例え伝道師階級であろうと自制する事は出来ないだろうとも。

程度の差はあれ、彼らの視野は狭い。


「向こうを何時頃出たかにもよるだろうが…」


たった一人、とぼとぼと砂漠を歩くカナルガンは独り言を続ける。

そうでもないと、何だかもう色々と嫌になりそうだったからだ。

普段以上にくたびれた目つきで、周囲を見回す。

身体的に恵まれた魔人にとって、砂漠の環境程度では音を上げるには至らないが、一人きりでひたすら見栄えの変わらない砂漠を歩き続けるというのも苦行だ。


「はあ、しんどい」


だが、カナルガンにとってダインの提案はどちらかと言えば有難かったと言って良い。

ただでさえ死を覚悟していた所に、家族の無事も維持しつつ、目的の達成の為に時間を引き延ばせるとなれば受け入れない理由がない。

何より、結果としてあの疫病神に一泡吹かせられると言うのであれば。

言葉にしてしまうと誰に聞かれてしまうか分からないので、決して言葉には出さないが。

カナルガンはくたびれきった歩き方とは別に、内心ではやる気に満ち溢れていたのである。




歩き通して三日目の朝。カナルガンは昨晩の残りの肉を齧り終えて、残った骨を投げ捨てた。

連合城砦を出る時に調達した干し肉は退屈しのぎもあって、一日目に胃袋に全て納めてしまった。

その為、二日目の食事は途中で魔獣を仕留めて済ませている。こういう時、火を簡単に起こせる自分の能力は便利だった。

砂漠は決して住みやすい環境ではない。魔力を糧にすれば生命を維持出来る魔獣が多いのも無理もない。特に砂漠は火と月の魔力が集まりやすい環境だ。どちらかと言えば夜行性の魔獣の方がカナルガンの口には合った。

もう一度くらい仕留めて食べるのも吝かではないな、等とカナルガンが考えていると。

地面が突然揺れ始めた。


「お」


揺れは段々と大きくなってくる。

あるいは流砂でも発生するかと疑いはじめた時、眼前の砂が盛り上がる。大量の砂を撒き散らして地中から現れたのは、馬鹿げた大きさのミミズのようであった。

禍々しい形をした口が前面になければ、巨大ミミズで通ったのであろうが、流石に正常な生き物には見えなかった。

だが、カナルガンの目はそこではなく、その天辺に張り付くようにしている何者かに向けられていた。


「…あ、貴方様は」


魔人がこちらの大陸の住人と最も違うのは、その瞳である。

どうやらこの巨大ミミズ―いや、非常識な大きさと言い、これも邪神眷属なのだろう―にしがみついていた人物は、あたふたと滑り降りてきた。

カナルガンの顔を一度じっと見つめると、喜色を全面に浮かべて跪いた。


「北方大陸よりのご召喚に応じて下さった、我らが神の御子様でございますね!?」

「…ああ、そうだ」


言うに事欠いて『我らが神の御子』とは。

思わず浮かんだ殺意をどうにか押し殺して、カナルガンは声からすると女性であろうその人物に問うた。


「貴様は我が祖を仰ぐ者か」

「は、はい!左様でございます!」


顔も上げずに答える女性はどうやら、目当ての人物だったようだ。

漸く会えたことと、ダインの見通しに感服しながら、威圧的な態度を敢えて崩さずに続ける。


「祖の気配が薄いようだ。状況を知りたい」

「は、しかし―」


やっと顔を上げて来た女性は、どうやら悩んでいるようだ。

まあ、目的が汀やショウの方であれば、例え自分が何者であろうと進みを止める事は避けたいだろう。


「…我が祖の右腕は、どうやら滅ぼされたようだな」

「も、申し訳ございません!我らの力及ばず…ッ!」


心底悔しげな声を漏らす彼女に、何故そこまでアレを信奉出来るのかなあ、などと頭の中では少しばかり悍ましく感じつつ。


「という事は、何か。我を祖の仇と見誤ったという事か」

「ひぃ!?い、いえ、そのような事は決して!」

「隠さずとも良い。我も呼び出されて挑んだはいいが多勢に無勢、どうにか逃れてきた所よ」

「は…?」


目的の人物に出会えた以上、カナルガンは自分に与えられた役になり切る。


「貴様の乗って来たこのデカブツが我よりも強大であるというのでなければ、これ以上進む事は許さん。我を乗せて、貴様らの拠点に連れて参れ」

「は、しかし…!」

「成程、貴様は我がそこなデカブツに劣ると申すか」

「い、いいえ!そんな事はございません!お連れします、お連れ致します!」


どうやら上手く行ったようだ。


「我が名は爆炎カナルガン。貴様に名乗る事を許す」

「わ、私めはラウィーラと呼ばれてございます!」

「そうか、ラウィーラ。良い名である」

「あ、有難く…!」

「では行け」




キュルクェイン魔獣都市跡は、既に殆どの補修が終わっていた。

突如戻って来たラウィーラに怪訝な顔をしていた伝道師達であったが、カナルガンの顔を見るや喜色を露わにしてラウィーラ同様に跪いてきた。

その様を睥睨しながら、告げる。


「我が祖への信仰、大儀である」

「おぉ…!」


ざわめきと共に嗚咽が漏れる。

どうにも業腹な事だが、魔人は彼らにとって崇拝対象の一つであるらしい。


「我は祖の右腕を打ち滅ぼした神性らと先ごろ交戦したが、多勢には抗しきれず一度逃れて来た。ラウィーラがどうやら彼奴等を追おうとしたようだったので、連れて戻った。何か問題はあるか」

「…ご、御無礼ながら」


と、先頭で跪いていた老人が代表して声を上げた。顔を上げて、問い返してくる。


「御子様はお敗れになられたのですか」

「そうだ。何か問題か」

「いえ、御子様の御力があれば仇討ちも叶うかと思っておりましたもので」

「…不敬であるな」

「はっ?」

「相手は祖の右腕を滅ぼす程の神性であるぞ。貴様の言は、我如きの力が祖の右腕に伍すると述べたに等しい」

「は、いえ!そのような…」

「…まあ良い。仇となる神性は一柱のみに非ず。我一人の力では抗しきれなんだ理由はそこにある」

「な、成程…」


納得したかのように頷く彼らに、更に言い募る。


「祖の力が生み出すデカブツは、最早数が増える事はない。そうであるな?」

「は、はい!誠に無念ではありますが…」

「祖の右腕の仇を討てば、その後の教化も容易かろう。だが、その為には足りぬものがある。分かるか?」

「た、足りぬものですか!?え、ええと…」


一同は考え込むが、瘴気に思考力を鈍らされた彼らでは思い浮かばないだろう。

だからこそ、思考を誘導し易いとも言えるが。

カナルガンは相手の結論を待たずに答えを与える。


「それは、我と伍する程の力だ。人如きでは各々の力が我に及ばぬ事は分かっている。ならば、組織としての力を高める他あるまい」

「組織と、して」

「見ればここも組織の体裁はあるようだが、何分足りぬ。我一人が片手で滅ぼせる程度では足りぬ」

「あ、集めよと」

「そうだ。同胞は各地に散っていよう。ここに結集させよ。そして新たなる信徒を集め、我に伍する程の力として捧げるのだ」

「み、御心のままに!」


慌てて立ち上がり、動き始める伝道師達。

指示を与えられたはいいが、ほとんどが右往左往している。詳しく指示を出していない所為か。

その様子を見て、内心で笑みを浮かべる。思った以上に時間を稼げそうだ。

全ては、彼と彼の家族が少しでも長く命を繋ぐ為に。

カナルガンは、別種の混乱に陥った邪神崇拝者達を慈悲の笑顔で眺め続けるのだった。

最高権力者が相手方のスパイという図式に。


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