ホムラと名乗る神性
謁見の間に現れた二柱の神性は、まったく異なる雰囲気を纏っていた。
一柱は見目麗しい女神だ。赤を基調とした衣を身に着けているが、おどおどとした態度がどうにもちぐはぐさを感じさせてならない。
もう一柱は白鬚も逞しい男神だ。態度は堂々としているし、確かに『らしい』雰囲気はある。
「女神様はラーガ皇子が、男神様はロヴェリ皇子がお招きになりました」
「…ほ、ホムラです」
「ホムラぞ」
対照的な名乗りを上げる二柱。ショウにしてみれば、よく知る火群と同名の神性というのも何だか変な感じなのだが。
名乗った二柱に対して、汀もまた頭を下げた。
「東方列島国家群が一、蒼媛国より『闘神』火群様の名代として遣わされました、汀と申します。初めまして、お二方」
「は、はい!汀様、お美しくていらっしゃるのですね」
「ふふ、ありがとうございます。ホムラ様もとてもお美しいですよ」
女神ホムラと微笑み合う姿は、流石に双方とも女神としての美しさだ。周囲から溜息に似た感嘆が漏れる。
反面、男神ホムラの方は渋面を隠しもせず、じろりと汀を睨めつけ、声はかけない。
と、玉座からダイクが声を上げた。
「お三方、この度は我が願いに応じていただき、感謝している。邪神の右腕の活性化に伴い、我が子らには『闘神』ホムラ様をお連れするように願ったのであるが」
首を傾げるダイク。ここまでは予め聞いていて事であるので、少なくともショウと汀に動揺はない。
だが女神ホムラは初耳であったようで、驚いたような顔をすると申し訳なさそうに声を上げた。
「あ、あのう…。そういう事でしたら、私は違います」
「ふむ?ラーガよ、どういう事か」
「はい、父上!」
この場には不釣り合いな幼さを残す少年が進み出る。どことなくダイクやダインに顔立ちが似ている。
「獣の絶地と帝国の緩衝帯の東部にある、草原地帯の集落に住んでおられる神性のホムラ様をお連れ致しました!」
「うむ。…だが『闘神』ではあらせられないという事だが」
「はい!人の呼ぶ二つ名の『闘神』の称号など、本物の闘神であらせられるホムラ様はご存知ないか、知っておられても名乗られる事はないと思っておりました!」
「…そ、そうか」
「はい!」
耳が痛いにも程がある発言をはきはきとするラーガ皇子に、ダイクも二の句が継げないようだ。
嬉々として闘神を名乗る火群を知るショウ達にも、何とも言えない空気が広がる。
「ですが女神様自身が違うと仰るのであれば私の間違いでございます!父上、女神様は『闘神』を騙られて居りません、処罰は私だけで収めていただけますでしょうか!」
「い、いや…良い。条件は違えどホムラ様という名の神性をお連れした事は確か。女神様も我々の誤解にも関わらず御足労いただいたのだ。急ぎのこと、感謝こそすれ、処罰する筋合いではない」
「光栄に存じます!」
「あ、ありがとうございます!」
二名して頭を下げる。これで解決したということだろう。
しかし偶然の一致にしては出来過ぎなのも確かだ。ダイクも同じように思ったらしく、顔を上げた女神ホムラに続いて声をかけた。
「ところで伺うのだが、女神様よ。その御名は闘神様と何かご関係が?」
「はい。私どもの血族は半神半人です。その昔、諸国放浪をされていた闘神様に大きな恩を受けた為、その名を称号としてお借りし、その恩を忘れ得ぬよう言い伝えております」
「称号、とな」
「私のホムラとは神性として目覚めた者の呼び名です。本名は別にあります」
「成程。そちらの集落では『ホムラ様』とは『神性様』という意味のようなものなのであるな」
「はい、そのように思っていただければ」
やっと納得する。
それにしても火群は大陸でも色々やっているのだなあ、と感心する。万年も世界を放浪しているのだから、探せばもっと色々な所に彼の事績は伝わっているかもしれない。
「この件が終わりましたら、火群様の伝承を探して大陸を回るのも楽しいかもしれませんね」
「いいですねえ。旦那様の武神への旅のついでに良いかもしれません」
なんとなく呟いた言葉に、汀も同意する。折角大陸に来たのだ、アズードへの訪問という依頼は忘れていないが、それ以外の道程では別の目的で動くのも良いだろう。
「ちょ、ちょっと媛様?」
「…山霞、こう考えるのです」
「な、なんですか?」
既に言い訳を考えていたのだろう、汀の反応は早かった。
少しばかり頬を引き攣らせるサンカに、心からの笑顔で告げる。
「帰り道に、ちょっとばかり寄り道をするだけですよ」
「…」
さて、女神ホムラの件は片付いたので、今度は男神ホムラの方である。
どうやら状況が気に入らないらしく、不機嫌な顔で豊かな髭を扱いている。
「さて、それでは残りのお二方という事になるが…」
ダイクの言が終わる前に、ショウは男神ホムラの前に立つ。
名乗って以降言葉を発していなかった彼は、ショウの気配に何を感じたか、やっと口を開いた。
「…貴様は何か」
「汀様の夫だ。『闘神』を名乗られるか」
「然り。我は『闘神』ホムラぞ。貴様らは東国より来たりて我が名代を騙りおるか」
「貴様の名代ではない。東国にて現在羽を休めて居られる『闘神』火群様の名代だ」
睨みつけられる視線を物ともせず、こちらも断言する。
「貴様、我を偽物呼ばわりするか」
「ああ。少なくとも本日この場に呼ばれるべき神性ではない」
殺意すら込められた視線がぶつかり合う。次に何かをこの偽物が言い放ったならば、一刀の下に斬り捨てると決める。
ショウは火群を心より尊敬しているのだ。その名を騙られて黙っている訳にはいかない。
と、横合いから声をかけてきたのはダインだった。
「待て、ショウ。この場で何度も抜かれては困る」
「…む」
「ここはムハ・サザムの帝都で、皇帝の前なのだ…頼むよ」
「関係ない、関係ないぞ小童!我は神性、人の理に縛られぬ者!我を愚弄する者を許しては、我の沽券に―」
「いいだろう、ここは引くよダイン。だが、どうする?」
このままでは目の前の男神ホムラが偽物である証を立てられないではないか。
と、ダインは鷹揚に頷いてみせた。
「そこなサンカ殿の持っている道具を使えば、遠く東方に居られる『そちらの』ホムラ様と言葉を交わす事が出来ましたね?」
「え、はい。出来ますけれども…」
「ならばどちらが本物であるか、確かめる方法がある。心配は要らない」
取り敢えずそちらのホムラ様と繋いでくれ、というダインの顔は自信に満ちていた。
「さて。お待たせいたしました」
用意された机に交信球を置くサンカ。交信球の向こう側には既に火群が座っているのは確認できている。
ダインは男神ホムラと机を並べて、自分は何やら大仰な書物を用意させていた。
片眼鏡などかけている辺り、芸が細かいというかなんというか。
「一体何をするんだ?」
「おう。闘神ホムラ様は、毎度『邪神の右腕』が活性化する度に我が国を訪れて下さっている。その度にこの国の歴史書に残る何かしらの軌跡を残して行かれるのだが…」
「ふむ」
「ここにあるのは、それらを一つひとつ記録したホムラ様専用の史書だ。無論拙い事も書いてあるから、ここに居る事を許される程の臣下でなくば見られないのだが」
『おいおい、恥ずかしいな。一々記録されていたのか』
ダインの発言に反応する火群の声が、周囲に何度目かのざわめきを起こした。
鬼気を使った交信球の技術は、他国では使えないので流出していなかった技術である。驚くのも無理はないか。
自分の言葉に答えてくれたのが余程嬉しかったのだろう、ダインがきらきらと顔を輝かせる。
ショウが尊敬しているのとは別の方向性で、彼が火群にどれだけ憧れているのかが分かる。
「はい、お気を悪くされては申し訳ありません!ですが、我らの先祖はホムラ様に心よりの感謝をしておりますれば―」
『ああ、いや。構わねえよ。それで?俺の偽物が居るって?』
「そうなのです。ホムラ様が本物である事はこのダイン、心より信じておりますが、周囲の我が同朋にその事実を知らしめたく存じます」
『そうか。暴露されるのは恥ずかしいから勘弁願いたいところだが、ショウと汀に苦労をさせるのも偲びねえ。いいよ』
「はい、ありがとうございます!では―」
「待て、ダイン」
と、質問を読み上げようとするダインを止めたのは、ダイクであった。
「その役目、余が引き受けよう」
「な、何故ですか!?」
「此度の件は、ロヴェリのお連れしたホムラ様と、そなたのお連れした名代様との間である。なればそなたが読み上げては、名代様方に有利になると捉えられかねないだろう?」
「うぐっ…!しかし、ならば父上がされなくともよろしいでしょう」
ダイクの発言は一見正論だったように聞こえたが、ダインの反撃に今度は本人がたじろいだ。
「い、いやそんな事はあるまい!ことは余が招いた『闘神』様に関わる事ぞ、最大限の敬意を示して余がやるべきではなかろうか」
「ですが玉座から下りられてまでなさることでもありますまい。そうだ、どちらにも与さぬという事であればラーガ、お前が―」
「ええい、余がやると言ったらやるのだ!ダイン、そなた自分がホムラ様とお話をしたいからと―」
「…やはり!父上、ホムラ様と話をなさりたいのでありましょう!だからそのように難癖をおつけになる」
「ぐぬっ!な、なんのことかな…?」
「今更言い逃れても遅いのでは!」
ぎゃんぎゃんと親子喧嘩に発展してしまった様子に周囲の視線が集まる中、ショウは男神ホムラの方を横目で見やった。
髭の所為で表情までは分からないが、ショウは揺さぶりをかけてみることにした。
「…だいぶ顔色が悪いようだな」
「う、煩い。…我は『闘神』ホムラなのだ。そのような事あるはずなかろう」
「ふん、そうかね」
視線を僅かだが泳がせるその先を目で追ってから、ショウは再びダイン達の方に目線を戻した。
結局、質問者はダイクに決まった。




