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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
転章~イセリウス王国戦乱編
59/122

イセリウス王国業剣士の初陣~追撃と事後処理

「貴方は恐ろしい男だな、王師殿」


追いついて来ての開口一番、ジェックはショウにそんな言葉を向けた。


「王師殿が居なければ、我々はこの猿に玩具のように弄ばれていただろう。砦も無事では済まなかっただろうことは見れば分かる。本当に恐ろしく、そして頼もしい男だ貴公は」

「止してくれ。俺は自分の為に闘ったまでさ」


砦からの軍勢が合流してくるまでの間、警戒しながらも大畜生の近くで休息を取っていたショウである。

体の痛みも取れた。


「だがそれでも、感謝せねばならんだろう。ありがとう、王師殿」

「…どういたしまして」


何とも直情的なジェックの言葉に照れくさくなり、ショウはぶっきらぼうに答えると彼から顔を背けた。


「さて、この猿をどうしたものかな。…切り分けて糧食に回すなら大分楽になるが」

「何故それを俺に?」

「斃したのが王師殿だからさ。許可をいただければ切り分けて行軍の糧食に回そうと思う。…猿を食べるのはあまり気が乗らないのだがね」


ジェックのこの問いに、ショウは少々顔を顰めた。猿を糧食にする事への忌避感という意味ではない。

今更思い出したのだが、この大陸で魔獣と戦ったのは今日が二度目だ。その間に三種類の魔獣と刃を交えている。

今日の空を飛んでいた魔獣と、ミノス族の村で戦ったキマイラは、確か血の色が赤かった筈なのだ。


「将軍。俺は大陸の魔獣事情に詳しくないので聞いておきたいんだが…」

「何かな?」

「黒く固まってしまったので分かりにくいだろうが、俺が最初に斬った時、大ちく…この猿は緑色の血を流していたんだ。これはそれ程珍しくはないのだろうか」

「緑色の血か…それは確かに珍しい」

「問題ないのであれば、糧食に回してしまって構わない。ただ俺は少々気が乗らないから、食べたくはないな」

「うむ。…そう言えばどこかで聞いたような気もするな」


ショウの言葉に思索に入ってしまったジェック。

と、こちらを見つけたらしく、セシウスが走ってきた。


「師匠!」

「おう、セシウス。予定外の追撃戦になっちまったな」

「そうですね、それにしても大きな猿です」


小山程度とは言え、覆いを被せていると山にしか見えない大きさだったのだ。

セシウスと二人、大畜生の死骸を見上げていると、思索から戻ったらしいジェックが目を白黒させた。


「おお、陛下。申し訳ありません」

「おじ…将軍、構わない。何か考えていたようだが、どうかしたか?」

「はい。緑色の血を持った魔獣の話を思い出そうかとしていたのですが」

「緑色の血!?…もしや、この猿は!」


狼狽するセシウス。珍しいものを見たななどと考えていると、セシウスは形相を変えてショウの方に向き直った。


「師匠!この猿の血は確かに緑色だったのですね!?」

「あ、ああ。一度流血させたが、傷の治りが異様に速くてな」

「そうでしょうとも…ムハ・サザムの奴ら、なんてものを投入したんだ!」


顔色が真っ青になっているセシウスに、余程の大事である事をジェックもやっと理解したらしい。

あるいは、自身も思い出したのか。


「間違いない…これは『魔獣の苗床』だ!」

「『魔獣の苗床』…!?じ、実在したのですか!?」

「浄化魔術を使えるものは集え!この地を汚染させれば砦が魔獣対策の最前線になるぞ!」


セシウスの声に、全軍に緊張感が走る。

ジェックも顔色を変えると、あちらこちらに指示を出し始めた。

あっという間に手持無沙汰となってしまったショウは、声を聞いて駆けて来たテリウスに話を聞いてみる事にした。


「テリウス。『魔獣の苗床』って何だ?」

「ああ、師匠はご存知ないのでしたね。『邪神』の事は?」

「いや、よく知らない。上古の時代に存在した『遍く全ての存在の敵』、という事くらいしか」

「それだけご存知なら問題ありませんよ。僕達もその程度の知識しかない」


魔術師の集まり具合を横目で確認しながら頷くテリウスは、やはり真剣な顔をしていた。

実在が疑われている具合で言えば火群以上の存在だが、邪神の存在あるいは伝承はそれなりに信じられていた。


「ムハ・サザムの砂漠地帯に『邪神の右腕』と呼ばれる巨大な石塔があるのですが」

「ふむ?」

「そこには魔獣が幾つも巣を作っています。アルガンディア大陸で唯一、魔獣の発生地点として認識されている場所ですね」

「魔獣を生み出しているのか?邪神の一部が」

「そうだろう、と噂されています。そして『魔獣の苗床』ですが」


一泊置いて、大畜生を見上げるテリウス。


「巣の中でも異質な成長をする個体が居まして。決まって緑色の血を流す、そういった個体が『魔獣の苗床』と呼ばれるそうです」

「つまり、こいつか」

「はい。イセリウスの王家に秘匿された文書の一つに、この『魔獣の苗床』の記述があります。上梓された当時はムハ・サザムに併呑されていなかった、ええと」

「キュルクェイン魔獣都市。国としての体裁すら保てない都市国家でしたが、魔獣と感応し、操れる独自の魔術を持つキュルクェイン一族が治めていた場所です」


魔術師に指示を出し終わり、ひと段落ついたセシウスが話を引き継ぐ。


「キュルクェイン一族が記したとされる禁書に『魔獣の苗床』の描写があります。王城にも実は一冊ありましてね。悪用を考える馬鹿が居ると拙いので秘匿していたのですが。…テリウス、君と将軍は何で知っているんだい?」

「ああ、母が父の下に嫁ぐ前に読んだ事があるそうだよ。僕と父は聞いた事がある程度だから」

「成程ね。…あれは別名『邪神の眷属』。この死体を切ったり、死体が腐敗したりといった際に流れ出た緑色の血液は、大地に流れて染み込むと魔獣を生み出す汚染地帯に変えてしまうのですよ」

「もしかして、斬っちゃ拙かったか?」

「いえ。生かしておけば砦は壊滅していたでしょうし、軍勢総がかりで殺してしまえば結果として余計撒き散らされていたでしょうから」


むしろショウが斬って良かった、と。

魔術師たちが魔術を使い始めた。同時に軍も再編成を終えたらしく、ジェックがセシウスとテリウスの方に歩いてきた。


「陛下。これが『魔獣の苗床』である場合、向こうは反撃を考えていると思われます。ムハ・サザム前線砦までの追撃をお許し願います」

「許可する。私は師匠とテリウスと共に、この魔獣に更なる仕掛けがないか確認する。ヴィントとディフィは追撃部隊に加えよ。第三皇子はキュルクェインの血筋に連なる者か?」

「いえ、違った筈です」

「ならば全ての魔獣使いを討て。第三皇子は逃げ出しても追うな。砦を攻略したら全て壊せ。イセリウスを魔獣の血で穢そうとした愚か者どもを許すな!」

「御意!」


走り出す兵士達を見送ってから、ショウは魔術師たちの方に意識を移した。

大畜生の巨大な体を、まずは魔術で持って中空に持ち上げる。

抵抗がないから何とか浮かんでいるが、非常に重たげだ。


「ああ、脚抜けたんだな」

「流血は…なさそうですね」

「あれがなければこうも簡単には済まなかっただろう。頭悪くて助かった」


地面を貫いても足に怪我をした様子もない。先程の戦闘は本当に幸運だったと改めて思い知る。

もし腹這いに体を叩きつけて来ていたら避けられたとは思えないし、そもそも跳ばずにいたらあれ程容易く懐に入る事は出来なかっただろう。

そうした場合は萬里鬼笑閃を連発していた事になるだろう。大量の血を撒き散らしてしまったであろう事は想像に難くない。


「そう言えば、将軍はあれを糧食にしようとか考えていたみたいなんだよな」

「…想像したくもありません」


やっと体二つ分ほど宙に浮いた大畜生の体の下に、魔術で作った巨大な氷の器が用意された。


「あれは器か?」

「ええ。あそこに血を落とします」


浄化魔術の使い手らしい白衣の魔術師たちがそこに魔力を集中すると、程なく清浄な気配が漂ってくる。


「あれは?」

「あの器に浄化の加護を与えました。そこに血液が落とされると浄化が始まる訳ですね」


と、続いて違う魔術師たちが合同で術式を展開する。


「『水の槍』!」


大畜生の体と同じ程に巨大な水の塊が出現し、魔術師の声を受けて大畜生の胸を貫いた。

既に死んで暫く経っていたから、それだけで血が溢れる訳もない。

水の槍は大畜生の胸を貫通した所で止まり、先端が氷の器に触れる辺りまで調整された。


「陛下!繋ぎました!」

「よし、では循環させよ!」


どうやら大畜生の心臓から水を流して血液と混ぜるようだ。

槍が毒々しい濃さの緑に染まって行く。


「…確かに緑色ですね。何とも気色の悪い」

「あれを器に落とす訳か…うお」


槍が器に触れた途端、紫色の更に毒々しい煙が器に貯まり始めるのが見えた。

空気より余程重いらしく、器から漏れて来てはいない。

八割程度まで煙が満ちた段階で槍が持ち上げられ、器が一度大畜生の下から離される。


「あの気体が『瘴気』です。やはり我々の連れていた魔術師では一回で完全に浄化する事は出来ないようですね」


瘴気の浄化を始めた部隊と入れ替わり、次の数人が氷の器をもう一つ作り出す。

そこに浄化の加護が与えられ、槍が下ろされる。


「さて、ここの魔術師だけで足りれば良いのですが」


作業の手間と規模を考えると、負担は相当なものだろう。


「何か手伝う事があればするぞ?」

「ええ、師匠とテリウスにはお願いしたいことが」


と、セシウスが頭上を指差した。


「あれの血を抜き切ったらですね、焼きますので。ある程度の大きさに解体していただきたいのですよ」

「…あれを?」

「ええ、あれを」


腕一本でショウの業剣以上の太さがある巨体だ。

これらを解体するには、確かに業剣を使いこなせる者でないと手間がかかりすぎるだろう。


「…こりゃあ徹夜かもしれないな」

「ですねえ…」

「頑張りましょう。血の浄化が終わったら私も手伝いますので」

「…頼むよ」



結局、両方の作業が終わるまでには二昼夜を必要とし。

大畜生の骸にかけた火が鎮火する前に、ジェック達は砦を攻略して戻ってきたのであった。

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