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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
49/122

料理の違いと胡叢の問い

翌朝。日が上る前に社殿に顔を出したショウは、火群に直接コムラの言葉を伝えるとそのまま宿に戻った。

戻った頃には日が出ており、食堂に顔を出すとちょうどテリウスが食事を取っている所だった。


「あれ、師匠。おはようございます」

「おう、おはよう」

「火群様についていかなかったのですね」

「俺は別にあの爺さんに用がある訳じゃないしなあ」


テリウスの前に座ると、宿の女将が慌てて膳の用意を始めた。

欠伸を一つ漏らし、ふとテリウスに向けて口を開く。


「リゼさんはまだ休んでいるか」

「そのようですね。一応宿に妙な気配がないのは確認しています」

「そうか。…少しは業剣士らしさが出てきたじゃないか」


テリウスが自然に口にした言葉に、ショウは口許を歪める。

この国に来たことがセシウスにもテリウスにも良い経験になれば良いなと思っていたが、思った以上に色々な事を吸収してくれているようだ。

無理を言って連れて来た甲斐があったというものだ。


「そうですか?」

「ああ。国に戻ったらヴィントやディフィが驚くだろうな」

「それは嬉しいですね。あっちも頑張っているのかな」

「御老も居るから大丈夫だろう」


と、ショウの前にも膳が運ばれてきた。

手を合わせ、ショウも朝食を始める。


「そういえば師匠、この後の予定は」

「火群様の予定次第だな。蒼媛国に帰りたいが」


こちらの用件である緋師への挨拶とハンジの墓参りは済ませた。火群の用件が今日で終わっていれば良いのだが。


「セシウスの見合いもあるし、そもそもお前達をあまり長い事こちらに留まらせても拙いだろ?」

「そうですね。師匠も大陸を旅されるのでしょう?」

「媛様とは離れ難いんだがな。本当に、体が二つあってくれればと思うんだが、どうか」

「多分媛様の御側にいる方を巡って決闘になるでしょうね」

「…否定できない」


と。


「あら時雨さん、あなた火群様と一緒じゃなかったのね」

「おはようリゼさん。俺も何でもかんでも一々顔を突っ込む訳じゃあないさ」

「それもそうね」


ショウの隣に座るリゼに、今度は予想していたのかすぐに膳が運ばれる。

優雅に食べ始める彼女の動きを横目に、ショウは汁物を飲み乾した。





「帰るか」


開口一番の火群の発言に異を唱える者は誰もいなかった。

さくさくと準備を進める三人に当の火群の方が目を丸くした程だ。


「手早いな!」

「いや、この国はまだ観光するには早いでしょう」

「ぬう」


着替え以外の荷物があった訳でもないので、荷造りも程なく終わる。

まだ昼には少し時間があるが、どうしたものか。


「火群様、昼飯は?」

「ううむ。少し早いが船で食うのも面倒か」

「港近くの店でも探しましょうか」

「そうだな」


立地上は隣国なのだが、緋師国と蒼媛国の味付けや郷土料理はそれなりに異なる。

ショウには緋師国の味は辛いだけで出汁が薄い気がするのだが、交易で栄えた蒼媛国の料理もどちらかと言うと濃いめの味付けなのだ。


港までの道行きは、特に呼び止められる事もなかった。

火群は流石に目立つが、面と向かって声をかけてくるような人物も居ない。

どうやらショウの事も知られていないようだ。

討鬼党にとって、ショウは暴政の国主側の鬼神討ちであり、求道斎は討鬼党を率いる憂国の鬼神討ちという辺りの方向性が定まっている筈だ。

面と向かって敵対している訳ではないが、討鬼党としてはショウの人となりが知れ渡ると困るのだろう。

情報統制のお得意な彼らはショウを悪鬼羅刹のように仕立て上げているらしい。

ショウにしてみれば、人の世間での栄達にはほぼ興味がない。蒼媛国だと困るが、緋師国ならばどうでも良いのだ。


「リゼさんは辛い料理は?」

「言ってなかったかしら。ムハ・サザムは辛いモノが好まれるのよ。この国のように赤辛の実を沢山使う訳ではないけど」

「リゼの場合はムハ・サザムの郷土料理か?それともエスクランゼの方か」

「エスクランゼ…と言いたいところなのですけれどね。育ちがムハ・サザムなので私はムハ・サザムの料理に親しんでいますわ」

「そうか。懐かしくなるか?」

「うーん…。この国の味付けは残念ながら合わないのですよ」


港が近づくにつれて食堂も増えてきたので、足を止めてどの店が良いかを話し合う。

リゼの好みは赤辛の実が出す強い辛さではなく、黒痺の実が出す文字通り痺れる味付けなのだとか。

列島国家群には黒痺の実は交易でしか入らないので、それを使う料理はあまりない。


「さて、こうなってくると案内してくれる人でもいないと満足出来る店に出会えそうにないような気がするんだが、どうか」

「言いたい放題だな」

「おう、胡叢か」


声をかけて来る者などないと思っていたが、例外はあるようだ。

目を向けていた店からコムラがちょうど出てきたのは、あくまで偶然なのだろうが。


「これは闘神様。祖父には」

「会った。世話をかけたな。危惧していた事と関連がなかったようで安堵しているよ」

「左様でしたか」

「ああ。ところで胡叢」

「はい?」

「異国の客向けの食事が充実している店はあるか?できればこの国の料理を異国好みに合わせたようなものがあると良いのだが」


少々我儘が過ぎるようにも思うが、火群の願いを突っ撥ねることはコムラには出来ないだろう。

暫し考え込んだコムラは、同行させていた若手を手招いて告げた。


「この方々を『炊陣』にお連れしろ。代金はこちらで持つ」

「はい!」

「ではこの者に案内させます。旅装という事はもうお帰りですね?」

「うむ。用件も済んだしな、俺が長居するのは国の為にも良くあるまい」

「お気遣い痛み入ります。では」




食事は中々に上等だった。流石に国の重鎮なだけはある。

満足した四人が港に到着すると、火群が先に告げていたのか、アカホシと緋師が船の前に立っていた。

意外な事に、コムラまでが居る。

昼食を世話してもらった事もあるのでコムラに顔を向けると、暑苦しい顔に笑みを浮かべて見せた。


「ご満足いただけましたかな」

「おう、世話になった」

「御見送りには見苦しい我が身ですが、それくらいはさせていただきたく存じます」

「ああ、済まんな」


と、今度はショウの方を見て、笑みを消した。


「一つ、聞いておきたいことがあるのだが」

「何です?」

「…不躾な質問だ。答えてもらわなくても構わない。…貴公はもし、蒼媛殿が狂を発されたらどうなさる?」


コムラの質問にある蒼媛が恐らく汀の事を指しているだろう事は感じ取れた。

確かに不躾な質問だ。後ろに緋師が居るのだから不敬を理由に斬られてもおかしくない。

つまり、それだけの覚悟を秘めた問いだという事だ。

ショウもまた、一切の躊躇なく返答する。


「斬るさ」

「真か」

「ああ。業剣士の職責と相手が誰かは関係がない。斬る。そして手前で手前の首でも刎ねるさ」


平然と断言するショウを直視できなかったのか、コムラは瞳を閉じた。


「それが貴公の想いと責務か」

「ああ。だから俺は媛様を狂れさせない。媛様が狂れる時があるならば、それはきっと俺が志を果たせず死んだ時だ」

「そうか…」


長くゆっくりとした沈黙。

コムラが再度瞳を開き、口を開くまで奇妙な静けさがあった。


「時雨殿。よく分かった。永の疑問に答えを得た思いだ」

「それは良かった」

「儂にはそこまでの覚悟は持てん。だから鬼神討ちにはなれん。祖父様がそれ程の想いを今も消化し切れて居らぬのかも分かった」

「そうか」

「感謝する。次にお見えの折には、先般のようなご無礼はせぬと誓おう。世話になった」

「いいさ。善當殿も息災で」

「応」


随分険の取れたコムラの姿に、緋師もアカホシも驚いた顔をしている。


「熱烙、赤月、胡叢。見送りに感謝する。ではまた、次はこの顔ぶれではあるまいが」

「いつでもお見え下さい。どなた様でも歓迎させていただきます」


ショウが最後に船に乗り込むと、まるで待ちわびていたかのように船が動き出した。

火群の挨拶もそこそこに、勢いよく沖へと奔り出す。

手を振る緋師国の者達の顔は、あっという間に分からなくなった。

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