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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
転章~イセリウス王国戦乱編
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イセリウス王国業剣士の初陣~襲い来る魔獣編

大河ルンカラは、流石に大河と名の付くだけあって。川幅はショウ達の乗る船が無理なく奔る事が出来る程には広く、川底も深いようだった。


「成程、本当に軍船は居ないんだなあ」


とは言え、戦争中の河口ではこの程度の感想しか出ないものだ。

ざわり、と。

河口付近の両軍の兵士達が同様にざわめいた。

所属不明の大型船が突如河口に現れたのだ、無理もない。

少なくともイセリウス王国軍に連絡は行っている筈だが。


「さて。空の魔獣とやらは…ああ、あれか」


舳先に立って業剣『汀』を抜き放つショウ。

見上げれば、然程高くもない空に、数十匹は居るか。翼の生えた獣が、眼下を見下ろしつつ羽ばたいている。

矢では到底届かない高空だ。時折魔術が飛んでいるが、それも殆ど当たってはいない様子だ。

逆に魔獣の方もイセリウス軍に向けて魔術を撃ち込んでいない。魔術を駆使する種類ではないのだろうか。


「あの魔獣の名前は分かるか?」

「…流石に遠過ぎて判断が」


イセリウスの軍容は長砦に阻まれてあまり見えない。だが、ただ見下ろしていると言うよりは何かを探しているように見える。


「よし、先ずは一当て」


矢も魔法も届かない。攻撃されるとも思っていない。絶対的な有利に弛緩した魔獣の姿は、ムハ・サザムの魔獣使いもまた相手を侮っているであろう事を示していた。


「萬里鬼笑閃」


大きく振り抜いた剣先から放たれる、鬼気の刃。

理解を許さぬ速度で中空を飛翔した蒼が、魔獣の体をすり抜けた。ショウの動きを目で追っていた者には、そのように見えただろう。

刹那。

断末魔の悲鳴も漏らす事無く、文字通り両断された魔獣の死体が落下していく。

当たらなかったのが、およそ三割は居るか。

仰天したらしい魔獣が、突然の事態に周囲を見回している。こちらを捕捉出来る魔獣は果たしてどれだけ居るやら。


「どれ、何匹残った」


無論、地上の兵士達も愕然としていた。

突然現れた船、その舳先に立った男が剣を振ったら、そこから放たれた何かが遠く空中の魔獣を斬殺したのだ。

イセリウス王国の兵士たちは驚喜した。

ムハ・サザム帝国の兵士達は驚愕した。

程なくムハ・サザムから雨霰と撃ち込まれる魔法と矢の雨。

それなりにしっかりと訓練されているようだ。慮外の現実にも混乱せずに取るべき行動を取っている。


「喝!」


だが、慌てず、騒がず。鬼気を放ってそれらを弾き飛ばしたショウに、また驚く両軍。

そしてどうやら中空の魔獣達、というよりも使役する術者がショウに気づいたらしい。残った魔獣の視線が全てこちらに向けられた。


「来るか。…お前達、まずは魔獣がお相手だ。準備はいいな?」

「いつでも!」


最優先で排除すべき敵がいると認識した魔獣が、落下のような速度で飛来してくる。

やはり見立ては間違っていなかったようだ。

だが。業剣と鬼気で自らの身体能力を高めた彼らに見切れぬ速度ではない。

各々の業剣を抜き放った弟子四人に背を向けたまま、告げる。


「ならば任せる。一人頭三匹だ。逃がすんじゃあないぜ」

「応!」




ショウは飛来する魔法も矢も魔獣ですらまるで意に介さず、舳先に座り込んだ。

鬼気を放ちながらそれらを撃ち落とし、かつ特等席で弟子達の動きを見る為だ。

まずはテリウスが業剣『アオバ』を構えて飛び込んで来た。

『アオバ』の刀身は長い。テリウスの背丈ほどはある長剣なのだが、幅広ではないのでどうにも軽そうに見える。

実際軽いのだろう、テリウスは軽々と『アオバ』を振り回す。

急降下してきた先頭の魔獣の頭を真横に斬り飛ばすと、魔獣の巨体が甲板に激突した。


「おいおい」

「おっと、揺れますね…っと!」


高空に居る時は感じなかった魔獣の大きさ。成人した男の二人くらいはあるだろうか。

次、その次と飛びかかってくる魔獣を作業のように斬り払ってみせるテリウス。

絶命して制御を失った魔獣の死体は二体とも先程と同じように船を揺らす。

この船は蒼媛の加護によって度外れた頑丈さを誇るが、だからといってぶつかるに任せるのも良くない。


「三匹完了、次はセシウスだね!」

「うん。まずは…!」


どうしたものかな、等と考えている間にも、弟子達は行動を続けていた。

テリウスが声を上げると同時、セシウスが業剣『オード』を構える。

と、突然何かに気圧されたように、目に見えて魔獣の動きが鈍った。


「すげえな。魔獣を威圧するか」

「テリウス、代わろう」


決して急ぐ様子もなく、セシウスはテリウスと位置を変えた。

一旦止まってしまった魔獣も居る。この位置で勢いを失っては空中の有利も速度の有利も活かせないだろうと思うが、そのうちの数匹があくまで主人の命令に忠実に、セシウスに飛びかかってきた。


「一人頭三匹と…」


金に輝く幅広の『オード』は、『アオバ』を見た後では妙に短く見えてしまう。

だが、静かに周囲を見据えているセシウスのその迫力も相俟って、目を離せない存在感を放っている。

魔獣に向けて、セシウスは『オード』を突き出した。


「我が手にかかるを望む者はその首を示せ」

「…それ、俺の真似か?」


呆れた声を上げるショウだったが、次の瞬間目を見開いた。

まるで先を争うように、自ら頭を剣先に突き出してくる魔獣が三匹。

セシウスと出会った時に、ディフィの配下が数人ショウに向かって首を差し出したように。


「引き寄せたか」

「ええ。まだ師匠程の威圧は出来ませんから」


どういった理屈で刃に相手を引き寄せたかは分からない。

しかし、鬼気の使い方を十全に理解していないと出来ない事だけは察せられた。

鬼気の量がテリウスに負けると知って、蒼媛国で鬼気の使い方をしっかりと学んだ成果なのだろう。


「では、次は…」

「うおおおおおおっ!」


聞くまでもなかったようだ。

耳に優しくない咆哮を上げて槍型の業剣『モーフ』を掲げたヴィントは、何を勘違いしたかそれを魔獣に向けて投擲した。


「おぉ」


貫通力はかなりのもので、魔獣の喉に寸分違わず突き刺さった槍は頸から首を貫通し、そして消えた。


「消えた?」

「ぃ良し次い!」


消えた事に驚く間もなく、ヴィントが再度『モーフ』を抜き放って投擲する。

今度は上手く前後二体を貫通したようで、二体が同時に落下していく。槍はやはりすぐに消えた。


「ふっふっふ、師匠!これぞ私の奥義、『鬼気飛翔槍』です!」

「面白いな。投げる事を前提にしているのか」

「はい。鬼気だけを分離して投げつけているのです!魂の部分がなければ折られても死にませんから!」


思いもよらない使い方に、ショウは素直に感心した。

槍は懐に入られると不利だ。なので投擲という戦法は理に適っている。国に残って修行に励んでいた事が理解できる成果だ。

それにしても小器用な手を使う。

突貫馬鹿と祖父にすら言われていたとは思えない巧手に、唸らずには居られなかった。


「成程、よく考えている。鍛えれば奥義と呼ぶに相応しい完成度だ」

「ありがとうございます!」

「で、ディフィは…」

「…既に終わっていますよ、師匠」


セシウスとヴィントがそれぞれ討ち果たしたのは三匹ずつ。

だが当然、そもそもそれ以上の数が襲い掛かってきていた。個体差による速度の違いや一旦の減速で余裕はあったものの、ヴィントが技の要諦を話す程の時間はなかった。

それを片付けていたのが、ディフィである。


「上手く気配を隠したものだ。お前も同じ技術を使ったのか?」

「私は一番間合いが短いですからね。サンカ様の配下の皆様にご指導をいただきまして」

「ふむ。鬼気の使い方は連中の手法か」


先達から柔軟に良い部分を学び取っていた二人。

ショウは内心二人に合格点を与えながらも、まずは頷いておくに留めた。


「よし、こんなものだな」


ショウはようやく立ち上がった。

四人ともにしっかりと成果を見せてくれた。師としてはここで一つくらい威厳を示しておかなくてはならないだろう。

一旦セシウスに止められてしまい、急降下も出来ずに留まった魔獣が何匹かいた。

師匠の威厳を見せるには良かろうとそちらを見やれば、流石に中途半端な位置だったようで、砦からの魔法やら投石機やらで既に撃ち落とされてしまっていた。


「そりゃあそうか」


ムハ・サザムの側からもひっきりなしに飛んできているのだ。鬼気を使って防いでいるから直撃は一つもないが、横着に船の上で対応するのもここまでだろう。


「山霞!そろそろ降りる。俺が降りたら一旦イセリウス側に船を戻せ。出来るか?」

「行けます!湘様、ご武運を!」

「お前達はついたら砦の防衛に合流。空の魔獣の増援が出たらすぐに対応しろ。帝国軍が退くまでは決して下がるなよ」

「師匠!?」


対岸にびっしりと布陣しているムハ・サザムの軍に飛び込むには、四人ではまだ経験が足りない。

業剣の強度や耐久がしっかりと理解出来ていなければ、流石に同行させる訳にはいかなかった。


「まずは連中を後退させておく。そうなれば砦から追撃の部隊を出すだろうから、お前達はそれに同行して追って来い。お前達はイセリウス王国の業剣士なんだから、あまり国軍と別行動を取りすぎるのは良くないからな」


言うべきことだけを言い切って、ショウはそのまま舳先を蹴って船から飛び出した。


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