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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
36/122

昔語り~時雨湘と当代槐主による先代豪公の出自編

「どういう事か、時雨湘。第三十一代豪公は正気のまま、あのような凶行に走ったと言うのか」

「ご本人の言を信じるならば。今回俺がここに呼ばれました事も、豪公のあの凶行の理由が腑に落ちなかったからだと理解していますが?」

「その通りでは、あるが…」


大導の表情は渋い。


「つまり、先代豪公は正気で我が国の重臣を虐殺し、城を破壊し、あまつさえこの命さえ奪おうとした、という事かね」


オオトチの顔は半ば勝ち誇っている。自分の命が無事だったという事に対してのものだけではないようだ。

この件が明るみに出れば、豪公国からより多くの補償や譲歩を勝ち取る事が出来るだろう。そういう意図が透けて見えた。


「…成程、正気であるならば理由がある、か」


大導と同様、難しい顔をしていた槐主がぼそりと呟く。


「麒麟児。お前が知っている話は、恐らく儂しか知らぬ。だが、それが原因になる理由が分からんのだ」

「でしょうね。ですので先ずは先代豪公殿の出自についての説明が必要かと思います」

「頼む」


ショウは、先代豪公から聞き及んだ事と、自らが調べ得た彼の半生について語り始めた。



先代豪公『音貫』は、第三十代豪公の第八子として生を受けた。

鬼神はそれなりに情が深く、一度夫や妻を迎えるとその死後に後添えを得る事は殆どない。なので鬼神の子は寿命と比べると平均で三人、多くて五人程度。八人と言うのは、非常に多い数である。

実際音貫には三人の弟妹が居たから、合わせて十人。これは両親が鬼神であった事が関係している。

鬼神同士の婚姻の例は少ない。争う事が禁忌とされている彼らにとって、軽い喧嘩でさえも争いとされてしまっては健全な関係など結べる筈がない。その辺りの明確な区分けがされていない事が、鬼神同士の婚姻に気後れを生じさせる原因だったのかもしれない。

さて、音貫はそういう環境で生まれた。

才気煥発で、思慮深い性格の彼は、両親はおろか兄弟姉妹にさえ、次期豪公は彼だろうと思わせるだけのものがあった。

だが、ここで問題が生じた。

当時は十二までに鬼神の血に目覚めなかった者はその後も目覚めないとされていたのだが、音貫は十五になっても鬼神に目覚める兆候がなかったのである。

両親は優しかった。生まれたばかりの一番下の妹はまだ鬼神となって居なかったとは言え、他に八人の鬼神が居たのだからそれ程の落胆はなかったのだろう。

しかし、他ならぬ彼自身が自分を許せなかったのだ。期待に応えられず、ただ守神の息子として奉られるだけの未来を許せなかった。

彼はある日、豪公国を出た。これには両親の赦しがあったのかどうかは語られていない。


「儂も知らぬ。だが、奴がその後槐主国にて仕官した事は知っている」

「何ですって!?」

「我も知っておる。六百年は前の事になるか」

「…その後の話は儂が続けようか。お前より詳しく話せることだからの」


守神の役目は、大過なくば三百年を区切りとする不文律がある。

音貫の父は守神を継いで百五十年。あと百年以上は守神の座が動く事はない。その話が出る頃には、鬼神ではない自分はもう老いて死んでいるだろうという思いもあったようだ。

槐主国で仕官した彼は、鬼神と関わるのを避けた。業剣士を目指さなかったのもその為である。

他国で己が豪公の倅であると知られれば、優しかった両親が恥をかかされるだろうという確信があった。

三月後、事情を唯一知っている先代槐主の口利きで、治安維持の役人となった。

一度だけ挨拶に赴いた時、先代槐主の長男である現槐主と知り合ったのである。

年が近かった事もあり、二人は仲良くなった。

音貫自身、鬼神が多く住まう環境に慣れ親しんでいたのだ。事情を知り、そして秘密を守り通してくれる鬼神の友は得難かったのだという。

そして二度の春が過ぎた年。

音貫は妻を迎えたのである。


「妻帯!?」

「ああ、大導殿もご存知なかったか。確かに奴はその折に妻を迎えた。それなりの家の娘でな…名を何と言ったか」

「月江様と」

「そうそう、月江と言ったか。宵咲月江。宵咲家の末娘でな。奴が惚れる程には気骨のある女性であったよ」

「よ、宵咲…」

「どうした大栃、顔色が悪いな」

「い、いえ…お続け下さい」


新婚生活は長く続かなかった。

一年を待たずして、あり得ぬと思われていた事が起きたのだ。

音貫の髪と瞳の色が変わったのだ。

鬼神の血に目覚めたのである。


「奴は十八か十九だったかな。誰も予期しては居らぬかった。宵咲の家だけは奴の事情を知っていたからな。秘密裏に我が父に連絡が行き、そして奴は国に帰る事となった」

「その…月江様は。祖父母はもう天上ですから確認できませんが、母は知っているのでしょうか」

「そう言えば着いていかなかったようだったな。以降は宵咲の家に戻り、殆ど表に出ずに過ごしたと聞くが」

「理由を聞き及んでおります。『自分が嫁いだのは、人としての鳴神音貫です。鬼神の音貫様ではありません』と振られたのだよと、笑って居られました」

「成程な。守神になるかもしれん大事な身に、他の国の妻を伴えば思わぬ瑕疵になるかもしれんと危惧したのであろうさ。思えば儂にも怯むところのない佳い女性であったよ」


以後、音貫は生涯月江と顔を合わせる事はなかった。

宵咲の家も公表していないとは言え、他国の守神の息子に嫁いだ娘をもう一度、とは思わなかったらしく、生涯を宵咲の家で過ごした。ここまでは槐主も知ってのとおりである、が。

一つだけ、月江の死後まで当の音貫でさえも知らなかった事があった。

音貫に着いていかない事を明言した月江は、その時既に身籠っていたのである。


「何ぃっ!?」

「落ち着いて下さい。槐主様もご存知なかったのですね?」

「うむ、知らなかった。そうか…」


宵咲の家に戻った月江は、半年ほど後に女児を出産。

生まれてすぐにその子は宵咲家を継いでいた月江の兄の養女となり、表向きは兄の実の娘として育てられた。

その子が長じて宵咲家の分家に嫁ぎ、その家はいつからか宵月家と名乗るようになったという。

音貫がその子の存在を知ったのは、月江が亡くなった後の事である。

ある時音貫が槐主と酒を飲んだ時、月江が亡くなった事を聞いた。居ても立っても居られなくなった音貫は別れて後に初めて宵咲家を訪れ、丁度戻っていた娘と出会ったのだという。

娘は自分の父が音貫である事を知っていた。

娘もまた母に似て、自らがどういう出自であるかを決して口外しないと述べた。

悲しくも誇らしい気持ちで音貫は、自らの鬼気を使って作り上げた秘宝を娘に餞別として与えた。


「鬼眼石という宝石です。火群様はどのようなものかご存知ですね?」

「うむ。その鬼神の瞳の色に染まった宝石だ。これを持つ者にはその鬼神からの加護が与えられる。その加護は鬼神が死んでもその跡を継ぐ鬼神が受け持つようになるというもんだ。普通の鬼神が作ったもんならさして意味のある秘宝ではねえが」

「そして鬼眼石を通じて、その鬼神も持ち主がどうなったかをある程度把握できるとか」

「そうだな。その石の持ち主が抱いた強い想い…愛情や感謝、あるいは憎悪や怒りなどを与えた鬼神の側が知る事が出来る。それに応じて鬼神は加護を強めたり弱めたりするから必要な機能ではあるが…」


鬼眼石を与えられた娘は自分の子に石を継がせた。家宝として、人目に触れてはならぬと言い添えて。

その後も順調に石は引き継がれた。豪公となって後は気軽に槐主国を訪れる事も出来なくなったし、一族も自分が他国の守神の血を引いている事実は既に伝わっていなかった。ただ鬼眼石と共に、自らの一族が豪公と関わりがあった程度の事を伝えられていたという事になる。

何人か鬼神も生じたようだが、守神と違い、ただ鬼神というだけならば髪や瞳の色は斟酌されない。元々はたった一人の同じ鬼神から生じたのだ、当たり前と言えば当たり前である。


「さて、先代豪公も齢六百を超えました。豪公を継いで四百五十年、本来ならば既に次の者に引き継いでいておかしくない」


音貫の二度目の妻帯は遅かった。

子が居る事は知らなかったが、両親も音貫が槐主国で妻帯していた事は知っていたから、勧めなかったのである。

次に妻を娶ったのは彼が豪公を継いで二百年経ってからの事だった。

父と同じく鬼神の中から妻を選んだ。人の妻は一人だけ、と決めていたからだと言う。


「そして、特に何事もなく日々は過ぎた訳です。その日までは」



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