威圧と恭順
階段を降りた所で、ショウは足を止めた。
階段を囲むようにこちらを包囲する様子に、同じくこちらもセシウス達を降りて来ないよう制する。
「こちらは絶対に通さないので、後ろから来ないかだけ警戒しておいてくれ」
と言い置いて、視線を一人の男に向けた。
「貴様が頭領か」
「…そうだ」
この中に在って、最も気配が希薄な男。注意しなければショウですらもそこに居ることを知覚出来ないほどの隠形である。
「獰猛だな」
「自覚はあるさ。貴様らがこちらにまで手を出す心算がなければ、放置しても良かったんだが」
「それはこちらの落ち度であった」
「そうだな。結果俺はセシウス王子と縁を結んだ。最早銭金を積んだ所で無駄だ」
「…そうか」
呻くような声。それが彼らにとって最後の希望だったのだ。課せられた役目を果たす為。あるいは、生き延びる為の。
「事を構えようというなら、このままかかってこい。余すことなく両断してやる。やる気がないなら、そのまま退け。今回は追わないでおいてやる」
無言。あるいは二階から後ろを襲わせようとでも算段しているか。
「後ろが騒がしくなったら動くぞ」
「…む」
「まあいい。少し聞かせろ。貴様らは伯の子飼いか」
「…否。我らは特定の主を持たない。全て対価にて請け負う」
「今回の件は高かったか」
「法外な値だ。だが使えなくなれば意味がない」
つまり、今ここに居る総出でも勝てないと認識しているのだろう。
ならば、交渉することも出来るか。
「貴様らが今回の仕事を捨てる心算があるなら、次の仕事の斡旋をしてやる用意はあるぞ」
「…何?」
「具体的には王子の仇討の算段だ。上手く動けば王家御用達の隠密集団になれるぜ」
地勢や国情に詳しくないショウにしてみれば、情報を管理できる組織は有意だ。
「…貴様には同朋を殺されている」
「先に仕掛けられたからな。俺は貴様らの仕事を斟酌する必要がある立場か?」
「むう…」
「そこで恨みがあるというなら、対価云々の大層な誇りも建前になるがな。利の為に感情を殺して動けないなら、そもそも交渉の価値もない」
ここでショウは佩刀を鞘に納め、両手を前に突き出した。
「業剣、抜刀」
ずるりと青光りする大刀を抜き放ち、その勢いのまま鬼気を発する。
「さあ、示せ。恭順か、死か」
沈黙は長かった。
「…仕事を捨てるに当たっての、そちらの代価は。それ次第で、受けよう」
「貴様ら自身の命。それ以上の対価があるのか?」
即答する。
男は、小さく肯定の意を示した。
「その決定に異論のあるものは、前に出て首を垂れろ。頭領に免じて、慈悲を以て刎ねてやる」
動く者はなかった。
「よく訓練されているな」
「…それが矜持ですゆえ」
「成程。疑って悪かった。許せ」
と、ショウは業剣を消して、後ろの二人に声をかけた。
「もういいぞ。降りて来てくれ」
セシウスの前に、跪く人並。
「王子。こいつらは命の安堵を対価に、仇討ちの手伝いと貴方の手足になる事を誓った。受けてやってくれるか」
「手足、ですか」
「王権を取り戻した時、民草の意志や他国の情勢を知る助けになるだろう。特段他所を攻めろとは言わないが、情報を軽視する王は軽んじられるからな」
「そうですね。…頭領とやら、名は」
「ディフィと申します、殿下」
「ではディフィ、私にそなたと、そなたの配下の力を貸してほしい」
「御意」
「私はこの国の民に、敢えて不要な血を流させる心算はない。頼りにしている」
「必ずご期待に応えます」
ディフィは立ち上がると、ショウ達を宿から出るように促した。
「ほどなく伯の息のかかった兵士が首を受け取りに来るでしょう。その前にお三方を我々の根城にご案内申します。ご同行下さい」
「宿は」
「火をかけます。殿下の死を偽装し、その間に体制を整えられませ」
「任せる」
成程、王の器とはこのようなものか、と。
ショウは油断なく二人のやり取りを見据えながらも、小さく感心したものだった。