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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~邪神の右腕編
72/122

絶望するほど巨きなり

準備の段階で待たされていた分、出立が決まってからの動きは迅速だった。

普通の馬車より大きな車体を縦に三つ繋げた『連結馬車』。砂漠でもないと使えないような代物だそうだが、今回のような長距離強行には適しているそうだ。

引く馬は屈強な軍馬が五頭。戦争に向かうような鎧をつけた重装軍馬が重い車体を三つも引く。

傍目には信じられないような光景だろうが、どうやら帝国民にとっては見慣れたものらしい。

帝都中央の大街道を、轟音を立てて走る連結馬車を、手を振りながら歓声で送ってくれたのだ。


「それにしても、このような重厚な馬車が砂漠を駆けるとはなあ」


帝都を出発してから二十日。

一番前の馬車に顔を揃えたのは、ショウと汀、サンカ、テリウス、ディフィの他にダインとミューリの七名である。

自らが招いたのだから案内までは責任を持つ、というダインの言に表だって反対する者はなかったという。

クフィンが同行したいというような打診をしていたようだが、理由もなく皇族が二人も同行するのは問題が大きすぎるとして却下されている。


「車体は軽い魔力金属。車輪には土の魔石を埋め込んで、触れた砂地を一時的に鉄の硬さにする事で問題なく進んでいるのさ。砂漠で獣人の機動力に勝つにはこの方法しか取れなかったそうだ」

「では馬も?」

「魔力金属に御者が綱を通じて魔力を流す事で、馬鎧も羽より軽く鉄より硬くなる。馬からすれば三台連ねてやっと一台分くらいの荷重しかかからないのさ」

「便利なものだな」

「伊達に五千年も獣の絶地と争い合ってないさ。技術革新はいつでも起きる。特に獣の絶地は何かしらに特化した亜人が軍勢となっているんだ。並の研究努力じゃあ跳ね返せない」


ムハ・サザム帝国は亜人であろうと力や才あれば用いる国であるから、獣の絶地から逃れてきた亜人や、そもそも獣の王に隔意のある者は帝国に仕官し続けている。

テト・ナ・イルチらの父祖もその一派であり、獣の王の座を争った獣の王の傍系でもある。

その娘の一人が皇帝の后となって血を繋いでいるからこそ、帝国の皇族が獣の王の、ひいては火群の血を引いている証左となるのだ。


「これから向かうサウロン=ニフル連合城砦という所もその一つなのですか」

「その通りだサンカ殿。砦の北こそが獣の絶地との戦争の最前線でね。東西の補給基地としても最も多くのものが揃っているから、どちらにしろここを通らない訳にはいかない」


直線距離で帝都から魔獣の砂漠まで行くのであれば、この砦を通る事はないのだ。

しかし、補給の事やしっかりとした休息の事を考えれば、最も充実したこの砦に立ち寄るのは意味があると言えた。

本来ならば砂漠には遮蔽物がないので遠くまで見えるものだが、ここ十日ほどは強風の関係で砂塵の舞う中を走っている。


「ああ、ディフィ殿。少し道筋がずれている。少しばかり右の馬を強めに進めてくれ」

「分かりました。…これくらいでよろしいでしょうか」

「…うん、それでいい。助かるよ」


方位も分からないまま進むのは危険なのだが、この馬車には登録された都市の位置を示す機能を持った水晶も常備してある為、問題なく進めている。だが、御者は一番慣れているディフィが続けざるを得なくなっている。砦についたら休ませてやらなくてはならないだろう。


「…後は邪神崇拝者による人材の汚染がないかどうかを確認しなければならないと思うのだが、どうか」

「ばれていたか」

「ニリ様の聖石は足りるのか?」

「預かっただけでは足りないだろうな」


しれっと答えるダイン。

だがその顔は余裕を保っている。

何か方策があるのだろうと、ショウは追求を止めた。どうせその時になるまで言わないだろう。


「規模だけで言うならばあの大河の長砦には及ばないとは言え、獣の絶地との戦で使われる十七の前線砦の中で最大規模の城砦都市だ。大きさだけならば帝都を凌ぐ」

「だからこそ、そこが汚染されない事が重要なのですね」

「獣の絶地にとっては、何より明確な邪神崇拝者からの汚染と捉えられるだろうからな」


補給で立ち寄ると言うのは確かなのだろうが、それ以外にもそれ以上の意図が含まれている事は弟子達にも理解出来たようだ。


「ああ、風が少し治まったようですね。今なら見えますよ」


車体に吹き付ける砂の音が少し弱まった事で、馬車の窓から外を見たミューリが呟いた。

その言葉に逆側の窓から顔を出したテリウスが、その姿のまま固まる。


「…な、なんだあれ」

「まだまだ距離はありますから、どんどん大きくなりますよ」


そこに在るのは、獣の絶地の亜人云々ではなく、ただ『獣の王』とその係累への恐れと対策の詰まった砦だった。

未だはっきりとは見えてこないが、それでもその大きさは分かる。


「興味がおありでしたら、せっかくですのであの砦にまつわる帝国史などご披露致しますが」

「まあ、それは興味深い。ミューリ様、教えていただけます?」


汀の発言により、急遽ミューリによる歴史の授業が始まったのである。




「サウロン家とニフル家。この二家は大陸史に名を刻んでいる旧い家系です」


まだ大陸南方にムハ・サザム帝国が存在していなかった頃。砂漠地帯には多くの国が乱立し、群雄割拠の様相を呈していた。

その当時、この地域はサウロン王国と呼ばれる小国家だった。初代サウロン王はアズードの亜人排斥の思想に共感し、獣の絶地に宣戦を布告したのだと言われる。

折しも周辺国家は更に南方の新興国家に対するべく連合し、当時最大の規模を誇ったサウロン王国も周辺と不可侵の約定を取り付けたという。アズードの思想以前に、砂漠北限の領土であるサウロン王国は、目の前に広がる肥沃な緑と農地を欲していたのだろう。

砂漠の南に興った当時の新興国こそが、今のムハ・サザム帝国である。大陸南方の統一を目的として立った建国帝ギャムニ・ヴィ・ムハ・サザムを頂点とした帝国。

砂漠連合は帝国と開戦。その間にサウロン王国はアズードの後ろ盾の下、十年に亘って獣の絶地と互角の戦いを繰り広げたという。


「サウロン家は今でも悪評の方が強いですけれど」


サウロン王国の凋落は、獣の絶地との戦争が直接の原因ではなかった。

砂漠連合が帝国軍に敗れ、その傘下に納まってしまった為である。

強烈な亜人排斥論者であったサウロン王と違い、砂漠連合の国王達にとって戦争は忌避すべきものでしかなかった。亜人保護、および貴族としての領地と民の安堵を示された彼らは、圧倒的な国力差の帝国に然程大きな抵抗もせずに降伏して合流。

帝国の急速な巨大化を問題視したアズードは、帝国との外交を開始する。亜人の扱いについての点で決裂した彼らは、冷戦状態に移行する。獣の絶地と帝国が連合して攻めて来られたらアズードが滅んでしまう恐れがあった為だとされる。

結果、いともあっさりとサウロン王国は見放された。

王都が火の海になるまで、半月保たなかったと言われる。

降伏の暇すらなく、国土は蹂躙された。


「その前後、サウロン家の第二王子が精鋭を率いて落ち延びてきたと言います」


王都が陥落すると見た王子は、自らの手勢を率いて民を王都から落ち延びさせたという。その軍才で父王から愛された第二王子は巻き込まれる前に王都を棄て、民を連れて亡命を試みた訳だ。

民からも慕われた彼を、皇帝ギャムニは篤く遇したと言う。


「ですが、問題はその後でした」


今度はサウロン王とその第一王子が命からがら逃げ延びて来たのだ。

当時はまだ獣の絶地は帝国に悪感情などなかった。

その為、正しい外交手段を取ってサウロン王とその王子の身柄、あるいは首を求めたのだ。

困ったのは帝国である。

サウロン王とその第一王子の身柄を受け渡すのに否はない。しかし、第二王子を受け渡すのが躊躇われた為だ。

第二王子は人柄も良く、亜人排斥に真っ向から異を唱えた事で知られていた。彼は亡命前には軟禁されていたという。彼を差し出せば、共に亡命してきた彼の臣とサウロンの亡命市民達が蜂起するのは目に見えていた。

また、帝国に連合した小国家達に対しての姿勢もあった。いつか国から切り捨てられるかもしれないという疑心が生じれば、帝国の内部に敵を作りかねない為だ。


「三日三晩、会議は紛糾したと言います」


結果、『親の罪は子に累を及ぼさず』という結論となった。第二王子だけでは矛盾が生じるとして第一王子の命も助けられた。同時に帝国法として『連座制の廃止』が定められ、サウロン王のみが獣の絶地に送られた。

亜人保護を定める帝国にとって、サウロン王の所業は許されなかった。この切り捨て方については、当時貴族たちからの反発はまったくなかったという。

この措置は以後、帝国の治世を大きく援ける結果となる。


「サウロン王家は解体、サウロン家という貴族として残される事になりました。ですが、それで納まらなかったのは獣の絶地です」


望んだ首は一つしか届かなかった。これが当時の獣の王の不興を買ったと言われる。


「無論、宣戦布告をした訳でもありませんから、少しばかり悪感情を持たれた程度だったのですが。まあ、それはともかく」


帝国と獣の絶地がどうして開戦に至ったかはまた今度に致しましょう、とミューリは一旦話を切った。

サウロン家の顛末に戻る。


「第一王子がサウロン家を継ぎ、第二王子はサウロンの名を棄て、新たなる家名を名乗りました。それがニフル家です」


馬車から外を見れば、巨大な威容の前に、まずその影が少しずつ見えてくる。

砂塵舞う中ではあまり外を見る機会もなかったが、随分と近くまで来ていたようだ。


「帝国最大の窮地、帝都決戦の後。帝都吶喊を防ぐ為、防衛砦の建造が決められました。旧サウロン王国領にはサウロン家とニフル家がそれぞれ建造する事になったのです」

「それぞれ?」


本当に風が止んだのだろう。視界が少しずつ晴れて行く。近づくにつれ、馬鹿げた大きさが実感出来ていく。

だが、そこに聳え立つ砦は一つ。二つあるようには見えない。


「ええ。旧サウロン領の砦は、自然と最も猛攻を受ける事になりました。増築と防衛を続けているうち、少しずつ砦の規模は大きくなって行ったのです」

「ちょっと待って下さいよ、まさか―」


テリウスが焦ったような、呆れたような声を上げる。無理もない。ショウも口にすれば同じことを言ってしまったであろう確信がある。


「はい。増築を続けるうち、改修を続けるうち、サウロン城砦とニフル城砦は密接な相互支援をするようになりました。ある時、誰かが閃いたといいます。…このまま繋げて巨大な壁にしてしまえばいい、と」


見上げる程の巨大な城壁に、とうとう肉薄した馬車。


「獣の王ですら破れず、飛び越えられぬ城壁。獣の絶地の将兵に正面突破が不可能だと言わしめる防御性能―」


馬車を受け入れる為だろう、南側の城壁の一つが横に開いていく。

門ですらないのは、獣の絶地の亜人が紛れ込まないように、だろう。

そのままの速さで門を通り抜け、やっと速度を落とす。

ミューリはふわりと笑みを浮かべて、ダイン以外の一同に告げた。


「曰く『絶望するほど巨きなり』。ようこそ、サウロン=ニフル連合城砦へ」


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