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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~ムハ・サザム帝国騒乱編
63/122

中年ダイク

帝都までの道は思いの外安穏としていた。

元は異国の王都だったという三つの街を馬車で経由し、街道を走ること二十日。

長引いてしまったのはショウと汀が観光気分になってしまったのが原因だ。

それぞれの街で二日ずつ観光を楽しんだ彼らは、漸くムハ・サザム帝都の門まで辿り着いたのである。


「いやあ、面目ない」

「構わないさ。大事な客人に帝国文化を紹介するのも務めというものだ」


紛う事なき本心なのだろうが、ダインの頬は軽く引き攣っている。

その表情が見えた訳ではあるまいが、サンカがぼそりと呟いた。


「ダイン殿下。…心中お察し致します」

「サンカ殿。…蒼媛様はいつもあの様子で?」

「ええ。まあ、どちらも分別のない方ではありませんのでこれ以上悪化する事はないかと」


ある意味非常に失礼な事を言われているようにも思うが、それなりに急いでいるのにわざわざ日を延ばしてしまったのは事実だ。反論しないでおく。

重厚な門が開き、馬車は街へと入っていく。

帝都グラヴェオブエゼン。略して帝都オブエゼンと呼ばれているという。

イセリウスのウルケ城と同様の城郭都市であるが、規模が比ではない。流石にウルケ城程の防衛性能はなさそうなのは、この砦が北方大陸からの魔獣を警戒したものではないからか。

周辺の砂漠は広大で、見渡す限りこの都市以外に何もなかった。

わざわざこのような場所に都を作った意味があるのか。


「それで、ダイン。本当にここが帝都なのか」

「ああ。砂漠の帝都と呼ばれる、この国の都だ。…不便だと思うか?」

「ううむ…」


他の国の事情なのであろうから素直に頷くのは憚られ、唸る程度に済ませてしまう。

砂漠沿いの街から馬車で砂漠を西に三日。休息なしで走り抜けた結果である。

街道はあるのだが、特別に調教された馬でひたすらに駆けたのは、どうやら事情があるらしい。

その馬車も門前で預けてしまい、ショウ達は現在徒歩である。

ギュストォの身柄は兵士が荷車に載せて走って行った。荷車は小型の馬が牽いて行ったから、馬車が駄目という訳ではないらしい。


「この砂漠はな、一度だけ獣の王を討ち取った事があるのさ」

「獣の王を?」

「そう。帝都決戦となる程に押し込まれてしまった事が一度だけあるのだよお客人」


突然横合いから挟まれた声。

驚くでもなく視線をそちらに向けると、見るからにダインとよく似た男性が一人の伴を連れてにこやかに立っていた。


「…砂漠を上手く使ったと?」

「明察だ!十五人の術将が一丸となって周辺の砂漠を三日三晩流砂の渦とし、絶地の亜人の軍勢諸共一息に呑み込んだのだというぞ」

「成程、大量の砂の底に呑み込まれれば獣の王も」

「いやさそこは獣の王!なんと流砂の渦が治まった後に地中から飛び出して来たのだとさ!」


相手の素性を確かめもせず疑問符を浮かべるショウに、どうやら喜んだらしい彼は笑顔を深くしながら大仰な身振りでその伝承を語り出した。


「それは凄い。だがもう同朋は飲まれていたのだろう?たった一人では逃げ帰るしかなかったのでは」

「獣の王が飛び出してしまったのは帝都の城郭の中だったのさ!しかも目前には今にも出陣しようという帝国軍が居たというからどうにもならない!」


どうやら地中から出てきた所を表現していたのだろう、泳ぐように両手を動かしながら、男の講釈は続く。


「獣の王は獣の絶地に住まう王族の中で最も腕っぷしの強い者が名乗る、当代の大陸最強の戦士でもある。ムハ・サザムの軍勢を千切っては投げ千切っては投げと大立ち回りを繰り広げた訳だ…が!」


今度は両手をだらりと下げ、悲しそうな表情をする。


「最期は皇帝の下に身を寄せていた親類との壮絶な死闘の末に討死したという訳さ。まあ、そこで獣の王が勝ってしまっていたら僕達は今頃生まれていなかったけれどもねえ!」


が、それも途中までのこと。すぐに陽気さを取り戻し、けらけらと笑い出す。

どうやら話は終わったらしい。笑顔を絶やさぬ彼に向けて、ショウと汀は一礼した。


「興味深い話を伺えました。ありがとうございます。私は汀、隣に居りますのが夫の湘と申します…ええと」

「ああ、これは話に夢中になって名乗っていなかったね。ダイン・ディの父でダイク・ジェイと申します。以後見知り置きいただきたい」

「ああ。よろしく頼むよダインの親父さん」


流石にお互い、ダイクが皇帝である事をこのような場で認めるような軽率さはない。

ダインは特に何も言わず平然としている。普通皇帝がこのようなところを軽装でほっつき歩いていれば問題では済まない筈だが、周囲の誰も気にしている様子はない。

それだけ治安が良いのだろうが、それ以上に隣に侍している男への信頼があるのだろう。


「俺、テト・ナ・イルチ。陛下、護衛してる。よろしく」

「テト・ナ・イルチは獣の王の系譜に連なる帝国最強の戦士だ。…融通が利かないのが珠に瑕だけどね」


ダイクとショウの配慮を根底から覆すような発言をしながらも、ダイク自身の声に怒りや焦りはない。むしろ当然こうなるだろうと思っていたようだ。

ショウも特に困る訳でもない。名乗ってくれた男性に軽く会釈を返した。


「ショウ=シグレだ。よろしく」

「神の夫、神に連なる者…神に挑む者?」

「分かるのか」

「砂の精霊、教えてくれた」


テト・ナ・イルチと呼ばれた男は、そう言って小さく微笑んだ。

獣の王に連なると言うからには亜人なのだろうが、それだけではない静謐さを瞳に湛えている。


「精霊、言った。ショウ=シグレ、神討った。敬意持って、討った。討った後も、敬意、持っている。俺、尊敬する」

「止してくれ。褒められた話ではない」

「ほう!その若さで神討ちなのか。やはりホムラ様の名代という事かね」

「…親父、これ以上はここでは拙い」


ただでさえ注目される風貌の者が揃っているのだ。ダインの言は至極当然だった。

街中で顔を合わせて雑談に興じるなど許されない立場の者も多い。

そろそろ移動すべきだろう。


「ではお客人。宿は既に用立ててありますのでね、参りましょうか」

「よろしくお願い致します。あ、道すがら色々と見て回ってもよろしい?」

「それは勿論。我ら帝国人の技術の粋を極めた帝都の全てをご案内申しあげましょう!」

「いや、そこまでの余裕はないだろ」


呻きながら頭を抱えるダイン。ダイクも聞こえていない筈はないが、どうやら小言慣れしているらしく無視を決め込む心算のようだ。

助け舟になるかは分からないが、一言だけ口を出す事にする。


「ならば本格的な観光は終わった後にしましょうか、汀どの」

「そうですね。ここまで来るにも浮かれすぎてダイン様にご迷惑をおかけしたようですし」


何が終わった後かは勿論口にはしない。

汀も同意してくれたので、方向の修正は成ったと見て良いだろう。


「そうかね、まあ楽しみは後に取っておくべきかな」


ダイクも納得したようだ。改めてテト・ナ・イルチを横に侍らせて歩き出す。

向かうは帝都最大の建造物、ムハ・サザム城である。




道すがら。

ショウはダインとダイクから数歩遅れて歩くミューリに声をかけた。


「…ところで、ミューリ殿」

「何でしょう?」

「ダインはどちらかと言うと皆を振り回す質のように思ったのですが、どうか」

「…普段は、そうなのですけどね」


言わんとしている事が分かったのだろう、ダイクに並んで歩きながら、小言を聞き流されているダインの様子を見遣る。


「年季が違います。まだまだ勝負にはなりませんわ」

「…ですなあ」


とは言え、その様子は父子共に、互いにじゃれついているようにしか見えない。

成程、権力の有無に関わらず親子仲は良好であるようだ。


「微笑ましいですね、旦那様」

「権力に関わらない所だからこそ、ですね」

「…陛下、ダイン様しか、近寄らせない」


ほんの少しだけ二人から離れたテト・ナ・イルチも口を開いた。

どうやらこちらを信じてくれたようだ。口許を緩めて、二人の様子を見ている。


「ダイン様、陛下、一番似てる」

「万事に拘らないところが、か?」

「そう。二人とも、権力、なくてもいい」


テト・ナ・イルチの言葉は、少しだけ寂しそうな音を持って響いた。

彼らの向かう城は、変わらずその威容を誇示している。

見上げれば、空の蒼を突き破らんとばかりに伸びる金色の塔が、照りつける熱光を反射して一際強く輝いた。

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