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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
76/122

召喚の魔法陣

ご無沙汰でした。申し訳ありません。また定期的に更新できますよう頑張ります。

術者である筈の男を斬ったものの、吐き気を及ぼすほどの瘴気は一向に治まる気配がない。

どうやら術自体は既に完成しているという話は事実だったらしい。

こうなってしまうと、どうあれ建物の中を調べないわけにはいかない。

綺麗に建物ごと削り取ってしまいたい衝動に駆られるが、それで術式が暴走でもしようものなら目も当てられない。

大量の瘴気が砦の中に撒き散らされようものなら、この砦を放棄する事すら考えなくてはならなくなるからだ。


「では、汀どの。…よろしくお願いします」

「はい、旦那様。分かりました」


ともあれまずは、斬り捨てた鍛鉄兵団の兵士達の浄化だ。

汀が鬼気を集中して足を数回踏み鳴らすと、雲もないのに突如空から大粒の滴がぱたぱたと落ちてきた。

天気雨だ。大雨ではないが、晴れた空から突然降るこの様子は違和感を禁じ得ない。


「な、何だ?!」

「浄めの雨、という術です。触れたものの穢れを浄めますので、地面に浸み込もうとしている瘴気も浄化します。浄化が終われば止みますのでご安心くださいね」


兵士達の傷口に雨粒が触れると、触れた所から緑色の煙が立ち上る。煙は広がる前に次から次と降り注ぐ雨粒によって叩かれて色を失くしていく。


「では参りましょう旦那様。漏れ出る瘴気だけでこの気配…どう考えても碌なものがありません」

「ええ。まずは俺が扉を開けますので、お待ちを―」

「おい、ショウ!」


と、二人で段取りを決めていた所にダインが声をかけてきた。

その表情は硬い。最前線の砦でこれほど重度の汚染を見てしまっては無理もないが。


「どうする心算だ?」

「どうもこうもな。…入らない訳にはいかんだろう」

「大丈夫なのか?」

「俺なら、辛うじてな。テリウスやディフィでもまだ無理だろう」

「普通の人間が入ったらどうなる?」

「そこに転がっている連中みたいになる。言っておくが、俺が大丈夫なのは鬼気で瘴気を吹き散らすからだからな。俺に防壁が出来るとは思うなよ」


その言葉に、ダインは小さく溜息をついた。

出来るならば帝国内の人員で済ませたかったのだろう。理由は分かる。

あまりに外部の者にばかり頼っては、帝室の威信にも関わるし、帝室の実力に不安を覚える者が出るのは避けられない。

最低限、ニリの荷物がこちらに届いてからにしたいという考えなのだろう。


「元々お前がここに来た事が発覚した時点でこちらは後手だ。あまり過度に思い通りに物事を運ぼうとするな。今回ばかりは任せておけよ」

「…済まん。こちらの都合でお前達の動きを左右する権利がない事は重々分かってはいるんだが」

「いいさ。そういう事を気にする連中を締め上げるのは俺の仕事ではないだろう?」

「それは勿論だ。…そうだな、存分にやってくれ。いざとなれば団舎ごと消し飛ばしてくれて構わない。皇子ダイン・ディ・ムハ・サザムの名に於いて容認する」

「分かった」


頷いて、扉の蝶番を斬り払う。

案の定、噴き出す瘴気。大きく跳び退いて一度体勢を整える。

男が出てきた時にはそれ程漏れていた覚えはないから、この短期間に貯め込んだのか、はたまた男が結界でも張っていたのか。後者だろうとは思うが。

中から何かが出てくる様子はなく、勢い良く噴出した瘴気も浄めの雨に貫かれてすぐに散っていく。

程なく瘴気の噴出も止まり、禍々しい気配は少しばかり散じられた。


「では、まず俺が中に入る。安全を確認したら汀どのが入る。俺達が出てくるまでは誰も入るな、誰も入れるな。…いいな?」

「はい、しかし…」


食い下がってこようとするテリウスに、首を振って制する。


「駄目だ。お前もディフィも、俺の鬼気程度で悲鳴を上げているようではまだ早い。ダイン!中からどんな音や声が聞こえてきても人を入れるなよ。…恐らくすぐにさっきの連中みたいになるぞ」

「分かった。引き続き監視に努めよう」

「頼む。テリウス、しっかり頼むぞ」

「はい!分かりました」




自分の体を真綿で包むように、鬼気で全身を覆う。

瘴気の強さに鬼気が反応して、境目が暗い光を放っている。

流れてくる瘴気の方向に目を向ける。瘴気の中に息づく命の気配は一つ。それ自体は強いものではない。

邪神眷属ではないようだ。眷属であればもっと殺意と衝動に満ちている筈だ。

この程度の強さであれば、余程呪術的な力でも働かない限りはショウを傷つける事も出来ないだろう。

それにしても、これだけの瘴気の中で生きていられるとは何者だろうか。


「汀どのを呼ぶか」

「はい」


呟いたショウの声に、すぐさまの返答。

振り返れば、入り口の所には既に汀が待機していた。


「…危なかったらどうするのですか」

「旦那様が護って下さるでしょう?」

「…それはそうですが」


汀の言葉に頷きつつ、小さく溜息をつく。


「…困らせてしまいました?」

「いえ。要らぬ心配が過ぎただけです。ともかく手間が省けました。参りましょう」


こちらが説明するまでもなく、汀はショウ以上にこちらを理解している。

そしてショウが無事である以上、汀の身に危険が降りかかることはないだろう。

鬼気の総量と操作という点に関しては、彼女は他の鬼神と比べても冠絶しているのだから。

過度な心配は不遜だ。


「旦那様、しっかり護って下さいね」

「ええ、全力を以て」




奥の部屋に、それは居た。

いや、それと呼んでは哀れだろう。

半ば干からびてひどく苦しげではあるが、人としての原型もほぼ留めていないが。

こちらを見る瞳は確かに、人の理知を宿していたのだから。


「…あなたは…」


思わず汀が呟いた。


「だれ…か…いるの…ですか」


ひどくしわがれた声。男なのか女なのかも声からは分からない。

声が聞こえている様子はない。目はぎょろぎょろと動いているが、こちらを捉えられていない様子だから目もろくに見えてはいないのだろう。


「くらい…。なにもみえない…きこえない…。くるしい…」


瘴気を吸って、吐き出しているのも瘴気だろう。

だが、確かに言葉は人のものだ。

人と呼ぶにはあまりに形が変わっている。何しろ、茶けた塊から申し訳程度に短い手足のようなものが生えている―あるいは突き刺してある―ようにしか見えないのだ。頭らしきものもなく、塊に埋没するように口と目があるのが分かるだけだ。耳らしきものはあるが、もうその機能も果たしていないのだろう。


「汀どの…これは?」

「恐らく、これが例の召喚の魔法陣ですね。彼女の体に直接刻み込んでいるようです。彼女の苦痛と引き換えに瘴気を濃くして、彼女の死と引き換えにその瘴気を使って呼び出そうとしている…といったところでしょうか」

「ひどいな」

「ええ、本当に。解除ももう、これだけ体が変質してしまっていては無理でしょう。ここの瘴気を全部浄化して…」


と、汀が両手をかざす。

ざぁ、と周囲の瘴気が気体の状態から液化して、床に落ちる。

緑色の液体は瞬く間にそのかさを増し、足元の鬼気と反応して煙を上げる。


「か…かひゅっ…ひゅー…ひゅー…」

「…やはり、瘴気がないと呼吸も出来ませんか」


苦しげに両手両足らしき突起を蠢かせる『彼女』に、汀は目を伏せた。


「旦那様…」

「…良いのですか?」

「…何とかします。彼女の尊厳を」


懇願するような汀に問い返すも、強い意志を込めた瞳で見つめ返されれば否はない。

確かに、召喚を遅らせる為にこの状態を維持させるのは道義に反するだろう。

ショウは躊躇せず、『彼女』の瞳と瞳の間を貫いた。

一瞬の事だ。痛みも死の実感もなかっただろう。

が、即死したであろう彼女の内部で何かが凝縮されるのが分かった。

これが召喚の術式か。


「禁!」


と、汀が鬼気を放った。鬼気が変じた澄み切った水が、『彼女』の骸を包み込む。


「結!」


包み込まれた水が、結晶する。透明な晶石のような氷塊が出来上がる。

凝縮された何かの気配は未だあるが、それが開放される様子はない。


「…汀どの?」

「この魔法陣の時間を止めました。維持し続ける限り、この術は成就しないでしょう」

「鬼気を使い続けるという事ですね」

「ええ。ニリ様の手配が済むまでは私が維持します。済んだ後は山霞に任せます」


つまり、この街にサンカを残すという事だ。


「山霞でどれ程保ちましょうか」

「今から準備をすれば、一月は保たせてくれるでしょう。この悪趣味な邪神の右腕を排除して戻ってくるくらいの時間は稼げます」


静かな奥に、言い知れぬ程の怒りを湛えた汀の言葉。

ショウもまた、同様の憤怒を感じていた。

まずは役目を優先し、その後にこの砦に戻って魔法陣を解放し、召喚されたものを斬る。

なに、言う程の無茶ではない。

邪神崇拝者の意図を、完膚なきまでに叩き潰す。

今日この日、ショウと汀は邪神崇拝者への敵意を明確に抱いたのである。


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