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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
8/122

これからの動きを考える

翌朝。


「それで、お二人はそもそもどちらを目指されるご予定だったのですな?」


久しぶりに比較的安心できる環境で休む事ができたらしく、セシウスとザフィオの二人は遅くに起き出してきた。

既に朝食を済ませていたショウは、食堂で二人が麺を頬張っているところに、そんな問いを向けた。



「そうですね。現状で利ではなく私を支えてくれそうなのは二人います。どちらに向かうべきか決めかねているというのが現状です」


ふう、と息をつく。

決めかねていた、という事はどちらでも良いが、どちらにも決めきれない事情があるということか。


「一人がランド・ウルケ将軍。ザフィオの次男で、王国北部のクネン鉱山地帯を領土としています。居城はノスレモスの更に北ですから、実質伯父の領地を突っ切る必要があります」

「ほう」

「我が子ながら傑物でしてな。早くに戦死した長男に代わって、その息子の養父になってくれました。現在は私の跡を継いでクネン領の領主をしております」


横からザフィオが話を引き受ける。自分の息子の事だ、よく分かっているということだろう。


「ああ、ザフィオ殿は領主殿で居られたのですか」

「私の出身は王都でしてな。荒れていた所を剣の腕を先々代の陛下に見込まれまして、近衛に取り立てていただいた事から道が拓けたものでございました」


領主の座を次男に譲った後、隠居兼人質のような形で自発的に王都に戻ったのだと言う。

まあ、これ程の忠義の士を人質と扱うような国であれば、早晩亡ぶだろうが。


「クネン領は北方大陸から流れてくる魔獣を討伐する為に重厚な装備で固めております。フォンクォードは失念しているのでしょうが、常に南下出来るだけの兵力を擁しています。目付け役としては、最も露骨に配置された形と言えるでしょう」


失念しているのか、自信の表れか。

実際の所はともかく、まだフォンクォード・ノスレモスが王を暗殺した証拠がある訳ではない。刺客を放った証拠もない。だからこそ、王子の死が自分の王座には必要となるのだ。

一人の剣士の力では、王を暗殺出来ても国家を継承させることは出来ない。暗殺が明るみに出れば諸侯から包囲されるのは自明の理だ。往々にして領地のある貴族は、直系ではないにしろ王家の血を引いている。事情を曖昧にしたままで切り抜けられなければ、待っているのは破滅だ。

秘密裏に二人を暗殺し、王位を継ぐ。そのうえで暗殺の汚名を誰かーこの場合は同程度の王位継承権を持っている者が望ましい―に着せて処刑すれば、それでやっと簒奪さんだつが成る訳だ。

現時点では大きな動きは出来ないが、王城に長期間主君が居ないというのも大問題だ。フォンクォード自身もそうだが、セシウス自身にも時間に余裕はない。



「もう一人はジェック・ヴォルハート。父の盟友にして、大河の長砦ちょうさいの防衛を任されたイセリウス王国大将軍の位を持つ人物です」

「こちらのジェック将軍は、大河の長砦の東…国の領土で見ますと南西部が居城です。長砦に常駐させている兵力を三月ごとに循環させることで高い士気と訓練を保つという戦術を取っています。領内の兵力は騎馬が大部分ですので、平原での戦では縦横無尽に活躍できるのが強みですな」


平野部を自在に駆ける騎馬の兵力に長けるこの将軍こそが、本来の敵に対する上での王国の要である。


「そしてジェック将軍は先王の妹君、若にとっての叔母様を娶っておられます。王位継承権も、若に続き第二位ですから、信頼の度が分かると言えましょう」

「確かに。そうすると、どちらに向かっても角が立ちますか」

「そうですな。そしてどちらも内乱に兵を使って良いような状態ではありません」

「で、あれば。まずは御両人に手紙を用意すると良いのではないでしょうか」


同じように、しかしこちらは臣下の礼を持って傍に控えていたディフィが、横合いから口を挟んだ。


「そのうえで、どちらに向かわれるかを示されれば」

「成程。…シグレ様はどう思われますか?」



水を向けられたので、しばし考える。

相手がハンジを手札として持っているとして、考えるとなると。


「西の国とは、関係は険悪なのですかな?」


長砦などを築く程だ。かなり険悪なのではないか。


「小康状態というところですな。長砦はかなり昔に多数の魔術師を動員して建てられたものですから、兵数が減らない限り破られる事はないでしょう」


少なからずちょっかいはかけられているらしい。つまり、完全な終戦は果たしていないということ。

そういった諸々の状況を考えると、フォンクォード伯の頭脳がどういう出自か、という事も何となく察せられた。


「…急ぎジェック将軍の方に向かうべきと思いますが、どうか」

「理由を伺っても?」

「このまま王子が見つからなければ、強引に即位する方法を考えるでしょうからな」


つまり、王位継承権の第二位を暗殺する、ということ。


「しかし、そんな事をすれば、流石に」

「ばれても問題がない後ろ盾が居れば良い、という事です」


いまいち得心していない様子の二人。異国の者だからこそ見える局面と言おうか。


「伯の知恵袋が、国内に混乱を望んでいるのであれば、と仮定してですが。長砦を餌に、西の国と結びます。そしてそれを後ろ盾に、強引に即位する、と」

「馬鹿な。そんな事をすれば…」

「王とは名ばかりの傀儡かいらい国家となるか、その時点で属国となるか。西は強国ですか」

「ムハ・サザム帝国。東西と北に敵を抱え、それでいてなお大陸最大の国家と言えるでしょう」


東の敵というのはイセリウス王国だろうが。取り敢えず西と北の敵については置いておくとして。


「伯の知恵袋はその帝国とやらからひそかに派遣されたのではないかと。そうでなければ豪勇無双で考えなし、権力も剥奪はくだつされた王族にわざわざ近づこうとはしないでしょうな」

「…そんな者が居れば、直ちに陛下に報告が行ったと思いますがのう…」


報告がなかったとすれば、裏切っているか、既に亡いかのどちらかだと。伯の下に派遣されている配下は、そこまで強い忠義にて先王に仕えている人物達なのだという。


「帝国の手引きだとすれば、ジェック将軍に暗殺者を送るでしょう。確実を期して、ハンジを送り込む事も考えられる」


言いつつ、ショウは後者はないだろうと思っていた。王に続き将軍まで暗殺すれば、その報が届き次第直ちに北から強兵が南下してくる。最強の手札が戻る前に討たれる危険性がある以上、そんな手は使わないだろうと思えた。


「他にも、ジェック将軍の下には充実した騎馬兵力があるのでしょう?そこで状況を整えてから北のランド将軍の下へ向かうというのが良いのでは」


評判通りの人物ならば、ジェック将軍もセシウスを保護すべく兵を放っている筈だ。

合流して状況を整えるには最適だろう。


「シグレ殿は参謀の経験もおありか?」

「ありませんて。軍略の基礎は鬼神討ちの嗜みですな」


ザフィオの言にぷらぷらと手を振って答える。


「で、王子。どうしますね?決めるのはそちらですよ」


それに応じてこちらも動きを合わせます、と述べたショウに、セシウスは首を振った。


「いや、シグレ様の仰る通りにするのが良いでしょう。今から手紙を認めます。爺」

「はっ」


と、慌ただしく食堂を出る二人。続こうとするディフィを、しかしショウは呼び止めた。


「ディフィ殿。馬車の用意を願えるか」

「構いませんが…馬車で行かれるので?」

「馬だと顔が割れますのでな」

「…!成程、至急用意します」

「それと、王子の手紙は早馬で出すべきですが、北へは何便か出した方が良い」

「それだと、途中で捕まる可能性が高まりますよ!?」


そうなっては、伯に王子の生存がばれてしまう。ディフィ達の工作が意味を失うのだ。


「捕まって手紙が伯の目に留まったとして、その時点でもう王子は将軍の膝元。何か問題が?」

「そうか、それに我々もすぐに身を隠さねばなりませんか」


どちらにしろ、伯の手下は既に殺されている。ディフィ達も長く伯を誤魔化せる状態ではない。


「ここからは時間との勝負です。王子の安全は私が全責任を負うとして、将軍を喪えば国そのものが危うい」

「すぐに動きます!」


二人を追うどころの話ではない。慌ただしく出て行くディフィを見送って、ショウは苦笑を漏らした。


「…ま、何もかも、俺の想像にすぎないんだけど、ね」


だが、国勢を考えると、強ち間違った想像ではないだろうと思っている。

何があろうと、セシウスが王位を継ぐまでは付き合おうと考えるショウであった。

ショウの中で、ハンジの存在は実はそれ程重要ではなかった。




その日の昼過ぎ、西へ二頭、北へ五頭の早馬と、西へ向かう馬車がセントモレスを出発した。

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