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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
38/122

昔語りの終わりと破裂する火種

ショウの話が終わっても、暫くの間誰一人として口を開かなかった。

豪公は想いを残して逝った。それだけは伝わったからである。


「…槐主様、柊とは」

「儂の名だ。…あの頑固者、最期まで…」


思わず涙を流す槐主に、かける言葉もない一同。

ショウは、まず目先の問題を片付けることにした。


「大栃様。…豪公の仰る内容に異論は」

「し、知りませぬ!守神の排斥派など、断じて!」


白を切るのは当然だった。

目の前には守神と、次期守神を妻とする鬼神討ちが居るのだ。

今この場で認めれば即ち死、と言っても過言ではないのだ。


「そう仰るだろうとは思っておりました」


溜息交じりにショウは懐から一つの石を取り出した。

桃色の宝石である。今までの話の内容を総合するならば―


「まさか、それは―」

「媛様に預かっていただいていたものです。豪公の鬼眼石…大導様、先代豪公殿はこれをあなたに渡すようにと」

「三十一代豪公の願い、受け取ろう」


大導が空に向けて指を動かすと、石はショウの掌から勝手に空中に浮かび、大導の手に収まった。

そして再び空中に浮かぶと、まるで何かを訴えかけるかのように震え、光を放つ。


「そして示そう」


光は室内に居る者すべてを覆い、その視界に血腥い場景を見せたのである。



まず、壁のようなものが映った。

だがそれが壁ではなく、地面である事を理解する。

蹲っているのか、あるいは押さえつけられているのか。

視界が動き、誰かの足先が見える。

再度動く。どうやら顔を動かして見上げたようだ。

そこに居たのは、オオトチ。ひどく凄惨な笑顔を浮かべ、その手には一振りの刀。

「      」

何かを言っているが、声は聞こえなかった。

顔の隣から突き出された誰かの手が、今しがた輝いた桃色の宝石をオオトチに手渡した。

宝石はひどく昏い輝きを放っている。

「      」

再びオオトチが何かを言った。刀を振りかぶる。

視線は動かない。しっかりとオオトチの顔を見据えている。

刀が振り下ろされた―



光が消える。

一同の視線は自然、オオトチに向かう。


「…大栃よ。今の」

「た、確かに私は宵月を処断致しました!し、しかしだからと言って、私が排斥派である等という理由、理由はない筈でございます!」

「む…」


上手い方法だった。

確かにオオトチによる処刑の場面であった。国主自らが斬り捨てるなど異例にも程があるが、それ自体に彼が排斥派である証拠は一つもなかった。

そういう意味では、音がなかったのが悔やまれる。


「確かに、な」

「でしょう!私が宵月を処断しましたのは、彼奴めが法を犯したからです!何らそれに後ろ暗い所は、あ、ありませぬ!」

「…誠か、華清」

「う、うう嘘を述べても意味などありますまい!私は槐主国の国主です!国主の地位にある者が、何故守神様を排斥するなどとっ」


真っ青な顔で自分の潔白を主張するのも、果たしてどういった種別の焦りであるのか。


「まあ、ここはそれを判断する場ではない」


大導が溜息交じりにそう呟いた。


「どちらにしろ、第三十一代豪公が暴挙に出た理由は槐主国国主。貴公が宵月を手ずから殺し、その鬼眼石を自分の物にしたからだと判断する。それで構わんな?」

「は、はい…」

「公表されていないとは言え、貴公が殺したのは第三十一代豪公の人としての直系の子孫だ。よいか。守神の歴史を紐解いても、守神の一族の者が鬼神の血に目覚める前に子を為した例など他にない」


列島国家群の万年にも届こうかと言う歴史、その中で唯一と断言される存在。その血脈を断ち切ってしまったのだ。守神達の覚えも断じて良くはないだろう。

豪公国に住む民に知られればそれだけで戦争の理由に出来てしまう爆薬となる。

だが、と続ける。


「反面、第三十一代豪公はそれを公式に誰にも伝えていなかった。つまり貴公がそれを知らずに処断したとして、その事を責める事は出来ん」


落とし所はどこになるのか。

大導は火群を見た。この場で最も格が高いのは、初代鬼神の第一子である彼となる。

火群は溜息交じりに口を開いた。


「今回の件についてのあらゆる場での口外を禁じる。これを政治的に利用する事も、音貫の名誉の回復に使う事も、それを許さん。湘よ。汀はこれを広めはしねぇな?」

「天上に昇る日まで、誰にも言わぬと」

「誓ったなら良い。ならば全員、これを火群の名の下の決定とする。異存はねえな」


頷く一同。

結局、この件に蓋をしただけか。そんな思いの者も居たかもしれない。

だが、最後に火群はこう言い添えた。


「但し。音貫の言い残した通り、大栃華清が排斥派の一員である事、当時そうであった事が証明された場合。今述べた一切の決定を破棄する」

「そんなっ!?」


悲鳴を上げるオオトチをじろりと睨み付け。


「…何か問題があるのか?」

「も…問題ありません」


火群と視線を合わせる事も出来ないまま、冷汗交じりに答えるオオトチ。

問題があると言ってしまえば、遠回しに彼が排斥派である事を認める事になりかねない。

応じざるを得なかった訳だ。


「他の者も問題ないな。ならば解散としよう」




オオトチは途中から浴びる事になった圧力に気分が悪くなったらしく、火群が解散を宣言した途端、本殿から逃げるように出て行ってしまった。


「…どう思う?」

「まず間違いなく排斥派と思いますが、どうか」

「だよなぁ」


火群は頭を掻いた。


「実際のところ、忘れた頃にこういう連中は出てくるんだ。守神が天辺に君臨している事を不満に思う連中が何となく集まってな」

「そうなのですか?」

「建国神話なんて聞こえのいい話になっているが、神話なんていって大事な所を曖昧にしちまった所為で守神が何もしてないように見えちまう。俺が覚えている限り、こういう連中が出て来たのは三度目だ」

「三度目と言われても」

「学習が足りない、なんて事は言わねえよ。初代鬼神がこの国を救い、作った倅の一人が初めて狂れた鬼神になっちまった訳だ。残りの連中の威徳を保持する為に作為的に色々隠したからな、原因は間違いなくこちらにあるさ」


とにかく、これだけ圧をかけてしまった以上、オオトチが取れる手は二つだ。

保身に走って排斥派を抜けてしまうか、あるいは自ら動き出す切っ掛けを作るか。


「でもまあ、国主が含まれているなんてのは今回が初めてだな。柊よ。今もし奴を排除して、次の国主の当てはあるか?」

「華清の息子と甥にそれぞれ出来の良いのが居りますな。ですが、息子の方は父親の思想に染まっている危険性もありますし…」

「出来の良い甥というと、醍幹の三男か?」

「ええ。鬼神に目覚めて居ないのですが、実際の所大栃家の直系筋ではありますから」




火群と槐主、大導の話は続く。

槐主国の国情には口を挟めないので、ショウはそれを聞き流しながらこの後の動きに意識を向けた。

排斥派が動いたとしても、列島国家群を揺るがすような事態には発展しそうにもない。

余程勘違いした強力な鬼神が後ろ盾にでもなっているとややこしいが、そうでもない限り早期に鎮圧されて終わるだろう。

槐主国の国主が替わる他には、大きな混乱にはなりそうもない、が。


「…嫌な予感がするが、どうか」


独り言ちると、三人の話に同じく口を挟めずにいた一人と一柱が応じた。


「湘殿もそうですか。こちらとしては父の起こした変事が更なる厄介ごとを引き寄せるのは心苦しい所ですが、どうにも悪い方向に進む気がしてなりません…」

「御先代の名誉が回復されるのは歓迎すべきですが、まさか列島国家群を分けた戦になど発展しては欲しくありませんよ」

「そうですね。さて、もし大栃様が動くとして、動くならば適度に大物で排斥派に味方するような鬼神殿が必要となると思うのですが。お二方に心当たりはありますか?」

「心当たりですか、さて」

「具体的には、俺が鎮圧に動いても勝てる見通しを持てるくらい」

「おう、流石に目の付け所がいいな湘。それなら一柱心当たりがあるぜ」


と、話がひと段落したらしく、火群が口を挟んできた。


「熱烙と緋師の座を巡って対立した奴でな。自分が選ばれなかった事で守神の制度自体を逆恨みしていた筈だ。先代緋師が最後まで悩んだと言うから、限りなく守神に近い力の持ち主だと言えるだろうよ」

「そりゃあ厄介だ。ちなみに、その方の名は」

「灼彪。緋師国に居づらくなったか国を出た後はどこに居るやら分からないらしい」


怪しいどころか真っ黒な気がする。

とはいえこの日は、これ以上予測に予測を重ねても意味がないという事で程なく解散となった。

船着き場で船に乗り込む直前、悲壮感の中に決意を秘めた顔つきのオオトチの姿が向こうの船に見えて、嫌な予感に拍車がかかるショウだった。





果たして三日後。

槐主国国主の名で、守神排斥を謳う声明が発表された。

その意を後押しする者として、鬼神『灼彪』の名が連ねられていたのである。

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