必要以上に内政には関わらないのが神性なのです
砂漠の只中にある都としては、帝都の品揃えは非常に充実していると言って良かった。
帝都の街道を並んで歩くショウと汀の一行は、出発の準備が整うまでという条件を容れて城に滞在していた。
とは言え城の中だけでは退屈であるとの理由から、ほぼ毎日のように帝都観光を楽しんでいる。
今日はテリウス達は自己鍛錬をするとの事なので、ショウと汀の二人だけで街に出ていた。
「ふむ、炙った羊の肉か。美味そうですね、汀どの」
「二つ、いただけます?」
「はいよ、お二人さん。お代は…」
「ああ、これでいいかな」
「ちょ、ちょっと!これ帝室貨幣じゃないか」
「何か問題があるかな?」
「いや、ないけど…。参ったな、帝室貨幣は手続きが少し面倒なんだよ」
店主が困りながら葉に包んだ炙り肉を差し出してくる。
こちらとしても、この国の通貨だからと預けられたものなのだから、言い訳の仕様もない。
かぶりつく。羊肉独特の香りが広がり、肉の味わいと辛めの味付けが舌に心地良い。
「うん、美味い。ダイクさんが言っていた通りだな」
「ああ、お二人さんは影武者さんの紹介か」
訳知り顔で頷く店主に、首を傾げるショウ。
「影武者?」
「そう。あまり似ていないんだが、皇帝陛下の影武者を務めているんだぜ。ご丁寧に護衛を連れ歩いているんだ。名前も皇帝陛下と同じだから、普通に呼んだら不敬罪になるかもしれないって事で『影武者さん』と呼んでくれと言われているんだ」
「…似てない?」
「遠目にだけど俺だって皇帝陛下の御姿を見たことはあらぁな。神々しくて美々しいあの威厳は、中々真似しようにもできねえだろう。影武者さんも顔立ちは少しは似ているんだけどなぁ」
「…へぇ」
返答に困る。
まあ確かに、お忍びでダイクが街中に出没したからと言って、誰も彼を皇帝だとは思わないだろう。
だが、自分で自分を影武者だ等と言ってしまっては駄目なのではないだろうか。
余程テト・ナ・イルチを信頼しているからなのだろうが、今回起きた事件の事を考えると少しばかり迂闊だったのではないかと思う。
と言うより、邪神崇拝者達もまさか本物が城外を気軽にうろついているとは思わなかったのではなかろうか。
肉をその場で食べてから汀を見れば、こちらを見て頷いている。
「そうしたら『影武者』殿にも土産にお持ちしたいので、包んでくれるかい。十個ほど」
「ああ、いいよ。影武者さんの知り合いって事ならお代はさっきの分だけでいいや。少し前からお城が騒がしいから、あの人も大変だったんじゃないか?」
素性はともかく、だいぶダイクは親しまれているらしい。
確かにここ数日、誰よりも忙しかったのは彼だろう。
ニリと協力しての結界設置は上手く運び、少なくない邪神崇拝者を炙り出す事に成功した。
流石にどれも今回の事件ほど切羽詰まってはいなかったようだが、ダイクも皇子達も執務室から出る事も出来ずに居るらしい。
この露店の品は邪神が関わっている気配も、毒が混入されている様子もなかったので持ち帰っても問題はないだろう。
「そのようだな。まあ影武者さんの事だ、少ししたらまた来られるようになると思う」
「待ってるよ、と伝えてくれや。ついでに兄さん達もうちをご贔屓にしてくんな」
「ああ、また来るよ」
店主の笑顔には屈託がない。
ダイクの治世が上手く行っている証拠だろう。良い国だ。
ダインの執務室にショウと汀が向かうと、入り口の前に数名が並び立っていた。
ミューリもヨキ・エ・イルチも居る。という事は、ここに立っているのはダイン以外の護衛達か。
「おや、ミューリ殿」
「ショウ様、媛様。街に出ておられたのでは?」
「ええ。美味しい露店を見つけましたので、皆様にお土産をと」
「み、土産です…か」
「こちらは護衛の方々かな」
「あ、はい。陛下もテト・ナ・イルチ様と一緒に」
「ふむ」
テト・ナ・イルチは別格という事か。
入室を許されていないのか、外で護衛をしているのか。おそらく両方なのだろうが。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとうございます、ミューリ様」
「い、いえ!」
促されて、入室する。
そこにはダイクと皇子が揃っていた。
包帯姿も痛々しい長身の青年が、エザニィなのだろう。ダインの隣に立つ少女が同母妹のクフィンか。
エザニィの顔立ちは分からないが目つきは優しく、クフィンは上品な顔立ちに勝気そうな目つきと妙に対照的に見えた。
「おや、ショウ」
「邪魔するよダイン。あ、これ土産な」
「おお、この料理は―」
「親父さん、影武者なんて名乗っているんだって?」
「あ、それは内緒の…!」
「父上!?」
愕然とした声を上げたのはエザニィだった。包帯の向こうからだと少々聞き取りにくい。
今にも掴みかかりかねない様子で大声を上げる息子の様子に、ダイクは気まずそうに頭を掻いた。
「頼むよショウ殿。ダインとクフィン以外はその辺り口煩いから内緒にしていたんだから」
「クフィン殿?」
「私ですわ。先日は御弟子様にお世話になってしまいました。クフィン・ユゥ・ムハ・サザムと申します。ショウ=シグレ様、媛様、はじめまして」
「汀と申します。クフィン様、よろしくお願いしますね」
「はじめまして。そう言えば次兄殿にもこれが初めてになるのかな」
「そうですね。私の姿をした者が既に名乗っているかもしれませんが。エザニィ・アル・ムハ・サザムです。この度はご迷惑を」
「いや、無事で良かった。傷の治りは?」
「お気遣い有難うございます。治癒術士達の力を借りていますので、それなりには」
二人の挨拶を受けたところで、ショウはテト・ナ・イルチに包みを渡した。
「親父さんと一緒に行った事があるから分かるだろう?差し入れだ。食ってくれ」
「忝い」
「それではな」
「またお時間のあります時に」
ダインの部屋に他の皇子と皇帝が集まっているのだ。ただ談笑しているだけではなかったのだろう。
空気を読んで出ようとするショウを、ダイクが呼び止めた。
「ああ、ショウ殿。お待ちいただきたい」
「?」
「少々立て込んだ話をしていたのですが、今後の帝国の方針にも関わるので、是非一緒に」
「あぁ…申し訳ないが、俺も汀どのも国の運営には口を出さない事にしている」
神性である以上、人の営みに干渉しない事は不文律と言って良い。
ショウ自身は神性ではないが、武神への目標もある上に、汀の伴侶でもある。同じ条件を適用すべきなのだと弁えていた。
「そもそも蒼媛国の同盟国は貴国の敵国だろう?聞かせてもらっては拙いだろうに」
更にその同盟国は不倶戴天の獣の絶地だ。ややこしい関係性なのは分かるが、だからこそ関わっては拙いと思う。
「心配せずとも内政や軍事絡みの話ではないよ。…ああ、少しは軍事的な意味合いもあるかな」
言いよどんだ言葉を引き継いだのはエザニィだった。
「邪神崇拝者への対応の件です。今回の件があって、大規模な征伐をしなくてはならないので」
「それに協力を求めたいという事かな?」
「それもあるが、まずは邪神の右腕への対応の方になる。元々、あれがあるから獣の絶地との間に停戦期という期間を持ち得たという事情もある。万年に亘る動きを変えようというのだから、一存で結論は出せないだろう?」
「ふむ?」
「一つ、ホムラ様にも確認していただきたいことではあるのだが…」
ダイクは、どうにも言い辛いのか、眉間を揉みながら言葉を絞り出した。
「邪神の右腕を完全に破壊するには、どうしたら良いのだろうか」
「…何だって?」
指を離してこちらを見据えてくるその瞳は、覚悟を秘めた冷たい光を放っていた。