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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
41/122

世の中にはそうそう都合の良い話はありません

「…鬼神が居ないようですが」

「居ませんね…あ、一柱」

「という事はあれが灼彪ですかね汀どの」

「髪が赤いようですから、多分。それにしても…何か変ですね」


首を傾げる汀。

確かに、業剣士にしては気配が妙なのだ。

だが、どこがどう違うのかがいまいち分からない。


「緑青。…何か分かるか?」

「俺はそこまで感覚が鋭くねえっての。…でもまあ、なんだ。湘、お前の気配を極限まで薄くしたような感じがするな」

「ああ、成程!」


ロクショウの言葉に、汀が得心したように頷く。

自分の気配というのはよく分からないが、汀も同意している事を見ると、確かに似ているのだろう。

だが、業剣士相手にそういった話が出た事はない。

それこそ濤の二番弟子と言ってもいいだろう同門・同年のロクショウ相手ですら。


「それは俺と緑青よりも似ているので?」

「そうですね、そう言えば妙な話です」


どうやら向こうもこちらに気づいたようだ。焼け付くような鬼気がこちらに向いたのを感じる。


「緑青、渓が居なくなっていると聞いたが」

「おう」

「もしもあそこに居るなら、通信が出来るんじゃないか?」

「そうだな、試してみよう」


と、通信の術を使える術士の元に向かう。

通信術は色々な制約がある高等な術である。海に隔てられた列島国家群では連絡を取り合う為にも必須であった為、その分発達してきた術でもある。

術士は水晶等の宝石球を通じて通信を行う。国内であれば個人に向けて念を送って通信する事が可能だ。

宝石球は媒介であり、術士が受信した念を周囲にも伝える事が出来るし、任意の人物の念を向こうに発信する事も出来る。

術士同士は宝石球がなくても通信を行う事が出来るが、通信術士による情報の捏造の危険もあるとして、国家間の通信については両国が宝石球を使う事が義務とされた。



「い、居ます!氷雨様があちらに!」

「渓!貴様何をしておるか!」

「伯父御、落ち着いて下さい!」


セン達家老衆もそちらに居たのだろう、俄かに騒がしくなる。


「激よ、繋がったようだ。済まないが先に我が所用を伝えさせてくれ」

「大殿…申し訳ござらぬ」


氷雨家の当主でありケイの父でもあるゲキが、ロクショウの言葉を受けて一旦矛を納める。

ショウと汀も水晶球からの声を聞こうと彼らの元へ。


「渓、聞こえるか?」

『…緑青殿ですか。聞こえていますよ』

「ふん、俺より大栃殿を君主と選んだか」

『と言うより、灼彪様の弟子となる道を選んだだけです。気づいたんですよ、化け物を殺すには自分も化け物に足を突っ込まなくてはならないとね』

「業剣の適性が最低だったお前がな…まあいい。そこにいる灼彪に伝えろ」

『…今の私をそれまでの私だと思わない事だ。それで?』

「お前達が狙っている者は全員社殿に居る。国を奪うのならばとっとと登ってこい」

『そちらの思惑に乗れと?こちらは民を無差別に殺して回ってもいいのだがね』

「槐主が居るのに槐主国を選ばなかったって事は、この国が必要なんだろ?民を殺してはその後に支障があると思うのだがね」

『…待っていろ、今確認する』


無言で聞いていたショウだったが、ケイの言い分に苦いものを感じて汀の方を見た。

汀も首を傾げてみせた。

ショウとロクショウ、ケイは八つになると、ほぼ同時期に濤の元に引き取られた。それぞれ事情は異なったが、業剣士となるべく集められた三人はすぐに兄弟のような間柄になった。

自然、汀と知り合ったのも同時期である。三人はこれまた自然に汀に恋をし、結果ショウが汀の心を射止めた。汀本人に言わせると、最初からショウしか目に入っていなかったらしいが。

ショウが豪公への討手に選ばれた折は、濤と汀の間で揉めに揉めたものだ。


『…いいだろう、今から向かってやる。首を洗って待っておけ』

「渓!貴様、大殿に向かって!」

『父上か。…早くそこから離れるのだな。ここには七十人の鬼神討ちが居る。如何にそこに鬼神と化け物が居たとて勝負にはならんぞ』

「…か、鬼神討ちが七十だと?」

『そうよ。俺も修行を経て今や鬼神討ちの一人。蒼媛国は我々を国に入れてしまった時点で既に負けているのだ。ああ、そうだな。国が正しき主の下に集う歴史的な瞬間を見たければ特等席で見せてやるよ』

「貴様はっ!」


言うだけ言って気が済んだのか、ケイから通信が戻ってくることはなかった。


「…大殿、湘、面目次第もない」

「いや、激の所為ではないだろう。流も浪もよくやってくれている。気に病むな」

「伯父御、済まん。渓をあのような奴にしてしまったのは俺なのかもしれない…」


業剣士としては同期の三人であるが、その持ち合わせた才覚には大きな差があったのだ。

ショウとロクショウの適性は確かに高かった。だがケイは一人適性が極端に低く、二人が一月で修める修行を一年でやっとこなせるといった具合だった。

四年を待たずして、ケイは濤の元を離れた。師の温情で健康上の理由でとされたが、実質は破門だ。

以後、家老職にある氷雨家の居候として過ごしていたのだ。

業剣士を挫折したという話は密かに広がる。結果、学問を志そうとどうしようと、彼は二度と前向きにはなれなかった。


「湘よ、たとえお前が原因であっても、俺はお前を恨まんよ。どちらにしろあれが歪んでいるのも国を売り渡したのも事実。斬らねばならんのは変わらん」

「そうだな…。ところで奴は聞き捨てならん事を言っていたな」

「鬼神討ち、という話か?」

「ああ。湘に似た気配だから間違いあるまい」


あの場に灼彪以外の鬼神が居ない理由が分かった。ここに来ている連中に討たれたのだろう。


「鬼神同士では闘う事は出来ませんからね。どうも灼彪は御先代から断片的にしか情報を与えられていないようです」

「そうなのですか?」

「鬼神同士が闘えば海底に封じられている初代と狂い神が暴れ出すのです。何故暴れ出すのかは火群様に伺うと良いでしょう」

「火群様?」

「闘神様だ。まだ天上に昇られず世界中を旅されておいでなのさ」

「じ、実在するのですか…」

「激は会った事がなかったか。俺とショウは何度かお目にかかっている。見た目以上に剛毅なお方だ」


そんな話をするとやって来る方なのだが。

まあ、来てくれたら素晴らしい援軍になるだろう。





「会うのは初めてですね、私は灼彪」

「ええ、灼彪殿。蒼媛国へようこそ」

「通信は聞いておりましたね?貴女はまだ蒼媛ではないから、命だけは助けて差し上げても良い」

「守神からの国家の解放と、守神主導の国家形態の解散でしたかしら。荒唐無稽な事を仰っておいででしたが」


口調は丁寧だが、汀の灼彪に向ける視線はひどく冷たい。

不法に入国してきたこともそうだが、どうやら言っている事が全部本気であるらしい辺りに救いがない。


「名ばかりの守神が信仰の頂点に君臨し、力ある鬼神がその力を活かす事も出来ず燻ること。私は鬼神と民草をこの悪しき制度から救い出すだけのこと」

「そして灼彪殿が頂点に立つ、と?」

「誰よりも力ある鬼神の務め、そう理解しています」

「傲慢な事で」

「傲慢?自身の力を正確に理解しているだけですよ。さあ、死にたくなければ私に恭順を誓うのです」


まるで演じるように右手を振る灼彪。

居並ぶ多数の業剣士―ケイ曰くの鬼神討ちが、その業剣を抜き放った。


「貴女の切り札である鬼神討ちは一人。ですが私の切り札は六十九名居るのです。勝ち目がない事くらいは察しているでしょう?」

「確かに夫の鬼気に似ていますが…。その程度の鬼気しか持たずして鬼神討ちとなるとは、どのような手品を使ったのです?」


これはショウも興味があった。

七十弱もの鬼神が配下に居た事も驚きだが、少なくともケイでは鬼神と闘える程の鬼気は練れない筈だ。


「鬼神は超越的な力を持ちます。しかし、全ての鬼神が幸せを享受しているとは限りません」


鬼神にも能力の幅はある。

鬼神同士は闘う事が出来ないから、最も腕力を役立てられる軍事的な立場ではほぼ必要とされない。

人の兵士を蹴散らす事は出来るが、目の前に鬼神が現れた途端に何もできなくなってしまうからだ。

各国が友好的な状態である今ともなると、二人から三人ほど実力ある鬼神が居れば軍事的な用は済んでしまう。

それ以外の鬼神は、自らの生活を維持しなくてはならない。飢えても死ぬ事はないが、逆に苦しみが続くからだ。

学問を修める鬼神も居る。商家の用心棒兼相談役になったり、子ども達に学問を教えるなどの仕事が出来るからだ。

学もない、力も足りない鬼神は、決して楽な生活は出来ない。

そういった連中が灼彪の配下になっていたと言う訳だ。


「彼らは他の鬼神の未来の為に礎になってくれたのですよ」

「…結局は目的の為の捨て駒だろう?詭弁はいい加減にしてほしいところだな」

「貴方は黙っているべきだと思いますよ。同等の存在が増えて焦る気持ちは分かりますが…」


その暴言を鼻で笑うと、ショウもまた業剣を抜き放った。

そろそろ限界だった。


「寝言は寝て言え」


萬里鬼笑閃程ではないが、鬼気を集めて灼彪に向けて斬り放つ。

然程の速度もない。避けるも容易い一撃だ。


「舐めるな!」


灼彪の目の前に躍り出た一人が、撃ち落そうと業剣を振り抜く。

甲高い音がして、軽々と砕け散った。


「な、何だと…」


誰が言ったか。本人だったか、灼彪だったか。

業剣を根元から木端微塵にされた自称鬼神討ちは、刃のなくなった自らの業剣を見ながら言葉もなく崩れ落ちた。

呆然とする灼彪とその配下。


「お前達がどんな手を使ったかは知らないが」


ショウは予想以上の脆さに呆れ返りながら、心の底から吐き捨てた。


「この程度で鬼神討ちなんて名乗ってるんじゃねえよ恥ずかしい」

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