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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~ムハ・サザム帝国騒乱編
68/122

残されなかった伝承・参節 その晩の第一皇子ロヴェリと第五皇子ラーガ

ロヴェリが目を覚ました時には、玉座の間から始まった一連の出来事は終息していた。

意識がはっきりしたら既に私室に寝かされており、今はヨキ・エ・イルチから顛末を聞かされている所である。


「…そうか。私が偽物を紹介された時にはもうエザニィは入れ替わっていたという事なのだな」

「ええ。声も気配もエザニィ様とまったく同じでした。ただ生皮を剥いで身に着けたという術ではないようですね」

「何にしても生きていてくれて良かった」


ロヴェリは短慮で粗野ではあったが、不思議とエザニィとは馬が合った。

エザニィが発見されたのは、いつの間にやら掘られていた、自室の地下だった。

入口は体の弱い彼の為に用意された見事な庭。

地下に繋がる穴を発見したのは、『火群の名代』の連れて来た女だったそうだ。


「地下室は実質牢屋であったようです」


フェリアッハの皮を着た男に買収されていたらしいメイドが牢に詰めていた。

苦も無く拘束された奥には、乱雑に包帯をぐるぐると巻かれたエザニィと、必死に治癒の術を施している実母のイノが押し込められていたそうだ。


「義母上は…」

「御命に別状はなかったと。メイドの言では、どうやら事が済んだらイノ様の生皮を着て帝母と遇される予定だったとか」

「腐っているな。処刑か」

「はい。牢に押し込めてあります」

「…俺が直々に」

「お止め下さい。恩義に是非とも報いたいと思われるのはご立派ですが、今動けばお立場が悪くなります」


ヨキ・エ・イルチの言葉通り、これはロヴェリの長所でもあり、短所でもあった。

受けた恩義に報いようとすることは、人としては素晴らしい考えだ。しかし、それが皇帝の息子の考えとなると、巻き込まれる人数を考えれば良い事ばかりとは言えない。


「だが、エザニィをまるで道具のように扱い、義母上に心痛を与えた事は何より許し難い…」


エザニィは体の弱さを理由に日頃から自分を立ててくれていたし、その母イノは、実母を早くに亡くした自分に母としての愛情を強く与えてくれた『第二の母』なのだ。

この二人にだけは素直に心情を吐露し、頼ってすらいたロヴェリだ。


―私は体が弱いから、功を稼いでも帝位には繋がりません。この方を兄上がお連れになった事にすれば良いと存じます。


そう言って自分の手柄を譲ってくれたエザニィ―実際は本人ではなかった訳だが―の恩義に報いたい一心で、本物の名代を貶めた訳だが、結果として自分も邪神崇拝者の疑いをかけられる原因になってしまっている。


「それは皆が等しく思っている事ですよ、兄上」

「ラーガ」


そしてもう一人、末弟のラーガがこの部屋に来ていた。

天真爛漫で真っ直ぐな性根の末弟を、ロヴェリはエザニィの次に信頼していた。

そしてラーガも自分を可愛がってくれるロヴェリを慕い、今回もこうやって見舞いに来てくれていたのだ。


「他に協力者が居ないとも限りません。父上の暗殺はもうないでしょうが、城の中にどれだけ邪神崇拝者が入っているかも分からない。迂闊に動いては駄目ですよ」

「ああ。…そういえばクフィンも戻っていないのだったな。無事だと良いが」

「姉様は先程戻られたそうですよ」

「む、本当か」

「ホムラ様を見つけられなくてばつが悪かったという事のようで、宿の一つに暫く滞在していたそうです。ショウ様の弟子の一人でディフィ殿という方がお連れになりました」

「何だ、もう一人居たのか?」

「ダイン兄上の依頼だったとか。『多分見つけてないから戻れないのだろうから、拗ねてどこかの宿に身を隠しているのではないか』と」

「さすが、母が同じだけある。よく分かっているな」


ダインと、その妹クフィンは母が同じ正妃である。

通常女児には帝位継承権は与えられないのだが、正妃の子である事、そして何よりダインの妹である事が彼女が継承権を持つ理由だと口さがない者は噂している。


「…次はダインか」


溜息と共に、そんな事を呟く。

何が、とは言わなくても通じる二人である。


「ダイン兄上は父上に誰よりもよく似ていますからね。本人はエザニィ兄様が相応しいと思っていたようですけれど」

「…そうなのか?」

「ホムラ様を探しに出る前に少し話をしましたので。『ロヴェリ兄は短慮で争いを好む気があるから、穏やかなエザニィ兄が継ぐべきだと思う』と」

「自分を棚に上げて、か」

「ダイン様は必要とあれば戦いを厭いませんよ」

「…そうだな。あいつは事の軽重を間違えない」


飄々とした顔で大体の事を苦も無くこなす弟の事を、ロヴェリは嫉妬を抱いて嫌っていた。

だが、同時に大器であると認めてはいるのだ。帝位に相応しい事も。兄であってくれればどれ程心安らかだったか。

そして、その弟が連れて来た人物。


「それにしても、あのシグレとか言ったか。あの男」

「仕返しは考えないで下さいよ。テト・ナ・イルチが勝てないと断言しましたからね。自分では逆立ちしても無理です」

「…今までの人生でテト・ナ・イルチが『誰かに勝てない』と言ったのを聞いた事がないが」

「私もです」


皇帝を護衛するイルチの血族は、かつて獣の絶地で獣の王の座を奪い合った兄弟の片割れの子孫だ。

帝国に亡命してきてから幾星霜、彼らが帝国最強と称されてから、その地位が覆された事はない。

その血族で当代最強の者がテト・ナ・イルチだ。ロヴェリ達がその敗北を予想出来ないのも無理はない。


「一応、ホムラ様を始めとした神性には勝てないと言っていましたけれど」

「それはそうだろうが」

「ま、シグレ殿と名代様の御一行は十分理性的でおられます。そもそも殿下を気絶させたのは俺ですから、向こうに仕返しをされると仰るなら、まず俺の首を刎ねてくださいね」

「…そんな事、出来る訳ないだろう」


渋々だが、仕返しを諦める。

エザニィの母、イノが第二の母ならば、幼い頃より師として慕い、自分を護ってくれたヨキ・エ・イルチは兄代わりだ。

自分の味方である人物には、とことん甘いロヴェリなのである。


「それ程の人物がイセリウス王族の師とは。出来れば我々も誼を通じておきたいところだが…誰かを弟子入りさせてみるか?」

「実は、私も弟子入りを希望したんですが、断られました」

「そうなのか?やはりイセリウスとは敵同士だからか」

「ああ、いえ。そういう事ではないらしいです」


彼らの使う剣の根本が、自らの命に密接に関わるというのだから呆れてしまう。

というより、テリウス・ヴォルハートはイセリウス王国の王族だった筈だ。そのような人物を弟子にしておいて、こちらの皇族を弟子にしないというのは『敵国だから』という理由しか思いつかなかった。


「危ないからという事と、あと一つ。『自分の正しさを疑わない気質の人物には、過度な力は与えられない』と言われました」

「…自分の正しさを疑わない事は大事だと思うが」

「いざ間違えた時に、間違えた事を認められなくなるらしいですよ。ダイン兄上のように、『迷いつつもその迷いを背負って決断出来る事を果断と言い』、私のように『思い込みだけで決断するのは果断とは言い難い』」

「仰る通りですよ、ラーガ様。方向性は違いますが、お二人とも短慮な所はよく似ておられる」

「…お前なぁ」


ヨキ・エ・イルチは相手がロヴェリでも辛辣な物言いを変えない。


「ホムラ様の名代ならば、過ぎたる力を持った者を赦しはしないでしょう。お二人は力を求める前に心を鍛えないといけませんよ」

「分かっている。今日は小言が多いぞ」

「当たり前です。今回殿下が仕出かした事は本当に拙かったのですから」

「…悪かった」

「陛下は不問にしてくださいましたが、強く叱責されるのはお覚悟を」


師の強い言葉に首肯しつつ、ロヴェリは小さく息をついた。


―ホムラ様に会う事が楽しみだった筈なのに。


ムハ・サザムに住む者で、闘神に憧れない者は居ない。

他国では伝説なのかもしれないが、帝国には数百年に一度、邪神の右腕の活性と共に必ず現れる。

無論民草がそれと知って火群と出会う事はまずあり得ない―そもそも当人たちが信じない―が、皇族・貴族は、何世代かに一度、関わる機会が巡ってくる。

自分の代でお会いする事が出来ると知った時の、兄弟の喜びようといったらなかった。

次期皇帝として、尊崇する神性に言葉を賜ること。

ふと、そんな幼い時分の夢を思い出す。


「やれやれ、今お会い出来ても恥ずかしいだけだな」


名代様で我慢しておくか、と呟くロヴェリに。


「そうですな」

「兄上は素直じゃありませんね」


二人もまた苦笑いで返したのだった。

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