爆炎魔人仕置噺
「我々が何故あんなモノと共生関係にあるのか、それは分かっていません」
カナルガンを連れて連合城砦内に戻ったショウは、ひとまず汀とダインらが帰着するのを待つ事にした。
その間、カナルガンは自身の希望で牢内に入れられ、おとなしくしている。
翌日、馬車で凱旋してきたダイン達は市民達の熱狂を持って出迎えられた。
サンカ達と共に汀を迎えたショウは、カナルガンを捕えている事を伝達、尋問する事に決まったのである。
「今、あれに捕えられているのは私の妹と伯母です。日々生命力をあれに吸い上げられ続けていまして」
「生かさず殺さず、という事でしょうか」
「ええ。我々に対しての人質という側面もあるようですが。我々はあれから何か恩恵を受けている訳ではないので、一方的な搾取とも言えますが」
「何故、そのような事に?」
疑問の声を上げたのはダインだ。
「分かりません。そもそもアレと我々の関わりが何から始まっているのかも定かではないので。詳しく知悉しているのは王族の方々でしょうが、私のような中堅の闘士階級には第四王子殿下以外には関わる機会もありませんし」
「…待ってくれ。カナルガン殿で中堅だと?」
「中の上という自負はありますがね。第四王子のエシド様は闘士としてはまさに隔絶した実力をお持ちです。王位に興味もないとの事で、闘士階級でご活躍しておいでですね」
「ふうむ…。ショウでもカナルガン殿には手こずったのだろう?」
「まあな。カナルガン殿の使う、自ら炎を噴く武器というのは初めての経験だった。卓越した魔術師と剣士を同時に相手取っている気分だったよ」
敗れるとは思わなかったが、対応に苦慮したのも確かだ。
そもそも、一体あれだけの数をどこから調達しているというのか。
「我々は魔力を武器に仕立てているのですよ。私は火の魔力と親和性が高いので、火を噴く斧と火を噴いて飛ぶ槍を使っていますが」
「複製、というのは?」
「本体を二つ作るより、本体を一つ作って、それを複製した方が消費が少ないと言えば分かり易いですか?」
威力は劣るが、爆発する斧であればそれだけで脅威だ。
少々の威力低下は問題にはならないという事か。
相手がショウのような異質な存在でなければ、カナルガンももっと楽に戦えたのだろうが。
「話を戻しましょう殿下、シグレ殿。カナルガン殿、召喚の際に仰っていたという『強い者を殺す』という指示は一体どのようなものなのです?」
話の筋を同席しているレライが戻す。同じく同席しているランブルスはその後ろで腕組みをして黙っている。まだカナルガンへの不信が強いと態度で示しているのだ。
「それについては、アレと我々、そしてこちらに点在する崇拝者どもとの関係から話さなくてはなりませんが」
「ほう?ならばそれを踏まえて続けてくれ」
「少し長くなりますが。まず、我々の王族はアレと唯一会話が出来ると言われているのです」
「あれ、とは邪神の事か?」
「この大陸に突き刺さっているアレの腕が『邪神の腕』だと仰るのであれば、それで間違いありません。アレは現在全身に過度の損傷を受けていますが、我々の一部から恒常的に生命力を吸い上げる事で何とか存在を維持しています。我々全員の命を食い尽くしても復活までは程遠いらしく、海や大地の生命力を貪る事で復活しようとしています」
「あの神性は世界を破壊し尽くす事を目的にしていると伝えられているが…。貴殿の王は何故そのようなものの存在を維持しようとしているのだ?どうやら邪神を崇拝している訳でもないようだ」
「そうですね。我々もあんなものと共存しようとは思っていません。しかし、アレの中には我らの同胞が数十万、数百万という単位で囚われているのです。我らの先祖は、彼らを救い出す為に自らの生命力を供出し、同胞を吐き出させたいと思っていたそうです」
「それが上手くいかなかったと?」
「何しろ一万五千年も昔の事ですから。囚われた同胞の命を諦めてアレを滅ぼそうと思った時には、生命力を供出していた仲間達も逆にアレに命を握られてしまっていたという次第で」
「泥沼だな」
「ええ。そもそも一万五千年前、アレが何故破壊の神性としてこの世界の神性と争う事になったか、それは我々にも伝わっていないのです」
「何だと?」
「ただ、この世界に存在する全てを食い尽くそうとした事は確かのようで。今の我々は死にかけのアレが復活する為に命を食い尽くそうとしている事は理解していますが…」
「当初の事情までは知らない、と」
「はい」
カナルガンの言葉に、黙り込む一同。
思わぬ所で魔人達の事情が分かってしまった事に、何とも言い難い空気が広がる。
「本当ならばアレは滅ぼさねばならないのでしょう。しかし、数百万の同胞を囚われ、今なお百万の仲間の命を握られている。我々は皆さんにも味方出来ない事情があるのですよ」
「ふうむ…」
「闘士階級はエシド殿下を筆頭に、最下級まで含めれば一万名を数えます。その家族が何名か、例外なくアレの滋養として少しずつ命を吸われているのです」
「…その事情は分かった。現時点では邪神を討滅する事までは我々の領分を超えている。我々が貴公らと全面的に敵対する理由はないようだが」
「そうですね、その通りです。ですが、私が呼び出されたこの召喚術自体は、アレと親和性の高い人々に何らかの方法で授けたもののようで」
ぎり、と奥歯を鳴らしてカナルガンは頭を下げた。
「我々は召喚を避ける事も出来ません。そして、家族の命を盾に使命の遵守を強いられているのです。ですから、私は家族を護る為にシグレ殿かそれに匹敵する方を殺すか、死ぬ事しか許されていない」
だが、既にカナルガンとショウの間では勝敗がついてしまっている。この場に居る誰かを襲えば実際にショウは彼を斬るだろうが、そういう誇りのない真似は本人も避けたいのだと言う。
「ですので、シグレ殿。私を斬っては呉れませんか。自死を選んでも命令の不履行となるのです」
「…気持ちは分かる。同情もするが、戦意のない相手は斬り辛いな」
溜息をつくショウに、カナルガンも気持ちは分かると溜息をついた。
実際、こうやって腹を割って話し合いを始めてしまっている時点で、ショウも彼を斬る選択を避けたいと思っていたのだ。
何しろ瘴気を欠片も感じないし、会話が成り立ち理知的だ。しかも自分の意志で向かってきたとは言え、そもそもそう仕向けられているのだから性質が悪い。
ショウが思い悩んでいると、ふと何かを思いついたかのようにダインが膝を打った。
「時に、カナルガン殿。貴公がショウを斬らねばならんという目的については一旦破れた訳だが、その期間と言うのははっきりと定められてはいるのかね」
「いや、特には。むしろ履行中は我々の家族を吸い殺しては操れなくなるので、生命力の供出は緩やかになるのを確認しています」
「ふむ…。という事は今までにも何度か魔人はこちらに召喚されたりしたのかね」
「ええ。大体は手に負えなくなったアレの眷属を始末する為だったようですが」
「…業の深い話だ…」
確かに、邪神眷属を活用しようとして、手に負えなくなったら崇拝者程度ではどうにもならないのだろうが。
「アレにとっても眷属として生まれた魔獣より、意思を持って協力する崇拝者の方が大事だと見えましてね。今回はそれを悪用された形なのでしょう」
「それでだな。個人ではショウに勝てなかったのであれば、その崇拝者どもを利用して組織としてショウに挑んでみるというのはどうかね」
「…何ですって?」
「今ならこの大陸の至る所に邪神崇拝者は潜んでいるからな。迎合すればそれなりの勢力になるだろう」
その言葉を聞いて、カナルガンも何となく察したようだ。
「散発的に面倒を起こす程度ならばさして問題はないが、組織立った動きをされてはショウでもいつか敗れてしまうかもしれないなあ」
にやりと笑みを浮かべながら言い募るダインに、カナルガンも少しほっとしたように笑みを零す。
「あの、会話が通じないと噂の崇拝者どもを纏めるのは苦労しそうなのですがね」
「そんな事は知らん。邪神どのにお伺いでも立てて、瘴気で頭の沸いた崇拝者どもを上手く使う方法を訪ねてみてはどうだね」
露悪的な物言いだが、もう誰もが理解していた。
邪神崇拝者の行動力は無駄に高いが、どうやら個々がその思い付きのままに動いているようで、組織的なものは全くないと言っていい。
そこかしこで動かれては対応に一々人を割かなくてはいけないのでむしろ厄介だ。
敢えて協力的な旗印を立てる事で、組織化してしまった方が対応策も練りやすいという判断なのだろう。
「それに、つい先ごろショウとそこに居られる汀様が邪神の右腕を擂り潰して討滅せしめているからな。それに代わる連中の心の拠り所としては貴公は相応しいのではないかね」
「…な、何ですって!?」
絶句したカナルガンは、おもむろに意識を集中する様子を見せた。
そして思った反応がなかったと見て、呆然とショウと汀の方に視線を向ける。
頷いたショウの様子に、どうやら心が定まったようだった。
くたびれた顔に疲れたような笑みを浮かべて、言い放ったのである。
「いいでしょう。精々首を洗って待っていて下さい、シグレ殿」