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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
37/122

昔語り~時雨湘による豪公との最期の会話

槐主国国主である大栃華清は暗愚な国主ではなかった。

政治的な感性は低くなく、外交にも少々強引ではあるが問題がある程ではない。

才を鼻にかける驕慢の強い部分はあったが、概ね国政としては上手く行っていたと言えるだろう。

彼の国主としての最大の問題点となったのは、国主を継ぐ筈だった二人の兄が鬼神の血に目覚めた為に生じた、鬼神への重篤な劣等感であろうか。

それは年を経て、自らの庇護下にある鬼神への歪な優越感を齎すと同時に、自らの権力で縛る事の出来ない守神の存在への憎悪へと変貌していったのである。

大栃は裏では重度の守神排斥論者であり、同時に時雨湘のような鬼神とも渡り合える程の業剣士の熱心な支援者でもあった。



「湘よ。ここまで話してもらえれば餓鬼でも分かる。つまり、その宵月家と音貫があのような暴挙に出た理由が関係しているという事だな?」

「そういう事ですよ、火群様。ともあれ少し前後致しますが、今度はその後の出来事を俺が先代豪公殿からどう聞いたのか、という話ですな」




「分かるか、湘よぉッ!俺の、この怒りが!痛みが!やるせなさがッ!」


豪公は『百身』と呼ばれる鬼気による分裂体を操る鬼神だ。

永年の研鑽を経て、百ではきかない百身を使うこの豪公は、実際の所槐主国での騒乱も本人が出向いた訳ではないらしい。


「そうさ!それが人の歴史さ!俺が生きていたこの六百年あまりの間に、どれだけの血が絶えたか!だがな!」


言葉と共に振るわれる拳は、どれも一つひとつが必殺だ。それを避けながら、同時に攻撃してくる百身の攻撃を弾き、百身を一つひとつ斬り捨てる。

業剣士で立っているのは自分を含めてただ二人だ。その一人は鳴神と言ったか、豪公国に住む業剣士だから積極的に狙われないのも理解していた。

いや、最初からこの守神は、真っ先に自分を狙ってきていた。仲間が減っていくほどに重圧が増しているのは、当たり前だが気のせいではない。


「俺だって二十年は人だった!人だったんだ!だから想いを残した!形として!」


本人がそもそもいくつの百身を繰り出して、そのうちいくつを倒したかなどは分からなかった。そんな余裕は誰にもなかったのだ。


「人として!残した血族はそりゃあ何百年も経てば!いくつにも分散して残っている!」


ショウの記憶では、豪公はここまで感情を爆発させるような人物ではなかった。

しかしこれではまるで駄々っ子だ。感情のままに振り回す拳が必殺の威力を持っているのだから、始末に負えない。


「だが俺の残した想いは!月江どのに残した想いを受け継いでいたのは!あの子だけだったんだ!」


涙は流れていなかった。だがその顔には、熱い怒りと、そして深い悲しみがあった。

目の前に鬼神は決して、狂れてしまっているのではない。そう演じているだけだ。

「だがその血は潰えた!守神の排斥を謳う者達の手で!謂れなき罪と共にッ!」




「排斥派か…」

「実際、そういう者が居るとは聞いていましたが」

「時雨湘が詳しく知らぬのも無理はない。蒼媛との結びつきを考えれば、貴公を誘えば自滅の一途」

「連綿と続く歴史の中で、鬼神としての力も優劣が出てしまったからな。力を振るう機会もないから、守神がただ血筋だけで選ばれていると思う者も少なくはあるめえ」

「違うのですか?」

「違うな。守神の血族は結界なのさ。海の底で今もって暴れようとしている馬鹿と、その馬鹿を押さえつけている親父とを更に上から抑え込む為のな」

「火群様の親父…って言うと、まだ生きているんですか!?」

「ああ、どっちも健在だ。たまに様子を見に行くがな、どちらも気の長い話よ。っと、話が逸れたな。続けてくれ」




正直な所、もう余力など残っていなかった。

半数まで減らした百身と本体を、全て倒す余力などなかったのだから。

最後の動きは、自分でも後になって必死に思い出してやっと判明した程だ。無心になるとは、案外こういう事なのかもしれない。

百身と本体の本気の突撃を大きく距離を取って避け、構えを取る。

あとは誰もいない空間に次々着弾し、そのままこちらを視認して引き続き飛びかかってくる豪公の群れに向けて、ありったけの鬼気を込めた一撃を振り抜いただけ。


「萬里鬼笑閃」


先頭にいたのが本体だったのが幸運だったと言えようか。

鬼気の刃は、豪公と全ての百身とを真っ二つにしてのけた。


「見事だった、湘」


歩み寄ってみると、まだ豪公は息があった。いや、真っ二つにされたにしては妙に元気そうだった。


「ああ、これか?百身に分けた鬼気を戻したのさ。取り敢えず死ぬのは避けられんが、聞き取れない事はないだろうと思う」

「豪公殿…途中から妙だと思っていましたが、あなたは…」

「そうだな。狂を発した訳ではない…と思う。だがこれだけの事をしでかしたのだ、まともであったとも思わん」


小さく息をつくと、豪公はひどく穏やかな顔で話し始めた。


「俺は…二十近くまで、鬼神に目覚める事はなかった。人として妻も得、そして槐主国で生活をしていたんだよ」

「槐主国で?」

「そうさ。目覚めなくても豪公の倅。豪公国で仕官など出来る筈もない」

「爺様…」

「ああ、お前も生き延びたか、之隆。どうやら百身がお前を避けていたようだな」

「ええ。時雨殿とは違い、生かして貰えた事は分かります」

「…之隆。これから話す内容は、俺に勝った者への遺言だ。お前には聞く資格がない。分かるな」

「はい」

「素直で良いな。ならば生き残りを探しておけ。恐らく気を絶しているだけの者も居よう」

「承りました」


離れていく之隆の背を見送りながら、呟く。


「願わくば…血族の者に討って欲しかったものだが、それも叶わぬか」

「申し訳なく」

「良い。どちらにしろあれには俺を討つだけの力はないさ」

「それにしても、一体何故」

「槐主国の重臣を殺したか、か?」

「そして国主の大栃殿も、です。辛うじて命は永らえたようですが」


疑問符に、豪公は鼻で笑った。


「そうか、あれは大栃の小倅か。何だ、もう国を継いでいたのか」

「ご存知なかったので?」

「俺が百身に命じたのは一つだ。『俺の鬼眼石の気配を漂わせている血族以外の者を襲い、鬼眼石を奪え』と」

「鬼眼石ですか?それは…」

「俺が作った鬼眼石はたった一つ、俺が人であった時にただ一人生まれた娘に与えたもの」

「娘様、ですか!?」

「知る者は他に居るまい。だが俺の瞳の色…桃色の鬼眼石はこれ以外にないさ。…ああ、これだ」


懐をもぞもぞと探り、それを取り出す。

鮮やかな桃色の宝石。確かに豪公と同様の波長の鬼気を放っている。


「この石を持つ者には、俺の加護がもたらされる。そして持ち主の危難を俺に知らせてくれる」

「ならば…?」

「考えれば簡単な事だったのさ。槐主国にあって、桃色の鬼眼石を持つ事の意味を」


穏やかだった豪公の顔に、初めて悔いの色が見えた。


「娘は俺の想いを受け継ぐに足る者にその石を継がせた。もう何百年も経つが、それが何代にも継がれていたのは素直に嬉しかったものだ」


だが、と。


「それを見られたのだよ、排斥派、と呼ばれる連中にな」

「排斥派?」

「お前は知らないだろう…連中もお前を誘うほど救いようのない馬鹿ではなかったらしい」

「その排斥派とやらに見られて、一体」

「槐主国では高い地位の者にまでその根は張り巡らされていたようだ。その子は捕えられ、碌な調べも受けぬまま殺された」


だから間に合わなかったのだと。

気付いた時には、喪われた事が伝わってきた。

理不尽な事への怒りと、口惜しさと、家族を残して逝く事への悲しみ、そして。


「最後の最後に、見も知らぬ筈の俺への感謝が…伝わって来たのだ」


我々を見守り続けてくれて有難う、と。

その想いが石を通じて伝わって来た瞬間、彼はきっと正気を捨てたのだ。


「鬼眼石がその首魁に奪われた事は分かっていた」

「では、まさか」

「おう。俺はこの島に身を置き、三体の百身を作り出した。今作り出したようなものではない。ほぼ俺本人と言える精度のものをだ」

「百身が襲ったのは―」

「俺の鬼眼石を身内以外で一度でも持っていた者」

「何故ご自身で向かわれなかったのです…?」

「俺は鬼神だ。排斥派の中には血が薄いとはいえ鬼神も居る。抵抗されては争いになる。百身ならば鬼気であって鬼神ではない。詭弁かもしれんがね」


そのような時まで、鬼神としての法を守り続けたというのか。


「湘よ、これを預かってくれ。…これには、あの子の無念が焼き付いている筈。大導殿に頼めばそれを…ごふっ!」


と、ここまで言って豪公が突如大量に血を吐いた。鬼気による延命も限界という事か。


「槐主は…奴は友だ…。首筋に刃を突き付けられているならば…助けてやりたかった…いや」


首を振り、自嘲する。


「違うな。俺は…俺はただ…人として生きた証を…理不尽に奪われた事を…許せなかったのだ…」


涙が溢れる。


「済まない、湘。お前を殺せば…奴が来ると…思っていた…」

「…いえ」

「奴に全てを告げ…首を差し出し…終われば…争いにはならん…。出来るなら、最期は…奴の手で…」


ごぼごぼと、吐き出す血は止まらない。


「だが…それは…間違っていたのだろう…。出来るならば…後を頼む…鬼神討ち…よ」


目から光が失われていく。


「お任せ下さい、豪公殿。あなたを討った者として。必ず、その想いをお伝えします」

「ありがとう…済まない…柊…迷惑を…か…け…」


轟、と。

豪公の命を支えていた鬼気が、大きく拡散した。

魂の奔流が、ショウの業剣を直撃する。

ふと、かつて一人の師として豪公に教えを願った時の事が思い出された。


―湘よ。鬼神になれぬとて、神性に成れぬ訳ではない。

―ごうこうさま、どうすればよいのですか?

―お前がずっと汀と共に居たいのであれば、研鑽を積め。より高き魂を持つ者との闘いを経て、その業剣を鍛え上げよ。闘神様のようにな。

―ごうけんをきたえれば、ひめさまとずっといっしょにいられるのですか?

―ああ、お前ほどの才があれば。修行の果てに、闘神様とまでは言わないが、武神と呼べるほどの神格を得るに至るだろう。

―おれ、なります!ぶしんになります!

―ああ、頑張れ。時雨の麒麟児。お前が人を超える日を、願わくば天上に昇る前に見たいものだなあ。


涙が一筋、頬を伝った。

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