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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
75/122

教え導く者

団長が汚染されているから兵団そのものが既に汚染されていると考えるのは幾らなんでも早計に過ぎる。

と言う訳で、早速二人の将軍と三十人程度の手勢を引き連れて鍛鉄兵団の団舎に向かう事にしたダインであったが。

団舎が見えてきた段階で、ショウは足を止めた。汀も不快げな表情を見せる。


「これは…もう周辺ごと削り取って浄化した方がいいと思うのだが、どうか」

「本当ですね。…これ、中に何か居ますよ」


渋面を隠さずに告げる様子に、ダインが将兵を止めさせる。


「…ショウ、何かとは何だろうか」

「さてな。邪神眷属が群れたらこういう気配になるのかもしれないが」


幾つもの瘴気の中にある、特段に強い瘴気。邪神眷属と比べても遜色がないというか。


「テリウス、ディフィ。抜いておけ」

「はい、師匠」


業剣を抜き放つ三人に、周囲からおお、と声が上がる。

ダインが引き連れた手勢の中には、先程の騒ぎを見ていた者が居たらしい。ざわめきの中に、ショウが団長を一刀で斬り伏せた話がいくつか聞こえる。


「…何が居るんですかね」


と、テリウスが呟く。


「何にしてもろくなものじゃねえな」


今までの事を考えると、距離を置いても瘴気が感じ取れるなど尋常ではない。

ショウは少しだけ考えると、口を開いた。


「ダイン、砦はどの程度なら破損しても大丈夫だ?」

「…何をする心算だ?」


何を物騒な、と表情に乗せて聞き返してくるダインに、首を振って答える。


「俺の方じゃなくてな。どうやらあの団舎の中には普通じゃないのが居るようだ」

「お前と比較しても、か?」

「俺を基準にされても困るが…。そうさな、お前がルンカラに連れて来たイイリヤルエイプと同じくらいの瘴気を持った、人間大の何かが居ると言えば分かるか」

「なっ!?」


これだけの数もそれなりに多いから、既に向こうもこちらを窺っている筈。

汀の方を見れば、頷き返してくれている。突然何かあっても問題はないだろう、が。


「サウロン将軍、ニフル将軍。俺達の後ろに」

「つまり…逃げようとする奴を押しとどめれば良いと?」

「ああ。後は戻ってくる奴が居たら、対処を頼む」

「分かりました。連中は既に邪神に毒されているという事ですな?」

「団長があの通りだからな」


ランブルスとレライの二人が頷き、連れて来た兵士達で道を塞ぐ。

手際よく汀とサンカが鬼気で防壁を張ったのを確認して。


「テリウス、ディフィ。出てきた雑兵は任せる。鉄鎧くらいならばお前達でも斬れる筈だ」

「はい!」

「師匠は大物狙いですね」

「有無を言わせず萬里鬼笑閃といきたいところだが、砦の破損を考えるとちょっとな」


やっぱり物騒な事を考えていた、と言わんばかりの弟子二人に苦笑しつつ、ショウは大きく息を吸った。


「テリウス様、ディフィ様。気を確かに持ってくださいね!」

「はい?」

「それはどういう―」

「旦那様がそれなりに本気を出される、という事です。サンカ、こちらは良いので周辺の方々に累が及ばないように」

「そちらの方が大変ですよ媛様!?」


後ろのあらゆる喧騒を無視して、ショウは遠慮なく鬼気を解き放った。

無音の衝撃が、汀の防壁を打つ。


「ひっ!?」

「…お前らな、一人前と扱って欲しければいい加減この程度で動じるんじゃねえよ」


恐らく意図せずに口から出た悲鳴なのだろうが、まだ胆力の足りていない弟子に呆れながら。

ショウは昂怒鬼神を身に纏い、業剣『汀』を振りかぶる。まずは建物ごと幾らか生き埋めにした方がやりやすい。

と、団舎の扉が開け放たれた。先頭に立って出てきたのは法衣のようなものを纏った人物。頭を何かしらの布ですっぽりと包んでいる所為で、性別も顔も分からない。そして後ろからは鉄鎧に全身を覆った集団がぞろぞろと続いてくる。整然とした動きではなく、金属音がやかましい。


「些か乱暴な御仁だ」

「全て破壊しようって教義の連中が言う事じゃあねえわな」

「成程、確かにその通りですね」


法衣の人物は穏やかに返してくる。性別は男であるようだ。


「私はこの世を救済すべく降臨された唯一なる神の僕。いかがでしょう、あなた方も私達と同じく、この世の救済を願って神におすがりしては」

「そういうのは間に合っていてな」

「この世に戦乱の渦は絶えません。これはこの大地に住まう全ての者が不完全である為。一度すべてを壊して創り直す必要があるのです」


どうやらこちらの返答を聞く気はないらしい。

つらつらと言葉を重ねる男に注意を払いつつ、出て来た鍛鉄兵団の兵士達であろう集団を見やる。

瘴気の量からして、既に正常ではないのだろう。手にそれぞれの得物を持ってはいるが、ゆらゆらと体を揺らして今にも倒れそうだ。


「私は救済を願う意志によってこの地に来ました。この地に住む人々は、終わらぬ戦に疲れ果てております。そのような方々の心を救うのも我々の定め」

「その結果が、そこにずらりと並ぶ置物みたいな連中かい?」

「その通りです!彼らは最早悩む事も疲れる事もありません。ここの団長を名乗る女性だけは頑なでしてね」

「団長?成程、エザニィ皇子のように生皮を剥いだか」

「そう言えば知っていたのですね。帝都の件は残念でした。あなたには神の救済を理解する事は出来ませんか…」


今度は返答に返してきた。成程、自分が話したい事に関わる範囲だけは聞く耳があるのか。

男は言葉に瘴気を乗せているのだろう。内容がどうこうではなく、ひどく耳に障る。


「ところで、お前の信じる神とやらについて一つ聞いておきたいんだが」

「なんでしょう」

「すべてを破壊するのは分かる。だが、その後『創り直す』っていうのはどういう根拠だ?」

「…何ですって?」


男の持つ空気が変わった。

穏やかな口調はそのままだが、感じる視線に敵意が混じった。


「破壊した所を見た事があるのは歴史上にも確かだ。だが、創り直した所を見た者は居ないぜ」

「一度全て壊さなければ、創り直す事も出来ないでしょう」

「そうか。ならばもう一つ。お前の信じる神が創り直したら完璧になるのかよ」

「なりますとも」

「その根拠を示して欲しいものだな。創り直した後なら分かるとか言うなよ?壊されれば俺達は死ぬんだよな」

「…」


男は答えを返してこなかった。

だが、何かをしたのだろう。背後の兵士達が武器を振り上げた。


「問答は無用、と?」

「救済は齎されます。あなたは魂となってそれを見届けなさい」


穏やかな口調だが、ひどく冷たい響きを持って。

男は両手を広げた。


「救済を」

『救済ヲ』


生気のない声で兵士達が唱和し、鎧を鳴らしながら向かってきた。

足運びもなっていない、無様な動きだ。入団してから、血の滲むような努力を重ねたものだろうに。


「神の右腕は程なく蘇られるでしょう。もう直ぐなのです。御遣い様が先頃、邪魔をする巨大な岩板を砕きました。右腕は大地を底まで貫き、この大陸は救済されます」

「…成程」


思っていた以上に時間は残っていないらしい。

そして、随分と自分に酔っているようで、こちらが欲しい情報も勝手に喋ってくれている。

最早気遣いは要らない。寄ってくる兵士を軽々と真っ二つにしながら、歩を進める。

既に皮の内側は液化した瘴気の塊になっているらしい。臓腑が漏れ出たりはせず、緑色の腐肉のようなものが流れ出てくるだけだ。

浄化の事は後で考える事として、ショウは男だけを見据えて歩く。


「テリウスに絡んだ理由は足止めか」

「あなた方がイセリウス方面から来た事は確かでしたからね。あの男は最近来たばかりでしたので、神の意志も伝えておりませんでしたし」

「捨て駒もやむなし、と」

「本当はこの砦そのものを教化する予定だったのですよ。あの忌々しい森とケダモノを討つには良い立地でしたからね」


ふと足を止め、弟子達の様子を確認する。

テリウスは危なげなく、アオバで兵士達を次から次に斬り捨てている。ディフィは得物が短い為に間合いが近いが、上手く立ち回って瘴気を浴びないように動き回っている。

二人とも問題はなさそうだ。囲むように四方から向かってきた兵士達を一閃してから、再度男に向かう。


「成程、東方の蛮神の名代などを名乗るだけの事はあるようですね」

「それは俺の方じゃあねえがな」

「ですが、もう手遅れなのですよ」


鉄の人垣をかき分け、やっと間合いに踏み込む。

男は身構えるでもなく、こちらに向けて言葉を重ねる。


「我が神の民、北にある最後の大陸から偉大なる戦士を召喚しました。程なく彼はここに現れ、あなたを討つでしょう」

「生皮剥ぎの次は召喚か。お前らの術はどうにも胡散臭いな」

「私を斬りますか。ですがそれでも術は止まりませんよ!精々数日遅れる程度でしょう。あなたを足止めするという私の役割は叶うという訳です」

「そうかね」


ショウは躊躇なく、男を斬り捨てた。

あまりに言葉が耳障りだった事もあるが、男を斬った事で周囲に変化があるかを確認したかったからだ。

だが、振り返った時には兵士達はテリウスとディフィが全て斬り伏せていた。


「ショウ!術を止めさせねば―」

「…止めたと思うか?」

「…思わんな」


ダインが言ってみただけだと苦笑するのに同じく苦笑いで返し、ショウは思わず呟いた。


「元々暫く滞在する予定だったんだよな、確か」


要は、厄介ごとが増えただけだった。

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