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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~ムハ・サザム帝国騒乱編
66/122

火群問答

結果のみを述べるのであれば、当然のことながら勝負にもならなかった。

男神ホムラもある程度は答える事が出来るのだが、公式に帝国の歴史には残らなかった事柄についてはほぼ記憶しておらず。

反して、火群は自分が立ち会った諸事を記憶していたのだ。

その口火を切ったのは、ダイクではなく女神ホムラの方だった。

彼女はダイクが問いを始める前に、再度手を挙げて提案をしてきたのだ。


「本物の闘神様であれば、私どもの一族の事も僅か程度でもご記憶されているのではないでしょうか」

「ふむ。それも道理か。…お二方、如何かな?緩衝帯の東部に住まう、半神性の居られる集落だそうですが」

「―そのような些事、覚えておらぬ」

「は、はあ…そうですか」

『―ああ、その辺りに住む半神性の率いる騎馬一族であれば覚えている。チッポ族、だったかな』

「はい!闘神様、お話出来て嬉しく存じます。チッポ族のホムラとして一族を護っております、ニリ・チッポと申します。皇帝陛下、私の一族に御助力をいただいた闘神様はこちらの―」


と、喜色を露わにした女神ホムラ―本名をニリと言うそうだ―の言葉は、それだけで既に明暗を分けていたように見えたが。

それだけでは我々が確認する事が出来ないからと、ダイクは出題を始めた。


「…では、前回の活性化の折、ホムラ様と出会った頃の、この国の皇帝であったカロン・エル・ムハ・サザムの困った癖とは?」

「…そ、そのような些事、覚えておらぬ」

「またですか」

「くっ…」

「では、蒼媛国のホムラ様」

『…そんな事まで記録されているのか?このような場で暴露しては可哀想ではなかろうか』

「…ご存知のようで。ですが問題はないでしょう、当時の本人はホムラ様のお陰でその悪癖を治せた事を感謝とともにこの史書に記録するように命じられたようですので」

『…寝小便だ。先代が急な病気で身罷った為に五歳で後継とされたのだったな。俺と会った時にはまだ七歳の小坊主だったから無理もあるまい』

「正解です」


既に溜息も漏れない。

この場に居る全ての者が、最早どちらが闘神火群であるかを理解していた。

しかし、男神ホムラはまだ諦めない。


「どうした!この程度の事、予め調べれば分かる事だろう!闘神ホムラにしか分からぬ問いを示せ!我は些事は覚えておらぬ!」


開き直りも甚だしい。ダイクもまた溜息交じりに、口を開く。

本人も既に火群としっかりと言葉を交わしているので、いい加減終わりにしたいところのようだ。


「では最後に。この国の建国者の名前は」

「それは分かっているぞ!ギャムニ・ヴィ・ムハ・サザムだ!」

「…ほう。蒼媛国のホムラ様は」

『…ムハ・サザムだ』

「もう一度、お願いできますか」

『ムハ・サザムだ。その前に名はつかない』

「くく…やっと馬脚を現したか。皇帝よ、これで分かったであろう!建国帝の名前ではなく、国号を言い述べるとはな。よく細かい知識ばかり学んだ、と言うべきか?徒労であったな、ご苦労な事よ」


今までの事は完全に棚に上げて、大声を上げる男神ホムラ。

周囲の反応は冷ややかだ。しかし、周囲の一部から少々のざわつきが広がる。

ショウ達には先程から全く分からない質問ばかりなので退屈していたのだが、どうやら今回は火群は不正解だと思われる解答をしたものらしい。

男神ホムラの増長は続く。


「建国帝の名など問題にならぬと思ったか?くかか、詰めが甘かったな!」

『そうでもないさ』

「負け惜しみか?皇帝よ、我が名を騙り、我らを謀った罪だ!そこな神性を処刑し、東国に宣戦を布告せよ!なあに、このホムラがついておる、大船に乗った心算で居れ」

「そうですな。ひとまずこれでどちらが闘神ホムラ様であるかの確認が取れました」


ダイクもまた神妙に頷き。


「貴様こそが偽物である。闘神ホムラ様は遠く蒼媛国より名代を遣わしてくださったと、ダイク・ジェイ・ムハ・サザムの名に於いて断定する」

「なっ!」


そしてこの裁定が不満だったのはどうやら偽物だけではなかったようだ。

ショウはその人物の頬が軽く引き攣り、どうやら意志の力でそれを抑えた事までを視界の隅で確認しつつ、顛末を見守る。


「何故だ!他の問いはともかく、建国帝の名を間違えるなど!この国の歴史を聞きかじった者ならば幼子でも知っていよう!…そう言えば皇帝よ、その程度の問いを、何故最後にしたのだ?」

『建国帝ではなく、建国者だからさ』

「何をっ!」

「…ムハ・サザムは元々この大陸にある一王国に過ぎなかった。サザム王国最初の国王がムハ・サザムであり、大ギャムニはそれから七代の後の王だ。群雄割拠の様相を呈する大陸南部の統一を願ういくつかの同盟国から盟主として立てられ、その際に皇帝を称する事となった」


火群の言葉を説明したのは、ダイクだった。

冷え切った目で男神ホムラを見ながら、続ける。


「サザム王国最後の王が『ギャムニ・ヴィ・サザム』である。同時に、大ギャムニは皇帝を名乗るに当たり、国号を畏敬する初代、ムハ・サザムの名に変えた。連合ではなく、一人の支配者の下に統べられる国にする為には、サザム王国の名は邪魔だったからだ」


大ギャムニは、自分の手で自分の国の歴史を闇に葬らねばならなかった。故に、初代の名を国号とする事で、一つだけでも、祖先の事績を残したいと願ったのだという。

誰の記憶からもサザム王国の名が消えた後にも残るように。

代々の皇帝は口伝にてその事実を伝え続けた。知るのは代々の皇帝と、帝国の建国に関わった者。即ち―


「真実ホムラ様だけが、この正解に辿り着く。例え我が子でさえも、これを知るものはない故に」

『ギャムニは民を憂うる事が出来るよい君主だった。ムハ・サザム帝国の設立に力を貸したのはある事情からだったのだが、子らもまた国をよくここまで大きくしてくれたものだと思う』

「勿体ないお言葉です。…さて、この件については本来皇帝のみが知る事を許される事実だ。この場に在る者は全て、今後の生涯に於いて誰人かにこの事実を述べる事を禁じる。文に残す事も許さぬ。次期皇帝のみが、その次を継ぐ者に告げる事のみをさし許す」


有無を言わせぬ強い口調のダイクは、臣下の対応を待たなかった。


「さて、ではそこな偽物よ」

「ふざけるな!我は真実『闘神ホムラ』だ!偽物などではない!」

『俺の名を騙る奴には何度か遭った事があるが、ここまで自分を偽りきった奴は初めてだな…』


偽物の言に、誰あろう当の火群が困惑も露わにぼやく。

確かに、どうにも解せなかった。

本物の火群が交信球の向こうとは言え、話が出来る段取りになってしまっているのだ。

この場で本物を差し置いて自分こそが本物である等と認めさせることなど出来はしない。

なのに今この瞬間まで、男神ホムラは自分こそが本物であると断じて翻さない。

正気とすら思えなかった。


「ならば、何か別に目的が、ある…?」


火群を名乗る理由。

火群を探しているから。

誰が。

ムハ・サザムの皇帝が。

何故。

頼み事をする為に。

つまり、目の前に皇帝が立っているのだ―


「…ッ!」


邪神の右腕が活性を開始し、邪神崇拝者などという狂信者の存在に思い至り、ショウは偽物の目的に見当がつく。


「ダイン」

「…どうした?」

「小刀はないか」

「小刀?…何に使うんだ」

「あの男の目的がどちらか、を確認する」

「…?よく分からんが、これでいいか?」


一応約束した以上、この場で自分の持ち物を抜く心算はなかった。

ダインが隣に侍るミューリから受け取った懐剣をショウに手渡す。


「十分だ。…大事なものか?」

「いえ、それ程では」

「済まんな、場合によっては代わりのものを用意する」


言い様、ショウは懐剣に鬼気を込めて男神ホムラに投げつけた。

闘神の名を示しておきながら、偽物は反応すらできなかった。


「ぐぁっ!」

「…やはりか!」


過たずその頬を深く貫く懐剣。

そこから噴き出した血の色は、毒々しいばかりの緑色だった。

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