数の暴力と奥義開眼
思った以上の相手の業剣の脆さに呆れ返ったショウだったが、のんびりとしている場合ではない。
まずは灼彪に狙いを定めた。
オオトチが居ない以上、この鬼神を討てば残りはここに居る面々を考えると大した脅威ではない。
向こうも同意見であるらしい。
「やはり貴方の相手をするのは私以外は居ないようですね」
「まあ、今回は緑青に譲っても良かったんだが」
「お、本当か!?」
「大殿は駄目です」
「激、お前頭が固いぞ」
「御世継ぎが出来ましたらお好きになされませ」
「「漸!?」」
良くも悪くも、向こうはいつも通りだ。
あちらには汀も汐風も居るから問題ないだろう。ともすれば汀の出番すらないかもしれない。
汐風もまた、次期守神の座を―女性が就くという原則を蹴ってでも―嘱望された程の鬼神だ。
灼彪とは立場だけは似ていると言えた。
「それにしても、少々予想外でした」
「ん?」
「鬼神討ちの業剣はもっと丈夫なものになると聞いていたのですがね」
「…魂の格はそれなりに上がっていたじゃあないか」
「ふうむ…」
相対して分かった事だが、確かに灼彪の力は並ではない。
確かに守神に選ばれても遜色ないだけの力量は備えている。あるいは当代よりも上かもしれない。
先代緋師も、これで性格が歪でなければと本気で嘆いた事だろう。
「その業剣と一体何が違うのか…」
「魂を具現化して外側を形作り、鬼気を練り込む事で刀自体の強度を上げている訳だ。どれだけ外身が丈夫でも、中身が足りなくてはな」
「成程、勉強になりました」
「一応鬼神様の必修項目だと思っていたんだが」
「座学は苦手でしてね」
灼彪は伸ばした爪に炎を宿して、ショウは業剣蒼媛で。斬り結ぶ刃の硬度は互角。
鬼気による身体能力の強化で、体術の精度はショウの方が上だ。
豪公の百身程ではないが、爪は手足合わせて二十本。自在に伸縮して攻めてくる巧さは厄介だ。
豪公との一戦を経ていなかったら、対応し切れた自信はない。
「もうその時点で守神に選ばれないのは仕方なかったと思うんだが、どうか」
「鬼神に求められるのは圧倒的な力であるべきです。誰よりも強く、何者にも敗れ得ない力を持つ者が頂点に立つ事こそが正しい」
「単純な奴は簡単でいいな」
「貴方もそうでしょう?人にしておくには惜しい程の感動的な強さだ。…如何です?私の側近として人の頂点に立つのは」
「大栃殿はどうする心算だ、あんた」
「ああ、そういえばそうでした」
「…あのなあ」
どうやら人の営みや国の在り方については割とどうでも良いらしい。
こんな人物を担いだオオトチの不明を嘆くべきか、その間抜け振りに涙すべきか。
小さく溜息をつきながら、ショウは意識の一割程度をロクショウ達の方へと向けた。
どうやら最初の一手で向こうの鬼神討ち(自称)達は腰が引けてしまったようだ。
当然ではある。ここまで脆いと、鈍器で殴っても破壊出来そうだ。
と。
「鬼神の命を食らっただけの業剣か。どの程度かと思ったが、俺の肉に食い込むだけの硬さはあるのか」
「汐風様!?」
敢えて受けたのだろう、汐風の右腕には一人の業剣が突き刺さっていた。
「い、行けるぞ!刺せば折れない!」
「おう、賢い賢い」
だが、汐風は事もなげに刃を握り潰す。相手はびくりと体を震わせて倒れ伏した。
汐風が腕に力を込めると、刺さっていた残りも砕け散った。元々の鬼気と魂の総量が違い過ぎるのだ。
「さて、それなりに使い物になりそうなのは…」
汐風が睥睨する。ショウの見立てだと、鬼神討ちを名乗っても良さそうなのは五人程度だが。
「五人か。おら緑青!国主が前に出るんじゃねえよ!」
汐風は武器を持たない。吹き抜ける風のような動きで戦場を駆け、荒れ狂う波のような勢いで殴りつけるだけだ。
荒々しい動きで一度に数人の業剣を圧し折り、当たるを幸いに薙ぎ倒せば相手は業剣の云々を問わず二度と動けなくなる。
だが、如何せん多勢に無勢である。
軟でも鬼神の命を食らった業剣だ。硬さだけはある。それが鬼気を漲らせて硬い鬼神の体ではなく、泥酔して酩酊して人並の柔らかさしかなかったとしても、一応斬っては居るのだ。
汐風らがおよそ半数を葬った時、とうとうロクショウまでの護衛に穴が開いてしまった。
汐風の腕を貫き通したからと、殆どの者がが突きに特化した結果、思いのほか人数が削られてしまったのだ。
「死ね緑青っ!」
そしてどこに潜んでいたか、全てを擲ったかのような速度で駆け抜けるケイ。
「渓っ!」
どれだけ歪んでも、同じ時に濤の弟子となった同輩だ。斬るか、避けるか。ロクショウの動きが一瞬だけ乱れた。
その隙を見逃すケイではなかった。遮二無二駆けて踏み込み、突き出す。だが、ケイの刃はロクショウを貫かなかった。
「この…馬鹿息子が」
普通に考えれば、業剣士でない者が鬼神討ちの突進を止められる筈がない。
だが、彼はしてのけた。
ロクショウをまず後ろに引っ張り、自分の後ろへ庇う。次に踏み込んで一瞬足を止めたケイの前に立ち塞がる。更に突きの勢いで吹き飛ばされそうになった所に時間差で飛びかかり、両足にしがみつく左右三人、計六人の配下。
本人の年齢にそぐわない動きの鋭さもさる事ながら、意を汲んだ配下の動きも賞賛されて然るべきものだった。
両足の骨が砕ける音が響く。
更に両腕と腹の左側をしっかり貫かれながらも、ゲキは何とか三男坊を主君殺しにせずに済んだのであった。
「ち…父上」
「馬鹿者が。大殿が、湘がお前をどれだけ気にかけてくれていたと思う」
「あ、あいつらは俺を見下して…」
「違う。お前の為に仕事先を探し、立身の当てを立ててやろうと仕官の渡りさえつけてくださったのだ。何より各所で問題を起こすお前のような息子が居て、何故私がまだ家老など出来ると思う」
「うあ、あ…じゃあ」
「馬鹿息子が。剣を退け。死罪は免れんが、晩節くらいは綺麗にせい。…私も一緒に逝ってやる」
ケイの手から業剣が離れ、霧散する。血が流れ出すが、思った程量は多くない。
「激!無茶をする…だが済まん、助かった。術士ども、至急激を治療せい!」
どうやら重大な急所は外れていたらしい。術士が治癒にかかれば命は繋げそうだ。
誰もがほっと息をついた。ショウでさえ、爪を捌きながら安堵したのだ。
その一瞬。
「やれやれ、使えませんね。一度防がれた程度で戦意を失うとは」
「かっ」
まるで自分の頬を掻く程度の気軽さで。
灼彪の爪が一瞬でケイの首筋を突き抜いたのである。
「し、しょ…?」
「あれ、まだ喋れますか。ここは戦をしている所です。いかに生まれた国とは言え、そのように馴れ合いなどをされては他の者の戦意が削がれるでしょう?」
「ぎ、ぎびっ!」
爪が炎そのものに変わり、貫かれた部分をそのまま焼かれるケイ。
貫かれているのは頸の後部だ。骨ごと貫き通されたということは、骨と神経を直接焼かれている事になる。
「手前ぇ、何してやがる!」
呆けたのも一瞬、ショウが爪を斬り払う。爪は折れたが炎はそのまま消えず、ケイの首を容赦なく焼く。
「なに、使えない手駒の処分ですよ。やれやれ誰も彼も思った以上に使えない…ままならないものですね」
「が…かか…」
「渓!」
びくりびくりと痙攣するケイ。
ロクショウが駆け寄り爪を掴むが、右にも左にも長く伸びすぎている。
「つぅっ…!我慢しろよ、渓!」
掌が焼けるが気にせず、業剣を振り抜くロクショウ。
だが、その業剣は爪を折る事は出来ず、逆に刃が欠けてしまった。
「がっ!」
尋常な硬さではない。流石に鬼神の鬼気が注がれた得物だと言えた。
ショウの業剣だからこそ受けられ、あるいは膂力にあかせて斬り払う事ができたのである。超一流とはいえ、鬼神討ちではないロクショウの業剣では太刀打ちが出来なかったのだ。
「くそ、どうすれば…!」
爪であり、折られたとはいえ灼彪の体の一部である。その為汀も汐風も手が出せない。
「お、おお…ど…の…!」
「喋るな馬鹿野郎!くそ、硬ぇ!」
少し欠ける程度ではひどい痛みを感じる程度で、死にはしない。しかし度を越せば罅も入るし、折れる事もある。
しかしロクショウは躊躇なく業剣を振るう。
「く、退け!緑青、俺がやる…退け手前ぇ!」
「何を言いますか。中々の見世物です、このままなら労せずして目的も一つ果たせるというもの」
「ちぃっ!邪魔なんだよ!」
「貴方を行かせては余計な手間が増えるというもの!」
ショウも向かおうとするが、灼彪はここぞとばかりに足止めに徹する。
このままでは二人が無事では済まない。焦るショウだったが、ロクショウの動きは後ろに立った汐風によって止められた。
「汐風様!」
「止せ緑青。お前が叩けば叩くだけ、渓が苦しむ」
「っ!」
叩くことによる振動が、直にケイの首にかかるのだ。
既に肉は焦げ、ケイの顔からは生気も抜け落ちていた。
「し…しょ…う…」
「渓!」
「ろ…ぐ…しょ…ご…め」
「良い!だが償え!生きて、生きてだ!死ぬな…死ぬなよ!」
焼けた血の臭気がケイの口から溢れた。微かに音は聞こえるが、もう声の体を為していない。
ロクショウは強く唇を噛み締めた。
「渓…馬鹿野郎が」
その絞り出すような言葉を聞いた時、ショウは手遅れを悟った。
ことりと落ちる、ケイの手。
そして。
感情が、弾ける。
「灼彪ぉぉぉっ!」
「何、うおっ!?」
叫んだショウの全身から、周囲を覆い尽くす程の量の鬼気が迸った。
蒼媛の鬼気と酷似した真っ青な鬼気が社殿一帯を覆い尽くす。
物理的な圧力を持った鬼気の奔流に押し流され、灼彪と手下の鬼神討ちがたたらを踏む。
そして今度は、その鬼気が一所に凝集されたのである。
「一つ目の奥義は楽しさによって開眼した」
無論、その対象はショウである。
全身を鬼気が包み、まるで蒼い鎧のような形をとる。
その額には、鬼神のような角。本物ではない、鎧と同様鬼気で出来ているのが見てとれる。
「これは怒りだ」
「何だ、何なんだこれは」
動揺する灼彪。目配せすると四人の鬼神討ち―先程ショウと汐風が手練と判断した者達だ。一人は既に汐風の手にかかっている―が灼彪の前に集った。
「そうか、最初から戦力として数えていたのはそいつらだけか」
轟、と。
身にまとった蒼が、炎のように赤く輝く。
「お前らに『汀』を振るう価値はない」
いつの間にか、ショウの手には業剣がなかった。
握り締められた拳に集う鬼気の量を見て、灼彪が更に恐れるような声を上げた。
「その鬼気の量は何だ!?人の放つ鬼気ではない!」
ショウは灼彪を睨み据えると、ただ一声、吼えた。
「これはな。手前ぇの頬桁をぶん殴る、ただそれだけの為の奥義だ!」