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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
転章~イセリウス王国戦乱編
54/122

火群の願い

セシウスとテリウスが旅装を整えている。

特別船を仕立てて、すぐにでもイセリウス王国に取って返す事になった為だ。

ショウもまた、状況を作ってしまった責任がある。同行したいという主張はすんなりと了承された。

今はもうセシウスとイセリウス王国は蒼媛国の同朋なのだ。

とは言え、アイの輿入れは戦争状態が解除されてからという事になる。その為にも解決を急がなければならなかった。


「旦那様。イセリウス王国はこれから私達の親戚となります。お護りくださいね」

「無論です。少しばかり熱い灸を据えてきますよ」


心配げな汀に微笑みかけながら、ショウは前にも感じていた後ろ髪を引かれる思いを再度味わっていた。

と。表から感じ慣れた強い気配が入って来る。


「湘、汀。…ああ、ちょうど居たな」

「火群様?」

「済まんな、出る前に急用だ。済まんが他の者は出ていてくれ」


いたく真剣な顔をした火群が、こちらを見つけるなり人払いをかけた。

周囲に気配がない事を確認して、どかりと座り込む。

怒りを湛えている訳ではないが、どうにも機嫌のよくなさそうな火群に首を傾げる。

何しろ準備をしているセシウス達すら退かせたのだ。彼らが国に戻るよりも緊急の案件ということか。


「誰も居ない場所で良ければ、離れにでも」

「あ、うむ…そうだな、気付かなかった。済まん」

「いえ、それは構わないのですが…」


思い詰めていたのか。つくづくいつもと勝手の違う火群に戸惑う。

そして移動する心算はないらしい。促されてショウも腰を落とした。


「話は二つだ。指示が一つに頼みが一つ」

「はい」

「とは言えする事は変わらない」


ますますもって分からない。ショウの困惑顔に気づいたのだろう、火群は話を進めてくれた。


「…まずは指示の方から行こう。汀、お前一人の力では現状この国の封印は持ちこたえられない」

「そのお話でしたか」

「汀どの!?」


思わず振り返るが、汀の顔に動揺はない。本人も理解していたようだ。

そんな話は濤からも汀からも聞いた事がない。


「驚くよな、湘」

「ええ、それは驚きますが…。汀どのの鬼気の量を持っても駄目なのですか」


鬼神の中でも汀の鬼気は図抜けて高い。だからこそ母である濤も彼女に代行を任せて行ったのだろうが。


「いや、厳密には量ではなくて質なのだ。汀はまだ正式に蒼媛の継承をしていない。あくまで『蒼媛に似た鬼神の鬼気』でしかなくてな。濤の奴も勘違いが甚だしいのだが」

「蒼媛を継ぐ事は、初代蒼媛の鬼気を受け継ぐ事なのです、旦那様」

「汀どののお体に負担は」

「今のままだと負担がかかる。当面俺がここの封印維持に力を貸す事になる。一旦俺の力で引き締めればまた暫くは大丈夫だとは思うが、指示がどれ程長引くか分からん」


指示の内実が見えた。

これはショウがしなくてはならない事だとも理解する。


「つまり大師匠を探し出して連れ帰れと」

「そうだ。あれの目的は恐らく先年亡くなった旦那の魂を探す事だと汐風の奴が言っていたな?」

「ええ」


頷き、ならば話は早いと切り出す。


「大陸西方の国、アズードを目指せ。そこの神性に千里眼を持つ知己がいる」

「千里眼。…遍く世界を見渡す力、ですか」

「そうだ。濤とその旦那の魂の居場所を探してもらうことが出来るだろう」

「…ふむ」


アズードに向かうには、獣の絶地かムハ・サザム帝国を多少なりとも通る必要が出てくる。

ムハ・サザムと戦争状態に入った今、イセリウス王国を助ける為にはある程度そちらの戦力を叩く必要がある。

そのついでに国内を抜けてしまえば、アズードまで向かうのに手間が減るという訳だ。


「分かりました。して、頼みの方は」

「本当は俺が行けば良いのだが。同じ者に探して欲しい者がいるのだよ」

「ほう」


つまり、行先は一ヵ所である訳だ。

だが、それにしてはこの火群の覚悟がついていない表情に理由がつかない。

この万年を生きているという神性がショウ達に遠慮をする意味が読めないのだ。


「本来、これはお前が武神の域に到達してから頼む心算だった。天上と言葉を交わしてやっと確認が取れた事だ、荒唐無稽に思われても仕方がないのもある」


ひどく前置きが長い。本当にショウに頼んで良いのか、他に良い方法があるのではないかと考えているのか。


「そこまで言われるとむしろ気になってしまうのですが…」

「む、そうだな、そうだ。もうここまで言ったのだ、伝えねばならないな」


そして更に前置きをして。


「…湘よ。紅媛はまだ天上に昇っていない。地上のどこかに囚われて死ぬ事も出来ずにいる筈なのだ」

「紅…媛様?」

「棄童の奴に攫われたという話は前にしたな?その先が分かっていない。どこに居るのか、どこに行ったか。幸せに暮らしているのであればよいのだが、そうでなければ連れ戻してやらなくてはならない」


ショウは曖昧に頷いた。作り話ではないだろうとは思っていたが、初代蒼媛の双子の姉妹が今も生きているなどと言われても。

そんな考えが表情に出ていたのだろう、火群は真摯な表情で頭を下げてきた。


「済まないが、湘。武神を目指す上での寄り道という事で、受けてはもらえないか」

「…分かりました。アズードの神性の名は」

「光の神性ベアルディ。付き合いは長いから、俺の名前を言えば聞いてくれる筈だ」

「承知」

「…ありがとう」


頷いてみせると、やっと火群も笑顔を浮かべてきた。やはり彼には自信に満ちた笑顔が似合う。

ひとまずショウは、汀の為にもアズードへ向かう事を了承したのである。



ショウも一通りの旅装を終えた。

大がかりなものは必要ない。遠くまで旅をするとて、食料は現地で調達すれば良いし、路銀も腕っぷし一つでなんとか出来るのがショウという男だ。


「では、行って参ります。汀どの」

「はい。お早いお帰りをお待ちしています」

「はやく媛様を連れ帰れますよう、急ぎますね」

「お願いします」


出立の折に、汀はそれでも表情を笑顔にして見せてくれていた。

ショウもまた強い離れ難さに耐えて、一時の別れを告げる。


「汀どの」

「はい?」

「師匠がお帰りになりましたら、一緒に大陸を旅しましょう」

「それは良いですね!」


約束ですよ、と小指を絡め。


「寂しくなってしまいます。…だから船をお見送りはしません」


彼女にこのような、耐えるような笑顔をさせるのはこれで三度目だ。

一度目は豪公に挑む時。

二度目はハンジを追う時。

ここに居続けなくてはならない汀と、しかし天上に昇るその時までを共に生きる為に。


「ええ。船を見送られると、寂しさに負けて飛び降りてしまいそうですから」


二人、声を上げて笑う。これが二人の望む未来への一歩だと分かっているからだ。

言葉もなく、汀に背を向ける。

歩き出すショウに、汀も声をかけなかった。



船の舳先で、ショウは瞑想を続けていた。

火群の依頼は、蒼媛国はおろか、列島国家群の未来に関わる事だった。

武神への途を目指すにせよ何にせよ、まずは濤を見つけてからでなくてはならない。


「やれやれ…」


意識をイセリウス王国の方に向けた。

弟子二人はしっかりと修行を続けていただろうか。

相手がムハ・サザム帝国であるならば、最前線は大河の長砦になる。テリウスの父であるジェックの無事も気になった。

それにしても、今回のムハ・サザムの動き方である。

自分達の勝手で調略として皇女を送り込んでおいて、この言い様だ。

ショウの中には確かな憤りがあった。

一度その心胆を寒からしめる必要があるだろう。

と、どうやらその鬼気が強かったようだ。海原がどよめいている。


「済まないな」


夜の海を翔けるように進む船。ショウは鬼気を収めて瞳を開き、空を見上げた。

汀は社殿で同じ夜空を見上げているだろうか。

港に着いたら慌ただしい事になるだろう。

それまでの数日、少しでもこの平静を堪能しておこうと心に決めるショウだった。

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