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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
44/122

緋師国と建国の闇

大栃華清は三日後に槐主国でこの世を去った。

槐主の手で介錯されたその顔は非常に穏やかだったという。

そして灼彪に同調した者達は狂れていない鬼神を殺した咎で処刑された。

彼らは歴史上にも鬼神討ちとは記されず、ただの業剣士として処理される。


「こういう馬鹿が居たって明記してもいいんだけどな」


火群がぼやく。

茶菓子をぽりぽりと齧りながら畳に寝そべる姿は、何とも闘神の威厳がない。

蒼媛の社殿に離れを用意された火群は、しばらくこの国に居ると宣言してここで寝泊まりしている。

ショウは、汀の膝枕で同じように寝そべっていた。

彼の耳掃除をしている汀が極めて幸せそうだが、サンカ辺りはいつ火群に不敬と言われるか分からなくておろおろしている。


「山霞。安心しなさい、火群様はこの程度では不敬なんて言いませんよ」

「そうそう、客である所の俺がこうしてるんだから文句なんて言わねえよ。心配すんな」

「は、はあ…」


当の火群にこうまで言われては反論も出来ない。サンカも諦めて部屋の端に座る。

テリウスとセシウス、リゼも同席しているが、空気を読んでいるのか口を開く様子はない。


「で、結局灼彪の事は記録から抹消する事になったと聞きましたが」

「ああ。緋師国にも後で行かなくちゃならねえから湘、お前ちょっとついて来い」

「えー」


嫌そうな顔をしたのは汀である。


「何嫌そうな顔してるんだよ」

「嫌ですもん」


処置なしと言えばいいか。暫く顔を合わせていなかったから愛情が迸っているのです、とは本人の弁だ。


「汀どの。緋師国には行かなくてはならない理由もありますので…」

「分かりました」


今度は即答である。

流石に火群も渋面を作った。


「お前なあ」

「闘神様、無駄です。媛様は湘様の仰る事には全肯定ですから」

「いいのかおい守神がそれで…」

「代理ですから」


サンカの断言もだが、しれっと言い切る汀も汀だ。

とは言え、ショウの緋師国行が決まったのである。


「ところで、灼彪の件ですが」

「ああ、当代守神の兄弟だからって理由じゃねえぞ」


むくりと体を起こし、火群は胡坐を組んだ。


「あいつは棄童の眷属になっていたからな」


ぴたりと汀が手を止めた。真剣な面持ちで火群を見る。

ショウも頭を上げようとしたが、汀はそれだけは阻止したかったのか手をどけなかった。柔らかく押さえられているので痛みはないが、断固たる意志を感じたので諦める。


「棄童の、ですか。ですが…」

「あいつは親父に押さえつけられながらまだ下で元気でな」


列島国家群の海底では、二柱の鬼神が飽きもせずに力比べを続けているのだと言う。


「棄童というのも本名じゃない。当たり前だよな、そんな名前を一人だけにつけたら俺でも狂れただろうと思う」

「ええと、本名は?」

「残っていないだろう。沈んだ後に兄弟全員で奴に関わる全ての記録を破棄した。誰も伝えていないだろうから、自分で名乗ったりしない限り奴の本名を知っているのは俺だけだ」

「つまり、灼彪は知っていたと?」

「ああ。奴から託宣を受けたと言っていた。緋師…初代緋師の奴は棄童を可愛がっていたからな、記録を秘匿している可能性もあったが」


それを見たのではなく、直接干渉されたから託宣を受けたと言うのだろう。

そして託宣に従い、その名を知ったという事。これが灼彪は眷属になったと判断するに足る材料となったようだ。


「親父も棄童も、たまに力が弱まるんだ。それで上になったり下になったりするんだが」

「それって、危険なのでは」

「互いを引き剥がせる程の力量差にはならないからな。時々俺も様子を見に潜っているから大丈夫だ」


建国神話の存在が海底で未だ健在。目の前に居る神性もその一柱なのだが、気安さの所為かどうにも違和感が拭えない。

そんな顔をしているサンカに苦笑しつつ、ショウはそれを指摘はしなかった。

建国神話の闇。こういう機会でもないと聞けない話だからだ。


「…ところで、そんな話を我々にしても良いのですか?」


ふとテリウスが呟く。

他国の建国神話の裏話を異国の王族にする。結構拙いのではないかという危惧は分かった。

それもそうだな、と汀と二人目を合わせるが。


「ああ、問題ねえよ。特にお前ら三人はな」

「はい?」

「万年も経つと子孫なんてのは結構広くに数多く居てな」

「…はぁ」

「そこに居る湘も、サンカも、お前らも。一応俺の子孫だからな」

「はあ、そうですか。…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」




「何だ、気付いてなかったのか」


あくまでも平常運転の火群であるが、それ以外は汀ですらも呆然としている。

守神まで驚かせるとは、流石に闘神の威徳である。違うか。

汀の力が抜けたので、ショウも取り敢えず体を起こした。


「ど、どういう訳で?」

「俺が鬼神として生まれなかったのは知っているな?」

「ええ、それは有名ですから」

「鬼神の血の詳細は説明すると長いから省くが、親父も兄弟も皆鬼神だったからな。長男である所の俺も神性の子ってだけで敬われるのは気まずかったのさ」

「それで?」

「ある時武者修行と言う事で西の大陸に渡ったんだ」


どこかで聞いた話である。


「でまあ、紆余曲折あって闘神なんてもんになった訳だが」

「端折りすぎでしょう!」

「それはこの話の主題じゃねえからよ。…俺は向こうで妻帯していたのさ」

「えっ」

「湘は知ってるか?西には獣の絶地って大樹海があってな。そこに獣の王ってとてつもなく強い亜人が居るんだが」

「ええまあ、存じてますよ」


そう言えばセシウスの母は獣の絶地出身だったか。その前にも獣の絶地から嫁いできた女性は居たようだから、セシウスの従弟であるテリウスも確かにその血を引いている事になる。


「万年前の獣の王には、見目麗しい妹が居てな。それが俺の妻だ」


絶句する一同。


「佳い女だったよ。…間に三人の子が生まれた。一人は娘でな、従弟である次の獣の王に嫁いだ」


この時点で確定である。

当時の獣の王の血が入っていれば、即ちセシウス達は火群の子孫という事になる。


「という事は…」

「そう言えば何代か前に獣の王の身内が亡命していたとか聞いたな、ムハ・サザム帝国」

「その子孫の一人が皇帝の寵姫となって次の皇帝を生んだ」

「じゃあ、私も…」


リゼも立場はどうあれ皇女である。つまりは。

目の前に座るのが遠い先祖だと発覚して完全に困惑している三人。

そして残っている火群の子どもは二人。息子だ。


「でだ。残り二人の倅の内の一人を連れて帰ったんだが、そいつは蒼媛国に預けたのさ」

「まさか…」

「ああ、少しは混じっているだろうが、当時の蒼媛と結ばれた訳じゃねえよ。そこで仕官して家老の一人になったのさ」


家老が誰かは聞きたくないし、聞かなかった。

多分、万年も前の事ならどの家であっても同じだ。ともすればロクショウにもその血が流れているだろう。

確かにそれなりに沢山いる訳だ。


「俺が国に帰ったのは妻が死んでからだ。その時には上の倅も次の獣の王の右腕になっていたし、娘はその妃だったからな。憂いなく帰国したら、大半が沈んでしまっていた訳だ」


小さく笑う。寂しげに。


「俺の兄弟は俺を除いて十柱居た。棄童の奴はそのうち一柱を攫い、一柱を殺した。攫われた妹はついぞ見つからなかったから、殺されたのだろうという事になったが」

「では残された七柱が…」

「今の七守神よ」


棄童の話をする事は禁忌。それ故に二柱の事も建国神話からは秘匿された。


「攫われた妹は紅媛。蒼媛とは双子でな。殺された弟は親父から直々に後継ぎと名指しされていた次男の水辿」


建国神話では七柱は同格とされている。そして長子である火群は鬼神ではなく、闘神。

初代の跡を継ぐ者が居ない。

だからこそ、建国神話には言い知れぬ歪さがあるのだ。


「俺は一番大事な時に国に居なかった。沈む前にはもう闘神だったのにな」


ふう、と息をつく火群。


「ま、そんな訳だ。セシウス、テリウス、リゼ。お前達がこの国に来たのはそういう縁があったという事だろう。ゆっくりして行け」


そう言って豪快に笑う顔には、もう憂いの色は残っていなかった。

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