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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
46/122

緋師国への渡航準備

「おう、セシウス。国から手紙ぜ」

「あ、はい師匠。ありがとうございます」


届いた手紙を手渡すと、セシウスはナイフで封を切って早速中身を取り出した。

ロクショウの妹との見合いの件についての連絡を入れたから、その返信が届いた筈だ。

彼も王族だから本来なら婚姻に自由意志がない立場なのだが、差配をする筈の父が既に亡い。

大臣らに差配を任せると姻戚政治の引鉄となる為、珍しく例外的にセシウスの自由意思に任される運びになったのだ。

ともあれ、叔父であるジェックと城に居る母にくらいはお伺いを立てる必要があった。

手紙に目を落としていたセシウスが口を開く。


「…人格に問題がないようだったら問題ないだろうとのことですね」

「よし、それなら緑青に伝えてくる」


緋師国への出発を明後日に控えたこの日。

セシウスの見合いの日程が決まったのである。



「緑青と協議した結果、俺が緋師国からこちらに戻ってきた翌日に見合いという事に決まった」

「急ですね?」

「そうでもない。火群様のご用件が何日続くかにもよるが、隣国とは言え船で半日はかかるからな」


行って一泊、火群の要件を済ませて一泊、翌日戻って三日。列島国家群の国が闘神を歓待しないなどあり得ないから、おそらく一晩では済まないだろうな、とは思っているが。

最短でも三日だ。出発が明後日なのだから最も早くて五日後となる。


「十分準備出来るだろ」


首を傾げるセシウスは、ショウと認識が違うようだ。

何が違うのかショウにも分からなかったが、先にセシウスが理解したようだ。


「という事はもしかして私は…」

「え、ここで準備だよ。当たり前だろう?」


ショウの即答に絶句するセシウス。

成否が両国の関係に直結するのだ。緋師国を観光している場合ではないだろう。


「そうですか…し、仕方ありませんね」


軽く頬を引き攣らせながらの返答。

だが、事態は彼の妥協を一顧だにせず続く。


「で、リゼさんは…」

「あの人の国でしょう?行くわ」

「了解。んじゃテリウス。何もないとは思うけど、一応リゼさんの護衛として同行してくれ」

「え、いいんですか?」

「頼むわ。火群様のご用件が主だから呼び出されてしまうとな」

「分かりました!頑張ります」

「頑張るような事にはなって欲しくないんだが、どうか」


あっという間に話が固まってしまい、セシウスが口を挟む暇も与えない。

ごねられても面倒なので、ショウは汀と頷き合う。


「では汀どの。セシウスを頼みます」

「ええ、分かりました。他ならぬ旦那様の二番弟子の晴れの舞台、私と山霞でこちらの礼法から藍さんの心をぐっと掴む話題まできっちりと教え込みますよ!」

「蒼媛国の未来の為です。私も気合入れますよっ!セシウス様、休む暇があると思わないで下さいね!」


教師役の一人であるサンカも無駄にやる気が迸っている。

これが汀と協力する役目だから燃えているのか、セシウスを好き放題弄り回せる事に情念を燃やしているのかは、ショウには怖くて聞けなかった。



予定としては五日以内には帰れるという事なので、荷造りを始めた三人。

作業も終わりかけた辺りで、ふとテリウスが聞いてきた。


「そう言えば師匠。緋師国ってどういう国なんです?」

「ああ、そうだな…。一言で言えば―」

「いけ好かねぇ国、だな」


ショウの言を後ろから先取りしたのは火群だ。

まったくの同意見だったので、ショウも頷くに留める。


「いけ好かない国…。何かあるんですね」

「ああ。半慈や当代緋師のように良識のある連中が大半なんだが、権力層がちょっとな」

「ええと、槐主国のように、ですか?」


権力層の問題と言えば、ついぞ先日関わったばかりである。


「あれとはちょっと違うな。緋師国の国主は良識側だ」

「では?」

「緋師国には、現在百五歳の鬼神討ちが居てな」

「鬼神討ち、ですか」

「ああ。この前の紛い物じゃねえ、湘のような本物の鬼神討ちだ」

「それは凄い」

「本人は一種の修業馬鹿でな。俗世の些事に全く興味もなく鍛錬を続けているんだが」


取り巻きが良くない、と呻くのである。

渋面を作る火群に、同じような表情となっているだろうなと思いながらショウも口を開く。


「その孫である人物が問題なんだよ」

「鬼神討ちの、孫」

「ああ。本人もそれなりに力のある業剣士だったんだが、適齢期を過ぎてしまってな。鬼神討ちにはついぞなれなかったんだ」

「問題はなあ」


溜息をつく火群。処置なしなのは確かだが、どうにも頭の痛い話だ。


「修業馬鹿も孫にだけは甘かったんだ、これが」



緋師国には、現在三つの権力層が存在する。

一つ目は言わずもがな、当代緋師である。

これは権力と言うよりは守神という揺るがない立場が大きい。配下という訳ではないが十数人の鬼神と共に在る彼を無視出来る存在は国内には居ない。

そして本来ならば直下に業剣士達が居るのだが、或る理由によりその組織は比較的脆弱だ。


二つ目は国主。これも当然だと言える。

政策傾向は安定しており、一応緋師を初めとした鬼神達も問題なく彼の下についている。互いを尊敬し尊重し合う姿は蒼媛国出身のショウとしては、見習ってほしい所ではある。主に、汀の母に。

善政も布き、隣国との関係も良好である割に、国民からの支持は異様な程に低い。


そして三つ目。これがややこしい原因である。

八十年前に狂れた鬼神を討ち果たした救国の英雄、大善當求道斎の孫が率いる討鬼党。

旗印に求道斎を立て、実務を取り仕切る善當胡叢(コムラ=ゼントウ)によって膨れ上がったこの組織は、緋師国の内政を停滞させつつあった。

求道斎の直弟子という触れ込みで子ども達を招き入れるその手法により、業剣士の数だけは当の守神である緋師よりも多い。

そして政治中枢に食い込んだコムラは、主筋である国主を手緩いと断じており、国主配下の家老達と熾烈な権力争いを初めてしまったのだ。




「求道斎自身は緋師にも敬意を示す『尊敬されるべき』鬼神討ちなんだが…」


唯一の瑕疵であろう『孫に甘い』事が、城内の熾烈な権力争いを招いているのだ。

これが続けば求道斎自身が国難の引鉄になり兼ねない。隣国としては要らない混乱が起きても困るので、早めに手を打っておく必要がある。あるのだが、国主からそういった依頼が出た訳でもないのに干渉するのは褒められた話ではない。

ただでさえややこしい状態になっているのだ。それなのに敢えて火群は行くと言う。


「胡叢は出自を鼻にかけた、どうにも不愉快な男なんだが。性格は別にしても、灼彪と繋がりがあったとすれば奴も排斥派の可能性があるからな」

「という事は、火群様のご用件とは…」

「ああ。求道斎と当代緋師である熱烙あたら、国主である日比埜晃政ひびのてるまさの三名に会わねばならん。湘よ、お前は熱烙と日比埜に半慈の事も伝えねばならんだろう」

「そうですね。…正直気は進みませんが」


ハンジは緋師派の業剣士であり、ハンジが斬ったのは討鬼党の業剣士だった。

恐らく緋師は誰よりも、ショウにハンジを生きて連れて帰って欲しかった筈なのだ。

だがショウはハンジを斬り、結果その忘れ形見を連れて来たに過ぎない。

リゼを伴って緋師に挨拶をし、蒼媛国でその身柄を預かる許可を得る。これがショウの今回の目的となる。


「胡叢のオッサンは俺を毛嫌いしているからなぁ」


火群が居るから滅多な事はあるまいが、どうにも不安だ。

居心地の良い蒼媛の下を離れるのには、やはり少なからず躊躇のあるショウなのであった。

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