爆炎の猛攻
耳を塞ぎたくなるほどの爆音と周囲を覆う純白の炎、そして飛び交う手斧の破片。
ショウはその最中にあって、何の対応も取らずに周囲が落ち着くのを待っていた。
手斧の破片がぱちぱちと全身を打つ。普通ならば爆発と合わせてずたずたにされているのだろうが、自分にとっては大したものではない。
「…こいつは評価を上方修正しないとなあ」
静かに自問する。杜撰な攻め手を選んだ心算はないが、上手く返されたものだと思う。
怪我はない。元来鬼神と斬り結ぶ事を目的としている業剣士は、ほぼ常時鬼気によって全身を防護している。
ショウの鬼気を貫くには、今回の策では威力の集中が散漫だったと言えるだろう。
とは言えそれほど長い時間ではなかったが、流石に過度な音と熱、光が暴れるさまは不快だった。
煙がもうもうと立ち上るなか、隠しようのない独特の気配に向けて意識を集中する。
案の定、煙が揺らいだ。
こちらの生存を確認する為にだろう、投げられた手斧を体を傾げてやり過ごす。
そのまま煙から飛び出すが、やはり既にカナルガンは迎撃の体勢を整えていた。
「無傷ですか!?」
「まあな」
流石に無傷は予想外だったのだろう、目を丸くする。
「俺に傷をつけたいのであれば、この程度では足りねえよ」
「参りましたね。これは想像以上の死地のようだ」
溜息をついたカナルガンは大きく後ろへと跳ぶと、手斧をどこやらへと収納した。
そして次いで取り出したものを見た時、ショウは最初、それが何だか分からなかった。
「柱…?いや、まさか…」
「ええ、槍ですな。これを取り回しするのは骨が折れるので、普段は使わないのですが…」
「…先程から思うのだが、どこから取り出しているんだ?」
長さはカナルガンの身長の三倍近いだろうか。問題は穂先から石突までの長さではなく、槍としての太さだった。
既に人間の体よりも太い。どうやら持ち手があるらしく、カナルガンはそこを掴んでいるようだ。
どちらかというとこれは人間相手の武装というより、砦の門を貫いたり、邪神眷属のような大型魔獣をどうにかする為の兵器ではなかろうか。
「どこから出しているのかは、お教えしてもご理解は得られないと思いますよ」
「ならば無理に聞こうとは思わないが…」
ごく平然と、カナルガンはその槍の穂先をこちらに向けてきた。気負いも力んだ様子もない。
見た目より軽いのかとも思ったが、そういった希望的観測をして良い相手ではないと先程評価を上げたばかりだ。
「でかければ強い、とでも言う心算かね?」
「まあ、否定はしません。あれだけの数を炸裂させて無傷ですとね。私の取り回し出来る得物であれ以上の威力をたたき出せるのは、現状これしかないもので」
「そうかね」
確かに無策にこんな巨槍の直撃を食らえば、如何にショウとて体に風穴が空くのは避けられなさそうではあるが。
だが流石に、黙って受けるつもりもない。
カナルガンが槍をどれ程軽く取り回すとしても一突き、あるいは一振りの間があればショウは懐に飛び込む事が出来る。
と。
「では、一刺し撃ち込ませていただきましょう」
よいしょ、と一声。
両足を踏ん張り、穂先をショウに向けて。
距離はそれなりに開いている。このまま突いてきても当たる距離ではないが。
「爆速の巨槍、お受け荒れ!」
「なんだぁっ!?」
何やら凄まじい音がしたと思えば、尋常ならざる速度で槍が迫ってきた。
本能的な脅威を感じて、ショウは慌てて横跳びにそれを躱す。
寸前までショウが立っていた場所を抉って行った巨槍は、砂漠の彼方まで飛び去っていった。
思わず目で追うと、どうやら着地したらしい。再び大爆発を起こしていた。だが、立ち上る砂煙が比ではない。威力も大きさに応じて層倍になっているという訳か。
爆音が耳に響いてくる。嫌な予感を覚えて振り返ると、そこにはまったく同じ姿勢で槍を構えるカナルガンの姿が。
「その槍もかぁッ!」
「ええ、この持ち手が本体でしてね。どれだけ撃ち込んでも持ち手が無事なら―」
その後の言葉は轟音に掻き消えた。
射出された槍が飛来し、再び大きく跳んで避ける。
今度は槍を目で追わずにカナルガンを見ると、確かに持ち手の部分だけを握っている。
「出鱈目な得物だなっ!」
爆発音は響いてこない。今ならとショウはカナルガンに向かって一歩を踏み出す、が。
「そりゃ、いい加減そう来るだろうと思っていましたよ」
「爆発しなければ次を呼べないと思っていたのだがね」
「いやいや。爆散の斧もそうでしたように、本体さえあればいくらでも…」
と、ショウの言葉を待っていたかのように大量の槍をごとごとと周辺に取り出す。
「この、何度も同じ手が通じると―」
「では、参りますよ!」
「うおぁぁぁっ!?」
目が慣れて来たとはいえ、巨槍が大挙して自分めがけて飛んでくる様子というのは心臓に悪い。
斬れない事もないだろうが、斬った所で相手にはひとつの痛打にもならない以上、その意味もない。
むしろ斧の時とは比較にならない爆発に巻き込まれる恐れすらある。
「むっ!」
ショウは足を止めた。止めざるを得なかった。
誘い込まれた実感がある。
カナルガンも解っていたのだろう。撃ち出される槍の雨が止まった。
「こういう方法は好みではないのですが、確実に当てるにはこの方法しかないと思いまして」
「―俺がそれでも避けるとは思わないのかね?」
「少なくとも、お弟子さんが一人。ならばシグレ殿、貴方は避けない」
「…ちっ」
背後には連合城砦。
今はまだ、このまま避けても砦には当たらないかもしれない角度ではある。
しかし避ければ、次こそ砦にあの槍が突き込まれる事になる。
カナルガン自身が認めた以上、砦側に避けさせるような撃ち方をしてくるだろう。
受けない訳には、いかない。
「仕方ねえな、受けてやる。しっかり狙えよ」
全身に鬼気を充実させ、刀を大きく引いて構える。
「斬る心算ですか?まさか。…斬れるものなら」
一瞬唖然としたカナルガンは、だが愚弄されているとでも思ったか、強い意志を込めて槍を撃ち出してきた。
「斬ってみられよ!」
「そうさせてもらう―萬里鬼笑閃!」
そして、切り札を隠していたのはカナルガンだけではなかった。
飛来する槍の穂先を鬼気の刃が捉え、交錯する。
爆発する直前、確かに槍は真っ二つに斬り裂かれていた。
「―まずは一手」
爆風と、巻き上げられた砂煙が互いを覆い隠す。
萬里鬼笑閃はそのまま飛翔したが、流石にカナルガンを斬る事が出来たとまでは思わない。
ショウは全力の昂怒鬼神を身に纏うと、そのまま爆風の中に飛び込んだ。
熱風と巻き上がった砂が襲い掛かるが、分厚い鬼気に阻まれて体までは届いてこない。
そのまま真っ直ぐ突き抜ければ、左右に目線を配っていたカナルガンはほんの僅か、こちらに気づくのが遅れた。
「馬鹿なっ!?」
「悪いな、これで二手」
狙うは取っ手だ。
一瞬で状況を悟り、至近距離で撃ち込もうとしてくるその穂先を躊躇なく斬り捨てる。
爆発が生じるが、この炎と爆圧も今のショウには耐えきれない程ではない。
当然、ショウにかかる力とは逆側にカナルガンは吹き飛ばされている。
圧力が減った瞬間、再び飛び出す。
炎は効かずとも、爆発の圧力は平等だろうと踏んでいたが、その通りだった。
体勢を戻しきれていないカナルガンは、やはり次の槍を取り出す所作が遅れていた。
「三手。これでもう槍は出せまい」
「くっ!」
取っ手を下から掬い上げるようにして斬り払い、切っ先をカナルガンの喉元に突き付ける。
「まだ奥の手があるかね?」
「…いや、これで打ち止めです。先程も言いましたが、この槍以上の得物はありませんし、…この有様ではね」
と、両断されてしまった取っ手を左右の手で掲げてみせれば、そこからはもう何の力も感じ取る事はできなかった。
カナルガンが大きく一つ息をついた。諦観を始めとした、とても多くの感情が乗せられた吐息。
「…私の敗けです」
「俺も世の広さを思い知った。手合せ感謝する」
「一瞬たりとも勝機を見出せませんでした。…本当に世の中は広い」
と、カナルガンは力を抜いて腰を落とした。そのまま首をこちらに晒す。
「斬ってくださいませんか。このままでは私の家族がその命を奪われるのです」
「ふむ…」
振り下ろすのは簡単だったが、何となくそれは憚られた。
何というか、充実していた気分に思い切り水を差された気分だ。
「斬るのは構わんが、何ともその物言いが気に入らんな」
「え」
「まあ、まずは、だ」
ショウもまた、業剣を納めて腰を落とした。
「改めて事情を聞いてみようと思うのだが、どうか」