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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
43/122

昂る怒り鬼神に至る

ショウの持つ鬼気の総量は鬼神に匹敵している。

日々の努力もそうだが、守神である先代豪公を討つ事が出来ているのだ。そもそも鬼神どころか、次期守神である汀と比較しても遜色ない量を保持している。

そんな彼が鬼神と比べて異なる点は、業剣の力で身体能力を向上させなければ鬼神の動きに対応出来ない事だ。

これは全ての業剣士に共通する悩みであり、業剣による身体能力の向上率は、実際のところ鬼神の動きには及ぶものではない。

その差を体術と努力によって補うのが業剣士である。

だが。

紅い鬼気の鎧で全身を覆ったショウの動きは、前に立つ鬼神討ち(自称)達はおろか鬼神である灼彪ですら反応が出来ず。

彼の振り抜いた右拳は灼彪の左頬を綺麗に打ち抜き、その体を頭から地面に叩きつけたのである。


「がふぁぁぁっ!?」


地面に激突した灼彪の体は、それだけでは許されなかった。

地面を削りながら数度地面を跳ねて、だが何とか辛うじて石段から転げ落ちる前にやっと地面を掴んで勢いを止める事に成功する。


鬼神討ちとはいえ人が、事もあろうに業剣を仕舞って、その拳の威力のみをもって鬼神を殴り飛ばす。

見たものが信じられないのだろう、誰も一言も発しない。身動ぎもしない。

その中でたった一人、汀だけがぽつりと呟いたのが、全員の耳に届いた。


「…野性的な旦那様も素敵です」

「いや媛様、そこ感想を持つ所が違います」


的確な反応を返せたのは、やはりショウの規格外にある程度慣れていたのだろうサンカであった。

振り抜いた姿勢から腕を下ろし、周囲を見渡すショウ。


「ひっ!」


いい加減肝を潰したのだろう、四人はショウから距離を取った。他の鬼神討ち(自称)達も業剣を納め、戦意がない事を示している。

とは言えすぐには誰も捕縛には移らなかった。灼彪がどうなったのかは分かっていなかったからだろう。が、どちらかというとショウの引き起こした状態が頭で処理できなかったのも理由かもしれない。




「ぐはっ…。何が起きた、何が起きたというのだぐぶぇぉぁっ!?」


そして灼彪は今この瞬間、極めて不幸だった。

何とか起き上がろうと身を起こした、その背中に。

爆発音を立てて上空から何かが降って来たのである。


「…あー」


一回殴り飛ばしてだいぶ落ち着いていたショウは、それを見て小さく息を吐いた。


「何だ湘!我の到来をそのような目で迎えるとは!…まあ良い」


闘神火群、時間差での光臨である。

上空から灼彪を狙ったのかは不明だ。その右足でぐりぐりと踏みつけている所をみると、狙ったのだろうが。

音からすると、どれ程の高さまで飛び上がり、こちらに落ちて来たのやら。左手に何かを掴んでいるが、舞った土埃で見えない。


「手土産だ。これで色々決着がつくだろう」


と、それを投げ渡してくる。火群の体格の所為で誤認していたが、どうも結構な大きさだ。

飛んでくる巨大な風呂敷包み。

躊躇しながらもそれを受け取ると、中から呻き声のような音が聞こえてきた。


「…まさか」


解いてみると、そこはここに来ていなかったオオトチが入っていた。

完全に気絶しており、呻いてはいるが今のところ起きる気配はない。


「…」

「ええい、だからそういう目で見るなと言うに!」

「どうしたんですか、これ」

「拾った」

「どこで」

「ここに飛んでくる途中、船に乗っている所が見えたのでな」

「船は?」

「全力で乗ったぞ?」

「…ああ」


上空から全力で火群が着弾したのなら、船は既に無事ではないだろう。

オオトチが事を起こした後で乗った船なのだから、乗組員は居たとしても排斥派なのだろうが。


「それにしても湘よ。中々面白い奥義を開眼したものだな」


赤かった鬼気は、ショウが落ち着くのと同時に蒼色に戻っている。

今は全身を鬼気が覆っているようにしか見えない筈だが、口ぶりからすると見知っているようだ。


「面白いという事は、ご存知なのですか」

「昂怒鬼神。業剣士の草創期に存在した奥義だよ」

「こうどきしん、ですか」

「感情を高めて鬼気を全身に纏わせるものだろう?業剣の技術を伝えた頃は、魂を材料に刀にするというのはやはり反発が多かったんだ」


いや、それ自体は回避できるものなら回避したい。

それ以外に鬼神を討つ技術がないから業剣士なんてものが存在するのだ。


「今それが伝わっていないのは…」

「単純に業剣士の動き程には身体能力が上がらなかったことと、感情の揺らぎに威力が直結すること。業剣士ほど心を鍛えていた訳じゃねえから、それを覚えた連中は鬼神に対した時に恐慌を起こしたりしてだな」

「ふむ。でも俺、業剣を抜いた時より力が出ましたけどね」

「業剣士でこれを使う奴が居た覚えがないから何とも言えねえな。将来性はあったんだが、結局業剣の技術の方が発展したから早いうちに失伝したしな」


どうやら古の奥義を復古したらしい。

そう聞いてしまうと自分で新しい名前を付ける訳にもいかないだろうから、取り敢えず開眼した奥義の名前は『昂怒鬼神』とする事で良いだろう。

あとはこの状態で業剣も振り回せれば実用的だと言えるだろうか。


「あ」


ふと、火群との会話に集中していて鬼神討ち(自称)を放置していた事を思い出す。

戦意は喪っていただろうから被害は出ないだろうと思っていたが、後ろを見れば既に武装解除させられて捕縛されていた。

ケイが容易く粛清された事と、何よりショウの強さに勝ち目がない事を理解したのだろう。

大人しく縛られている。


「湘、こちらはこれで大丈夫だろう。…いい加減そっちをどうにかしてくれないか」

「そうか、助かる。…火群様」

「おう」

「その…踏んでらっしゃるそれ、今俺が殴り飛ばした奴」


ショウの発言には答えず、そのまま足をぐりぐりと捻じり込む。


「もういいじゃないか、このままで」

「一応ここは蒼媛国の社殿ですから。火群様、このままっていうのはちょっと…」

「何だ汀、お行儀よく育っちまって。濤の奴なら門柱の脇に頭から垂直に埋めようとか言い出すのに」


このまま足を捻じ込み続けたら直ぐだぞ?と続ける火群に対し、汀はとても悲しい顔をして見せた。

そして火群に向ける視線は非常に冷たく。


「…お願いですから比較対象にしないで下さい。心から不愉快です」

「お、おぉ。…すまねえな」


気圧されたのか、素直に謝る火群。次いでショウの方を向くと、小さく声をかけた。


「…気をつけろよ。ありゃあ烈女の素養十分だ」


無言で頷くショウ。とはいえこのままでは話が進まない。

火群は灼彪の背中から足を退けると、彼が体を起こすのを待って告げた。


「さて、最期に何か言い残しておくことはあるか?」

「み…認めん!私はまだ負けていない!最後に勝てば良いのだ!」


手勢は全て奪われて、自身も既に詰んでいる。

それでも尚こう言い切れる神経にはある意味感服する。


「大体貴様は何なのだ!?突然空から襲ってくるとは、貴様も業剣士の仲間か!」

「仲間は仲間だがな。そうか、お前俺を知らないのか」


火群は軽く驚いたようだった。

確かに灼彪の姿勢からすると火群の顔をしっかりと確認することは出来なかったのだろうが、火群を知らないというのはあまりに無知であった。

ともあれ、噛み合わない会話が続く。


「わ、私は示されたのだ!道を!力ある者こそが鬼神の頂点に立つべきであるという未来を!」

「誰だそんな馬鹿な事を言い出した阿呆は」

「託宣を受けたのだよ!」


返事が返ってくるとは思わなかったのだが、今度は質問に対する答えらしきものが戻ってきた。


「誰の」


火群が聞くや否や、逆側から強い風が吹き抜けた。

風切り音が耳にうるさく、ショウはうっかりと聞き逃してしまった。


「      だ!」

「何だ、お前奴の眷属に成り下がった輩か」


すとん、と。火群の表情から一切の感情が消え失せた。

表情豊かな火群が、完全な無表情で灼彪を見下ろしている。


「業剣、抜刀―」


問答無用とばかりに、火群が業剣を抜き放った。

鋼板を雑に削っただけのような、剣と言うにはひどく大味な一振り。


「お前の言葉は害毒だ。とっとと地上から失せろ」


そう言い切るのとどちらが早かっただろうか。


「微塵剣」


断末魔の言葉を上げる事すら許されず。

灼彪は火群の手によって、瞬く間に無数の塵になるまで斬り刻まれたのである。


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