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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
74/122

汚染された兵団

将軍二人との会見を終え、待たせていた汀達の下へ戻ったショウとダインであったが、待ち合わせ場所が俄かに騒がしい事に気づいた。

人垣が出来ている。

最初は汀の姿が珍しいのかと思ったが、向こうから聞こえてくるのはどうやら怒声だ。

穏やかではない。

とは言え強引に抜けるのは、自分はともかくダインにさせるのは拙い。

と。


「おう、何とか言ったらどうなんだ!イセリウスの密偵が!」

「!」


即座に状況を理解し、ショウは人垣を突破する為に身を屈めた。

だが、ダインは更に対応が早かった。


「何事か!」


威厳の籠った声に、ざわめきが一瞬途絶えた。そこに畳みかけるように、ダインの言が続く。


「道を空けよ!」


雰囲気に圧されてか、人垣が割れる。

そこに居たのは案の定、汀達だった。彼女たちに難癖をつけている男に見覚えはないが、何者か。


「…なんでぇ、あんた達」

「騒ぎになっていたようだからな。一体どうしたのだ」


ち、と男は舌打ちを一つして、だが周囲に聞こえるように大声を上げた。


「なあに、俺は少し前までルンカラ方面に配属されていたんだがよう、イセリウスの大砦でそこの金髪を見かけた事があるんだよ!」

「ほう」


イセリウスの大砦とは大河の長砦の事だろう。何度か敵を射殺した事があるというから、テリウスを見た事があったとしても不思議ではないか。

とは言え、凄まじい偶然である。あの巨大砦の中に居たテリウス一人を見た覚えがあるなど。

テリウス自身も否定できなかったのだろう、険しい顔をしてはいるが、せめて他に累が及ばないように言葉も発さず耐えている。


「こいつはイセリウスの密偵に違いねえ、ほら、早く衛兵を呼べよ!」

「その必要はない」


断言するダインに、男は軽く苛ついたようだった。

こちらを睨みつけて凄んでくる。


「んだとぉ!?てめえ、俺が嘘でもついているってかよ!」

「ああ」

「何が嘘だってんだよ!」

「…貴様、ルンカラに配属されていたならば何故今ここに居る」

「それに何の関係が―」

「良いから答えろ」

「は、配置換えがあったからだよ!」


ダインの問いには有無を言わさぬ強さが籠っていた。

そして望む答えを得られたのか、雰囲気を僅かに軽くする。


「そうか…」

「お、おう。分かってくれればいいんだ」


男もそれが分かったらしく、少しだけほっとした表情を見せる。

が。


「ルンカラ砦は帝都直轄。この砦に異動などある訳がない」


この言葉に、男の顔が凍りついた。


「…な、なんだよそれ」

「イセリウスの大砦は、獣の絶地が彼の国を我が国との戦に巻き込まぬために善意で作ったものだ。故に攻められにくく、同時に極端に攻めにくい。それを逆手にとって、ルンカラ砦は成人直後の皇族が将軍として配属される。相手は強兵だが攻めかからない限り攻めて来ないと分かっているからな」


周囲にざわめきが広がる。


「皇族が配属される砦の人員だ。滅多な人材を入れる筈がなく、そして軽々に出す筈がない」

「じゃあそいつは何でそんな嘘をついたんだ!?」


周囲の野次馬から言葉が飛ぶ。

彼の素性を知らないから無理もないのだが、ミューリが反射的にそちらを睨みつける。

ダインは苦笑しながらも、肩を竦めてみせた。


「さあな?だから本人に聞いているのだが」

「う、うるせえよ!てめえはさっきから一体何なんだよ!?訳知り顔で突っかかってくるんじゃねえよ!」

「ん、オレか。オレはな―」


と、答えようとするダインを差し置いて、我慢ならなくなったらしいミューリが声を上げた。


「控えろ貴様ら!この御方はムハ・サザム第三皇子ダイン・ディ・ムハ・サザム殿下であらせられる!」


ミューリの言葉に、周囲の気配が一斉に引くのが感じ取れた。

皇族の権威か、あるいはそれを騙る者へのとばっちりを受けたくないという恐れか。

この場所に偶然皇族が居るなどと思うまいし、恐らく殆どが後者だろうと思う。

と。


「こ、皇族だと?まさか…。同行しているなんて聞いてねえぞ」


どうやらこちらの事情を知っていたらしい呟きを漏らす男に、ショウは目を細めた。


「成程、こちらの事情をよく知っているようだな。お前の目的を聞こうか」

「し、知らねえよ!俺は知らねえっ!」


状況が悪いと見たか、男は数歩後退りをした。


「俺はしら―」

「そうはいかんな」


それとなしに男の背後に忍び寄っていたディフィが、逃げようとするその襟首を掴んで地面に引きずり倒す。


「くそっ、離せ!」

「無理だな。目的を言えば離してやろう」

「し、指示されたんだよ!」


苦し紛れの戯言かとも思ったが、潔くない様子は今まで見た邪神崇拝者とは違う。

汀に目配せすると、横に首を振ってきた。成程、瘴気の類は感じられなかったようだ。


「何を」

「お、俺は鍛鉄兵団に所属しているんだ!この砦にイセリウスの密偵が入り込んだって言われたから、街中で大声を出して暴けって!」

「誰に」

「鍛鉄兵団だって言ったろ!?俺に指示出来るなんて、だんぐぇっ―」


男の言葉が途切れる。

ディフィごと葬り去ろうとしたのだろう、背後から突き出された槍。

流石に業剣士なだけあって、男の体を抱えて大きく飛びずさったディフィは、視線をそちらに向ける。


「仕留め損ねたか」


鉄の鎧に身を包み、地面に突き立てた槍を引き抜いた声は女性のものだった。


「だ、団長!」

「黙れ逆賊。まさか身内にこのような賊徒を飼っていたとは、鍛鉄兵団痛恨の極みである」

「あ、あんたが俺に―」

「こと此処に至ってまだ言うか」


殺意に満ちた言葉を叩きつけられ、男が押し黙る。


「其処な御仁、済まぬがそのまま押さえていてはくれまいか」

「それで一緒に刺し殺されては困るのですが」


ディフィの言を聞いているのか、再び槍を突き出そうと構えを取る鍛鉄兵団の団長。

ふしゅう、と音を立てて吐き出される吐息に瘴気を感じ取り、ショウは業剣を抜き放った。


「貴公の身のこなしを見て避けると思ったのだ」

「殺す必要はないでしょう。このまま牢に繋げばよい」

「いや、殺さねばならん」

「何故です?」

「殺さねばならんからだ」

「だからそれは何故と―」

「ええい煩い!ならば諸共に死ねぇっ!」


会話にすらなっていないのは、どことなく偽ホムラを思い出す。

問答無用とばかりに突き出された槍を半ばで断ち斬って。

一跳ねでディフィらと団長の間に飛び込んだショウは、振り下ろした業剣をそのまま跳ね上げた。


「なにも―」

「やかましい」


斬り下ろしてではなく、斬り上げての一刀両断。

業剣『汀』の前に、鉄の鎧程度では何の障害にもならない。

だが左右に分かたれて臓腑を撒き散らしてしまわないよう、鎧の後ろまでは斬らないという細心の注意を払って。

断末魔すら上げられず、膝から倒れ臥す女。

傷口から流れ出す体液の色は、緑色をしていた。


「やれやれ…既に汚染は始まっているようだな」


業剣を仕舞い、再びダインの傍に立つ。

ダインは緑色の血を一瞥し、頷いた。


「媛様。浄化をお願い出来ますか」

「承りました」


半ば見慣れた水球が骸と地面を覆い、圧縮される。

削り取られた地面に、ぽたりと圧縮された一滴が落ちた時には。最早汚染の色は微塵もなかった。


「さて、大掃除だ。気合入れろよ、テリウス、ディフィ」


兵団の団長が汚染されているということは、既に兵団自体が汚染されている恐れがある。

ショウの言葉に、弟子二人は硬い表情で頷いた。

邪神崇拝者の持つ爪は、意外と鋭く深く、この国に食い込んでいるようである。

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