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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
35/122

昔語り~時雨湘が話を始める前に発生した神性の光臨編

蒼媛国から船で二日。

列島国家群最小の国であり、その中央に位置する大導国。

蒼媛国と同様に山頂に作られた社の本殿に入ると、既に全員が揃っていた。


「遅れました」

「いや、良い。わざわざ来てもらって済まなかったな、時雨湘」


口を開いたのは、この社の主である大導である。


「三十二代大導である。此度は我が招きに応じていただき、感謝に堪えぬ」


紫色の豊かな髭を蓄えた彼の一族は、守神の帥としての矜持と役割を持つ。

その為権力の分散を避ける為に一代一子の原則を守り、名前を世襲するという伝統を続けている。そのお陰か、今まで鬼神に目覚めなかった者はないと聞くが、その真相は定かではない。


「この場所であれば、たとえ我が国の百三代国主であろうと許可なくば入る事は出来ぬ。ではよろしいか」


ショウが座るのを待って、大導が今回の招きの理由を説明する。


「二十と八月前のこと、第三十一代豪公が突如狂を発した。初代鬼神の直系に連なる者が狂を発するという事件は、開闢の時、初代鬼神第十子『棄童』以来の難事であった事は当代槐主は存じ居ると思うが」

「うむ」


瞳を閉じたまま、槐主が応じる。緑色の髪が美しく、顔立ちも五百年を過ごしているとは思えない若々しさを保っている。


「久しいな、時雨の麒麟児。聞けば我々を招いたのは其方との事。だが、今回の件では我々と豪公国との間で遺恨が生じてしまった。正直路行殿とうちの国主を会わせる事には賛成出来なかったのだが」

「無沙汰をしておりました、槐主様。ですが先代豪公殿からの託けもありましたので」

「左様か…奴がな」


黙り込む槐主。


「ところで、私の知らない方が居られるのですが」


と、そこで口を開いたのが隣に座っていた槐主国国主、オオトチである。

視線は豪公国国主の隣に座るまだ若い男性だ。

鬼神特有の気配を感じるから、見た目通りの年齢ではないのかもしれないが。


「うむ、今紹介しようとしていた所だ」


大導が頷き、


「こちらは次期豪公として内定しておられる第三十一代豪公の第十五子、揺殿である。今回の件について時雨潮からの話を是非とも聞いておきたいとのことで、我の裁量にて許可した」

「そうですか。…この場で先代のように狂に入ったりしなければ良いのですがね」


皮肉げに口許を歪め、そう言いたてる。自分の国が被害に遭ったとはいえ、どうにも言い分に毒が強い。

次期豪公は無言で顔を伏せているが、やはり悔しそうだ。

小さく息をつくと、ショウはここで口を開いた。


「まず、皆様に集まっていただいたのは、今回の件の真相について伝えておかなくてはならなかったからです」

「真相、とは」


今日初めて口を開いた、豪公国の国主、ミチユキ。


「…これを伝えると、俺も処罰されるかもしれない内容なのですが、ね」

「貴公は何を聞いた?まるで音貫を討った事が罪であるかのような言い分だが」


こちらをじっと見てくる槐主に一つ頷き、


「槐主様。先代豪公殿とは齢も近く、名前で呼び合う程の仲であったと聞きました。相違ありませんか」

「ああ。儂の後継に目ぼしい者が居らん関係で四百年も守神をやっておる。揺殿の事は聞いておったから、奴は儂に付き合って天上に昇るのを先延ばしにしていた筈よ」


面と向かっては聞いていないが、それ程の仲であるようだ。


「とはいえ、守神同士のそれ程の友情というのは珍しいかと存じます。守神になると基本的に国から出ない」

「…成程、その事情を聞き及んでいるか」

「はい。これが前提となりますので、お伝え願いたい」


溜息をついた槐主が、初めて目を見開いた。緑色の瞳が周囲を見回し、


「鬼神の血には、目覚める者と目覚めぬ者が居る。それは周知の事と思うが」

「うむ。遡れば初代鬼神の第一子も鬼神の血には目覚めなかったという。鬼神の血に目覚めるかどうかは永い歴史を経ても何が要因か分からぬ」


列島国家群の建国神話の中に出てくる伝説の神の中で、既に天上に昇っているとされる神性は守神の祖先である初代鬼神の子らであるが、その中で記録上ではまだ天上に昇っていない筈の神性が存在する。


「初代鬼神の第一子…闘神様ですか」

「左様。神より生まれし人として、鬼神となる弟妹の存在にも腐らず、弛まぬ鍛錬を重ねた結果、業剣に連なる技術と鬼神に劣らぬ神性を身につけた唯一無二の存在であるな」


現在の業剣士達の技術の祖である。

滅多に人前に姿を現さないとも、放浪癖があって世界中を徒歩で旅しているとも言われる闘神は、今の所天上に昇ったという話はない。

その為、地上に居る筈だが伝説の存在という扱いをされているのが実情であった。


「闘神ね…実在するのか分からない神性の話をしてもな。大方業剣の技術を創始した人物を過剰に持ち上げているだけなのでは」


オオトチが吐き捨てるように告げる。目の前に親戚筋に当たる守神達が居るというのにそういう事を言うのはどうにも空気が読めていないと思うが。

それとは別に、ショウには一つの懸念があった。


「こういう場所で、そういう話をしていると…」


視線をちらりと向けると、大導が冷汗らしい汗をかいていた。


「うむ、時雨湘はやはり存じ居るか」

「ええ。あの方、やっぱり…?」

「どうも三十七代蒼媛…もとい、次期蒼媛が声をかけた中に居たらしい」


と、まるで待っていたかのように地面が揺れた。何かが空から付近に激突したらしい。


「な、何だ!?」

「大栃様、話をされていたではないですか」

「何!?それでは、まさか…」

「湘!ちったぁ逞しくなったか!」


表から響いて来る大声に、槐主と大導が頭を抱えた。


「火群様!もう少し声を抑えていただいても聞こえます!」

「む、済まんな!どうにも加減というものに慣れてねえ」


邪魔するぞ、と言って社に入って来た巨体に、国主二人が目を丸くした。

人の倍はあろうかという体躯。美しい顔立ちの筈なのに美醜を越えた威圧感の所為で色々台無しな容貌。そして紛う事なき、ここに居る全員―無論、守神二人も含む―の総和を越えてなお層倍に多いであろう強大な鬼気。


「揺様もご存知ないようですね、では国主様お二人と揺様にご紹介しましょう。こちらが列島国家群でも伝説の存在となっている放浪の神性、闘神『火群』様です」




話の腰がぽっきりと折れたのは、誰もが自覚していた。

だが、取り敢えず話を進めていたのも確かで。


「湘よう。遅れて来たのは済まなかった。だが、この火群を差し置いて話を始めるのは感心しねぇな」

「来るって聞いていましたら待ちましたよ…」

「汀には伝えたぞ!?」

「…それはいつ?」

「今朝だ!」

「火群様、それは世間的には手遅れの時間です」

「む、それは済まねえ」


大体今朝といっても、まだ今だって昼前なのだ。伝えてこなかったということは、汀も諦めていたのだろう。


「とにかく鬼気を抑えて下さい。俺はともかく、国主様二人にはちときつい筈」

「加減は苦手だと言ってんだろが…これで良いか?」


と二人を見る―本人はただ見ただけなのだが、鬼気の所為もあって射殺す程の圧力を与えている筈だ―火群。オオトチもミチユキも無言で首を縦に振るしか出来なかった。


「音貫の件については、違和感はあったんだ。あれ程の理性的な守神、ここ千五百年は出てきてねえ。濤ならばともかく、音貫が狂を発するなんざ信じ難い」

「あの、一応俺の大師匠で義母に当たる方なんですが…」


ならばともかく、という扱いをされる当代蒼媛の素行の悪さに内心で涙しつつ、話を進める。


「まあ大師匠は日ごろの行いという事にしておきましょう。とにかく俺が豪公殿の最期に聞いた話をこれからさせていただききます」

「何が原因で奴が狂れたのか、という話を聞き取ったのか」

「いいえ」


槐主の問いに首を横に振り、溜息交じりに告げる。


「豪公殿は狂れてなどおられませんでした。あくまで正気で、理性的にあのような事件を起こされたのです」


ショウは、この話をする事で鬼神討ちとしての自分の立ち位置すら揺らぐことを覚悟していた。

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