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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
50/122

セシウスの見合い

「…美しい」


思わず呟いたセシウスは、最早彼女の所作から目を離せなくなってしまっていた。

確かに、目の前に静々と座っている少女はショウの目から見ても、いつも以上に美しかった。


「初めまして。セシウス・ウェイル・イセリウス様。私の名前は八風藍。アイとお呼びくださいませ」


ロクショウの妹であり、今や彼の唯一の家族であるアイはそう言って花のような笑顔を浮かべた。

人形のような、とは整った美貌を指して例えるものなのだろうが、彼女にはそのような例えが最も似つかわしくない美少女であった。



ショウが国に戻った翌日、約定通りに見合いは決行された。

場所は城の客間だ。八風家からはロクショウが兄として。そしてセシウスの側には後見人としてショウが座っている。

いかに気に入った相手であるとは言え、これは外交上の戦にも等しい。ロクショウの目は鋭く、ショウもまた蒼媛国とイセリウス王国の未来に関わるとして二人の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。



「は、初めましてアイ様。申し訳ない、貴女程に美しい女性と巡り会ったことが、私は生まれてから今までありませんでしたので」

「ま、御上手ですね」


楚々とした仕草である。

セシウスは完全に魅了されてしまっている所為か気づきもしないが、ショウにしてみると無理しているのが見え見えに過ぎる。

とは言え、見合いの席に対しての努力なのだろうから、口を出すのは差し控えようと小さく頷く。

その矢先。


「なんだ藍、気取り倒しやがって。ここに居るのは見知った奴ばかりなんだぞ、猫被っている場合かよ」

「緑青、お前な」


あまりの物言いにショウは頭を抱えた。


「確かに不自然だけどな、場に合わせようとしている藍ちゃんの努力を無碍にするなよ」

「う…それは済まん」

「え、不自然ですか…?湘兄様」


驚いたような顔をするアイ。

うっかり要らない事を言ってしまった事に気づき、頬を引き攣らせるショウ。

じっとこちらを見つめてくる美しい双眸に、誤魔化せない事を理解する。


「いつも俺の前ではそういう態度をしているから気になっていたんだけどね」


頭を掻きながら、こんな場所で言う事でもないのだけれど、と前置きをして。


「緑青と二人で話している時なんかはもっと溌溂としていたじゃない。あっちが普段の態度だよね?」

「し、知ってたんですか!?」

「そりゃまあ、ねえ。修行時代の緑青とは競い合う間柄だったから敵視されているのかなあ、とか考えていたんだが、どうかな」

「ち、ちがっ…」


愕然とした顔のアイ。

その頭にぽんと手を置いて、ロクショウはけらけらと笑ってみせた。


「残念だったな藍、完全な逆効果だったって訳だ。とは言えもう湘は媛様の―」

「ふんっ!」

「おぐぇっ!」


徹底的に空気を読まない兄の鳩尾に遠慮のない肘を打ち込み、アイはとても長い溜息をついた。


「ったく、湘兄様が居るからと思っていたのに」

「ああ、やはりそちらが素なのだね」

「そうね、湘兄様が居なければこういう態度を取る心算はなかったのよ。媛様が完璧なんだもの、あたしもそれに追いつかないとと思ったのだけど」


何故ここで汀の名が出てきたかは分からないが、汀が完璧である事は確かだとショウは取り敢えず頷いてみせた。

こちらの顔つきで何を察したのか、アイは再び溜息をつくと、視線をセシウスに向けた。


「…もういいわ、分かっていないみたいだし。湘兄様はこれからもそのままでいてね。さて、セシウス様」

「はい、アイ様」

「あたしの素はこの通りです。幻滅されました?」


アイの突然の豹変に呆然としているかと思えば、意外な事に動じるでもなくしっかりとアイを見据えていたセシウス。

アイの言に首を振ると、彼もまた笑顔を見せた。


「いえ全く。その強い意志を秘める瞳に更に心を奪われてしまいました」

「…そうですか。歯の浮くような言葉はあまり好きではないのですけれど」

「これは失礼」


アイの眼光の強さは、流石にロクショウの、そしてその兄であり故人であるグンジョウの妹だと思わせるものだった。

とはいえ、アイの眼光にも発言にも笑みを崩さないセシウス。

こういった場で本心を隠す事には彼もまた長けている訳だ。あるいは最初の態度も偽装か。


「それでね、セシウス様」

「はい?」

「貴方がどういう王になる事を考えているのか、それを教えていただけます?」

「民が私が王である事を望んでくれる王、でしょうか」


悩むことなく答える辺り、おそらくそういう問いが出る事を察していたのだろう。

それはアイにも分かったようで、少しだけ考え込む素振りをしてから再び口を開く。


「…私の初恋は、少々特殊な形で終わりました」

「分かります」

「私としては、初恋の相手以上のものを夫に求めたいと思うのですが」

「そ、それは難しいですね」


ここに来て初めて、セシウスの声に軽い焦りが生じた。

セシウスは少なくともこの世界に存在する結婚相手としては上から数えた方が圧倒的に早い位置にいる。

アイがわざわざ言うまでもなく、初恋の相手が誰であってもそう後れを取る事はないと思うが。


「…違う方向で超えても?」

「勿論。そこで超える事を願われても…」

「「嫁げなくなってしまいます」」


期せずして重なる言葉。同時に二人から笑みが零れる。


「では私は王として、何より人の心を慮り、善政を布ける王であり続ける事を目指しましょう」


だから、と。


「アイ様、私の下に嫁いできて下さいますか?」

「…謹んで、お受けいたしますわ」


頭を下げる二人。

思いの外短い時間で、見合いは終わり。

思いの外順調に、二人の縁談は結実される事になった。




「あぁ、まだ痛ぇ」


鳩尾をさすりながらロクショウが呻く。

場所は同じだが、顔ぶれが違う。既に始まった酒盛りは、アイの良縁を祝うものだ。

主役であるアイはもう下がっている。嫁入りが決まったとはいえ、男同士の酒盛りに参加させるのも酷だろう。

テリウスと汐風、そして家老六家の代表が数名ずつ、めいめいに酒を浴びている。

氷雨家の当主であるゲキはまだ怪我からの復帰がされていない為、長子のリュウが代わりに参加しているが。


「お前のは自業自得さ」

「違いねえ。ところで火群様は?」

「さてな。宴会好きな方だから来てもおかしくはないんだが…」


呼ぶ前から来ているだろう顔がない事に、首を傾げる二人。

蒼媛国に居ないならばともかく、居る事が分かっていて来ないのは珍しい。

少なくともショウとロクショウの二人は火群の『お気に入り』である。ロクショウの妹の縁談絡みならばそもそも見合いに同席していても不思議ではないのだが。


「まあ、おっつけ来られるだろ。そうだ、流の兄貴!」

「兄貴は止めてくれ…止めてください、湘様」

「その言葉遣いをやめてくれよ、俺や湘の兄貴分だったあんたじゃねえか。ゲキの様子は?」

「大殿まで…。父は怪我の具合はいいんですがね、渓の奴の事もあってどうも塞いでしまって」

「…そうか、仕方ねえな」


氷雨家は今回の一件で、悪評と勇名の二つを挙げた。

曰く、国主を暗殺しようとした三男と。

曰く、体を張って国主の命を守った当主と。

ロクショウ自身が前者を不問としたので問題は起きていないが、その為自然と後者も評価の対象とはならなかった。


「今日はめでたい席ですよ。辛気臭い顔は止めましょう、お三方」

「漸…。そうだな」


酒瓶を抱えて持ってきたセンが、それぞれの器に酒を注いで去っていく。

呼び止める暇もあらばこそ、他の家老達に酌をして回っている。声をかけないのが優しさなのだろうが。

ロクショウはそういう逃れ方を許す男ではなかった。


「漸!お前もこっち来て呑め」

「ウワバミ三人も相手出来ますか!…ああもう、分かりましたよ!」


ちょうど注いでいた清泉家からも促されたのだろう、器を手に戻ってくる。

センも決して嫌いではないのだ。


「ではまあ、呑むかね」

「そうだな。この場は昔通り緑青でいい」


この場は国主と家老ではなく、年来の馴染みとして。

その言葉を諾すると、四人は同時に杯を飲み乾した。




酒盛りが始まったのは昼過ぎだった。

日が隠れそうになった頃。まだまだ酒盛りは終わる気配を見せない。

と。


「湘!セシウス!居るか!」


珍しく声を荒げて入ってきたのは、火群だった。


「おや、火群様」

「三人とも居たか。不作法で済まんな」


火群の表情の硬さに、途端に酔いが抜けていくのを自覚する。

一口だけ水を含み、頭を冷やす。


「…こちらこそ申し訳ない。どうされました?」

「ムハ・サザム帝国がイセリウス王国に対して正式に宣戦を布告した」






―全てが古の出来事となった時代。

それにても燦然と語り継がれている東国の武人による英雄譚。その原典。

序章の最後の頁、直筆にて記された数行の文がある。

古の聖王、セシウス・ウェイル・イセリウスの手とされる。


「時代は一柱の武の神と、一人の英雄を生み出した。その始まりはきっと、私が師に出会ったその日であっただろうと信じている。英雄になれなかった一人の王より、師と兄弟子に精一杯の祝福を―セシウス」

取り敢えずここまでで一区切り。

セシウス達との繋がりと、ショウを取り巻く環境の説明等。

駆け足に過ぎたような気も致しますが、どうにも冗長な気もしつつ。


次話からは再び大陸編となるかと思います。ちまちま頑張りますのでよろしくお願いします。

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