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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
80/122

呼び出されるもの

馬車に戻るや、汀は寝台に崩れ落ちた。

砂漠に湖を作るだけでも驚異的であろうに、更に動かないとは言え邪神の体の一部を浄化し尽くしたのだ。無理もない。

本来ならばサンカが身の回りの世話をする所なのだが、今は居ない。残り二台に分かれて乗り込む事とし、汀の世話はショウが請け負った。

汀が目覚めたのはそこから一昼夜を過ぎてから。


「…よく寝ましたぁ」

「そうですか、それは何より」


呑気な声を上げる汀に、安堵とともに笑顔で返す。

汀も笑顔を見せ、だが直ぐにその表情を曇らせた。


「どうされました?汀どの」

「…思っていたより早くに封印が解けてしまいそうですね」


汀の声に焦った様子はないが、表情の曇りが解せない。

当初の予定ではぎりぎり間に合うだろうという見通しだったが。


「どの程度早まってしまいそうでしょうか」

「どうでしょう…。ニリ様もおいでですから、一日程度とは思いますが」


一日早まるという事は、この馬車が戻るまでの時間をディフィが単独で稼ぐ必要があるという事だ。

言われた通りに砦の外に捨てて来たとして、すぐに砦に戻れば生き延びる術もあるか。


「一体、どのようなものが呼び出されるというのか」

「邪神眷属ならば、連れてくれば良いのです。キュルクェイン魔獣都市には実際どうにかして連れてきていた訳ですから」

「成程…」

「彼の者は、『あの忌々しい森とケダモノ』と言っておりました。つまり、それを討てるだけの何かを呼び出そうとしていた、と」

「獣の絶地に攻め入る事が出来る程のなにか、という事ですか」

「ええ。完璧な状態であれば」


ショウと汀の手で半ばで術式の行使を阻止した事で、呼び出されるものがどの程度まで成り下がるか。

願わくば、砦を一撃で粉砕するような化け物ではない事を願うが。


「聖石の数もですが、あの砦を全て覆う程の規模の結界であれば、軽々に邪神の手の者が破る事は出来ない筈です」

「帝都に次ぐ規模の結界だと言いますし、ね」


だが、一日好き放題に攻めさせればどうなるかは分からない。

どちらにしろ、ディフィは砦の為に死力を尽くさなくてはならなくなる。

確かにそう指示したショウではあったが、だからといって弟子の命が散る事を割り切る事は出来ない。


「まずは、汀どのが目覚めた事と封印の事を伝えましょう。ダイン達ならば良い知恵を出してくれるかもしれません」

「そうですね」


ここで二人だけ、話をしていても解決の目途は立たない。

ショウはダイン達に相談すべく、前に繋がる馬車へと向かった。




「難しいな」


渋面を隠そうともしないのはダインである。


「活力の術式で常時全力で走らせているようなものだからな、それ程速くはならん。連結された二両を切り離したとて、どれ程削れるか」


最悪はそれも考えなくてはなるまいが、と呻くように呟く彼に、馬車を走らせながら御者台のイェガが告げてくる。


「殿下。二両を離して休みなしに走らせれば、半日以上は短縮出来ましょう。ただし、馬は確実に潰れます。そして、その間に一頭でも脚を折ってしまえばむしろ時間がかかってしまう事になるかと」


馬車は一日に四半日ほどの休みを必要としている。これは馬の休む時間もだが、御者であるイェガの休む時間も必要だからだ。

二両を切り離してその休みを削れば、馬の走る速さが徐々に低下する事を差し引いても、半日は短縮出来るとの見立てであるという。


「つまり、それ以上の短縮は出来ない、と?」

「何か、良い方法があれば別ですが…」


悩むダインの横で、ふとミューリが顔を外に向けた。イェガの方―と言うよりは、その先の馬の方を見ながら、疑問符を浮かべる。


「イェガ殿。その馬達は全て力の限り走っているのでしょうか」

「いや、普通の馬の全力と同様の速さではありますが、それぞれの馬にとっては全力ではありませんね」

「それはやはり、周りと足並みを揃える為に?」

「どうした、ミューリ」

「いえ、この五頭の足並みが全て同じではないと思いましたので」

「それは…ああ、そうか!」


次いで得心した様子のダインに、ショウと汀は首を傾げる。同じく理解した様子のテリウスとイェガ。


「師匠の国では馬はあまり使われないのでしょう?」

「そうだな、一つひとつの島はそこまで広いものではないし、鬼気を使う者が本気で走れば馬より速い」


実際、ショウもこの馬車より速く駆け抜ける事は出来る。…この遮蔽物の殆どない砂漠で、迷わずに砦に向かえるならば。

最悪、砦が見える辺りに来たら駆け抜けようと思ってはいたのだ。

ショウと汀にしてみれば、馬車は速い移動の手段ではなく、目的地まで間違いなく辿り着く為の手段と言った方が正しい。


「この馬は普通の馬より倍以上の速さで駆ける事は出来ます。しかし、馬車を牽くに当たっては普通の馬より少し速い程でしか走らせられていません。それは、他の馬と足並みを揃える為に意図的に速さを落とさざるを得ないからです」

「そうなのか」

「ええ。つまり、一頭で走らせれば従来通りの速さで駆ける事が出来ます。砦が見えてきた所でに一頭だけ馬車から外して向かえば、更に短縮する事が出来るのではないかと」

「それならば最も速い馬をそこまで馬車の中で休ませておけば良い。五頭で牽こうが四頭で牽こうが、速さ自体はそこまで変わらんのだからな」


少し疲れが増す程度だ。休ませずに走らせる距離の短縮にもなる。

潰さずに済む可能性も出てくるから、ダインにしても渡りに船というやつだ。


「ならば急いだ方が良いな。イェガ!聞いての通りだ。一旦止めて、速い馬を休ませるのだ」

「分かりました!他は『砦が見えるまで休まずに』走らせれば良いのですね?」

「そうだ。ここからは時間との勝負だ。砦の無事とディフィの命はお前の手腕にかかっている、頼むぞ」

「はっ」


馬車が止まる。

ここからは一種の賭けとなる。こちらの努力もそうだが、サンカとニリ、そしてディフィがそれぞれどこまで粘れるかにもかかってくる。

むしろ邪神の右腕と相対するよりも高い緊張感と危機感の下で、ショウは遠く向こう、連合城砦の方を見据えたのである。

―テリウスとダインに言わせれば、邪神の右腕に対してそこまで危機感がなかったのはショウと汀だけだけだった、との事だったが。




「では、先行させてもらう」


実質一日半を休ませていた馬―フリムという名の黒馬に跨り、ショウは手綱に鬼気を流した。

魔力金属は鬼気にも問題なく応じてくれた。

フリムは重さが取れた事に喜んで鼻を鳴らし、速く走りたいと体を震わせる。


「頼んだ。こちらは暫く休ませねば馬もイェガも動けそうにない。動けるようになり次第追うが、後はお前に任せるしかない」

「旦那様の雄姿を見られないのは残念ですが、こちらは私とテリウス様にお任せ下さい」


邪神の右腕は邪神崇拝者達にしてみれば、この大陸にあっては自分達の信仰の拠り所だった筈だ。

それが一日と経たずにその姿を消したのだ。混乱があったのは想像に難くない。すぐに確認に向かった筈だ。

そして、邪神の右腕が討滅されたと知れれば、仇に対して追手を差し向けるのは当然だろうと彼らは考えていた。

追手がどれ程の規模になるかは分からないが、テリウス一人では心許ないのも事実だ。

馬車には汀、砦にはショウ。

危地に愛する者が一人向かう、或いは愛する者を一柱残す。

身を切られる程の不安に心をざわつかせながらも、ショウと汀はそのように決めたのである。


「行って参ります。汀どの。テリウス…済まんが、頼む」

「はい!お任せ下さい。ディフィばかりに苦労を背負わせはしません」


あまり留まっていては良くない。

ショウは心をそこに残しながらも、フリムの足を進ませる。

直ぐにフリムは想いに答えて走り出す。あっという間に最高速に至る。

振り返ってみると、既に馬車は豆粒の大きさになっていた。


「…大した速さだ」


活力の術式の効果もあるだろうが、フリム自身も実に良い馬である。

目指すは連合城砦。

ショウはもう、振り返らなかった。

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