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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
34/122

蒼媛国主との外交と宴会

準備もあるという事で、大導国への出発は二日後となった。

元々は豪公国で会う予定だったのだが、打診した槐主国の二人がそこでの会合を渋ったのである。

豪公国では、自分の守神が間違った事をしたとは思っていない民が多い。つまり、先代豪公が狂れたのは、槐主国に原因があったからだと考えているのである。

守神である槐主が居る以上滅多な事は起きないのだが、入るだけで憎悪の籠った視線に晒されるのは確かに気が向かないだろう。調整も行われ、大導国の大導社社殿で会う事になったのだ。

なので、翌日は弟子二人を連れて、蒼媛国の国主に面会する事としたのである。




「お初にお目にかかります。イセリウス王国次期国王、セシウス・ウェイル・イセリウスです。こちらは従弟で兄弟子のテリウス・ヴォルハート」

「よろしくお願い申し上げます、国主殿」


儀礼通りに挨拶を行い、顔を上げる二人。

ショウは頭を下げる訳でもなく、堂々と二人の隣に座っていた。


「これはご丁寧に。蒼媛国国主、八風緑青と申す。そちらの国ではロクショウ・ハチカゼと名乗ればよろしいか」


ロクショウは豪快な笑顔を示して頷いてみせた。


「して、湘よ。このお二人を弟子にしたと聞いたが」

「おうよ、緑青。高貴な出自だからか筋が良くてな。弛まず鍛えれば神性とも良い勝負を出来るかもしれん」

「そいつは凄いな。長いこと交易で世話にはなっていたが、今後はもう少し交流を増やした方が良いか」


謁見の間には、ロクショウとショウ達以外には、家老以上の役職にある者が六名同席していた。

一人はセンである。こうなるだろうと予想していたのだろう、涼しい顔をしている。

ショウが視線を巡らすと、苦い顔をしているのは二人。


「大河家のご当主と清泉家のご当主は反対のようだな」

「名指しされるとは思いませんでしたぞ、鬼神討かみうち殿」


苦い顔を苦笑に変えたのは清泉家の当主である。


「儂はイセリウス王国との友好を反対しておる訳ではありませんでな。業剣の技術を外国の、それも王族に仕込んだ鬼神討ち殿の軽率に困っておるのです」

「左様!鬼神とその弟子にのみ伝えられてきたこの技術を何と心得ておられるか!」


大河家の当主も同意する。

と、ここに同席している最後の一人、いや一柱が口を開いた。


「そんな大層なもんじゃねえよ、業剣の技術なんてな」


家老六人の座る位置ではなく、ロクショウの隣に坐す鬼神であった。


「汐風様!そのような事を」

「黙らんか。濤が皆伝を与えている以上、湘が誰を弟子に取ろうが本人の勝手よ」


当代―対外的には一応先代という事になってはいるが―蒼媛である濤の兄、汐風である。



蒼媛国では女性の鬼神が守神となるように定められている関係からか、女性が鬼神になる割合が高い。

蒼媛の家系でもそれは顕著で、そもそも出生割合は女性が圧倒的に多い。

そのような中で生まれてくる男性の鬼神は、例外なく他国の鬼神と比べても高い能力を持っている。

それまでにも何度か、蒼媛の一族に男性が生まれてくる度に『蒼媛の継承条件を女性に限るのは止めてはどうか』という議題は上っている。

だが、当の男性鬼神達が『男なのに媛とはこれ如何に』と言って嫌がるので、その度に立ち消えとなるのが常だった。



現在の汐風は、ロクショウの護衛官であると同時に蒼媛国の大将軍を兼任している。つまり、神性としても官吏としても、この中で二番目に偉い存在であるという事だ。

その汐風が問題ないと断じたのだ。そこに異を唱えられる胆力のある人物はそう居ない。

だが、ここに居る重臣達は例外なくその胆力を持っているからここに居られる訳で。


「しかし汐風様。ご本人を目の前にしてこのような事を申し上げるのは気が引けまするが、仮に業剣士の力を悪用してしまえば、最悪の暴君になる事も覇道を歩む事も出来ましょう」

「下らねえ事を心配するんじゃねえよ。他所の国の内情にまで首を突っ込む必要が…って、湘も丁度首を突っ込んだ所だったか」

「行きがかり上でしてね。弟子にしたのもまあ、業剣士に主君が斬られた以上、身を護るのに業剣の力があった方が良いだろうと言われてしまえば断りにくかったからで」

「むう…それは」


ハンジの件が根底にあると言われてしまえば、外交の観点から考えても断るのは悪手となる。

東方から業剣士が刺客として遣わされた場合に、並の手段では防げない事を証明してしまっている。

そういった刺客を防ぐ為の方策を与えないという事は、即ちイセリウス王国の王族は死んでも構わない、と言っているのと同じ事になってしまう。


「しかし、幾らなんでも折れれば死ぬという業剣の技法を王族に与えるのは」


と、切り口が変わるが、


「だから最初はテリウスを弟子にした訳だ。元々セシウスの影武者だという事だったからな」


だが常に彼がセシウスの横に居る訳でもないのだから、自衛の力が必要だと言われればそれはそれで断りにくかったのだ。


「まあ、セシウスにしろテリウスにしろ、あちらに置いてきた残り二人にしろ。自分の私欲の為に業剣を振るう事のないように約定を交わしている。違えれば俺の責任で斬ると告げてあるが、それでもまだ不満があるのかな」

「そ、それは戦争になりましょう!」


あまりにも依怙地というか、頭が固いというか。


「だからそんな事をするような馬鹿ではないことを判断した上で弟子にしている。…それとも俺の見立てが信用できないか」


頷くテリウスとセシウス。流石にここまで酷く言われれば怒っても良いところだろうが、流石に弁えてくれている。


「湘よ、あまり虐めないでやってくれ。普通の者は業剣士が怖いものよ」


ここで、沈黙を守っていた一人が口を開いた。

ショウを呼び捨てに出来る者。センやロクショウ、汐風ではなく、


「氷雨の伯父御…」


氷雨家の当主である。センとショウにとっては母の兄に当たる人物だ。


「ともあれ、このお二人の人柄をお前がしっかり判断したというのであれば、我々もこれ以上は言わずに信じる事にするさ」

「そうだな。セシウス殿、湘を眼力のない人物にしたくはないのでな、出来れば暴君にはならないでいただきたい」

「それはまあ…善処しますが」


ロクショウも答えにくい問いをするものだ。だが結局落とし所はそう多くない。

こればかりはセシウス達の倫理観に頼るしかないのだが、その辺りは列島国家群でも同じ事だ。

良識のない人物に業剣の技術を与えたが為に被害が生じたのも一度や二度ではないのだから。


「取り敢えず、固い話はここまでにして、だ」


汐風が莞爾と笑った。


「まずは友好の為に、宴よ!」




宴席で酒が口を滑らかにするのは、万国共通である。


「ほう、それではロクショウ様も業剣の技術を?」

「本当は媛様の下で湘と共に業剣士として名を立てようと思っていたのですがね、後を継ぐはずの兄が病で」

「ああ、それは申し訳ない事を伺ってしまいました」

「何、昔の話ですよ。湘を呼び捨てに出来る立場というのも悪くないものでしてね」


ショウとロクショウの気安さが気になったらしいセシウスは、ロクショウと盃を傾けながら談笑している。テリウスはセンと話していた所を家老達に囲まれているが、元々将軍の血縁だったので慣れているらしい。上手くいなしている。

そして、ショウはと言うと。


「そうか、山査子は死んだか」

「ええ。汐風様のご期待に応えられず、申し訳ないことです」


ここではある意味最も偉い鬼神汐風と差し向かいで飲んでいた。流石に酒の席で二人の邪魔を出来る人物はこの中にも存在しない。

と、ショウの発言で何が気に入らなかったのか、汐風が眦を吊り上げた。


「…?何かありましたか汐風様」

「…伯父御、だ」

「はい?」

「お前は汀を娶るんだろう?伯父御だ。なんで氷雨はそう呼ぶくせに俺には他人行儀なんだよ」


こっちもか。


「濤の奴は破天荒にも程があったが、汀といいお前といい行儀が良過ぎるだろう。鬼神討ちぶっ千切って武神まで成り上がろうって奴がそう小さく纏まっちゃいけねえよ」

「大師匠の下に着いていて、あの姿に憧れる者が居るとでも?」

「…居ねえな」


二人、同じ人物を思い浮かべて嘆息する。

何度か持ち上がった『次の蒼媛の基準を男性鬼神にもしてはどうか』という論争だが、この兄妹の際はその論争がかつてなく延びた事で知られている。理由は勿論、妹の素行の問題である。


「それで、大師匠が今どこに居るのかとかは…」

「分からん。生きてはいるみたいだがなあ。あれで旦那にべた惚れだったから、おそらく旦那の魂探してふらふらしているんだろうが」

「巻き込まれた方は溜まったもんじゃありませんが」

「本当になあ。行くなたぁ言わねえが、身代くらいしっかり引き継がせてからにしろってんだ」


再度妹の行状に溜息をつきながら、汐風は盃を呷った。


「で、湘よ。あの二人に汀の加護を与えるんだろう?」

「ええ」

「政治的な話は好きじゃねえが、友好を引き合いに出すのなら二番弟子の嫁取りも視野に入れるのか」

「そっちは俺の領分じゃありませんよ。とはいえ候補となると…、緑青の妹はもう嫁入り先が決まっていましたかね」

「いや、まだだ。…どうも緑青の奴、群青の件もあって身内を外に出したがらねえからな」


あれやこれやと厄介ごとがついて回るぜと愚痴りながら、盃からではなく徳利から直接酒を飲み始めた汐風。やれやれと苦笑しながら、ショウが件の二人の方を見遣ると。


「ああ、どうも緑青の奴、セシウスの事が気に入ったみたいです。もしかすると自分から言い出すかもしれませんね」

「あん?…ああ、本当だ」


王侯貴族の酒席の約束は馬鹿に出来ない。

少し前まで王子だったセシウスと、何だかんだで若いながらも海千山千の家老達をいなしながら国を引っ張ってきたロクショウ。

言質を取られるのは近いかもしれない。



取り敢えずこの日の成果として。

イセリウス王国と蒼媛国の友好を深める方針が採択された事と。

翌日以降の二人の観光案内に人を割いて呉れる事。

そして、セシウスとロクショウの妹との見合いの席が開かれる事が決まったのである。


「…いや、幾らなんでも言質取られてからが早すぎやしないか」

「…気が付いたら、既に」

「まあ、嫌じゃないならいいんだが」


取り敢えず後は若い者に任せる事にするショウとテリウスだった。

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