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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
33/122

神性『蒼媛』

これでもかと積み上げられた石段を上り切る頃には、ショウとセン、サンカ以外の三人は疲れ切ってしまったようで肩で息をついていた。

この辺りは慣れの差か育ちの差か、はたまた基礎体力の差か。


「…師匠とサンカ殿は分かりますが、なんでセン殿まで息一つ切らしてないんですか…」


ぜぇぜぇと息を吐くテリウスと頷くセシウスに、


「まあ、毎日城とこことを往復しておりましたらねえ」

「はぁ…!?」

「先程の御本家も言っておりましたが、湘のお陰で成り上がったというのはあながち間違いでもありませんのでね。こういう嫌がられる仕事が率先して振られる訳です」


明け透けな言い方に言葉もない三人。


「あら、義兄上様はここにお見えになるのがお嫌なのですね?」


瞬間、センが凄まじい勢いで振り返った。

ショウもそちらを向くが、それを察したかのように女性はあちらを向いてしまった。透き通るような蒼い髪が、彼女が何者であるかを明確に示している、が。


「ひ、媛様。お願いですから私を義兄と呼ぶのはお止めいただけませんか」


先に口を開いたのはセンである。誰かに聞かれては困るだろうから当然だが、


「ですが旦那様のお兄様ですから、そう呼ぶのが当然でございましょう?」


と言われてはひとたまりもない。


「分かりました。ですがお願いですから城の方々の前では仰らないでください。それとここに来るのは嫌ではありません。義理の妹に挨拶するのが嫌な義兄がありますか」


三人が呼吸を整えたようだ。視線がそちらに向かう気配がする。


「ひ、媛様!そのような雑事、私がやりますから!」


既にサンカはその女性の隣に立って、手に持っていた箒を預かろうと奮闘しているが、一向に触れられる気配はない。


「媛様」


ショウは万感の思いを込めて、口を開いた。


「…」


しかし、反応はない。


「媛様」


聞こえてはいるようだが、こちらを向く気配はない。

何となくだが、心当たりはあった。

しかし、これを口にするのはとても気恥ずかしい。それも人前では、特に。

と、サンカが頬を引き攣らせて距離を取った。じたばたとこちらに動きで状況を伝えてきている。

どうやら頬を膨らませているらしい。とにかくこちらに顔を見せないようにしているのだから、言って欲しいのだろう。

ショウは小さく息をついて、覚悟を決めた。


「只今戻りました、みぎわどの」

「お帰りなさいませ旦那様ぁっ!」


蒼媛・汀は満面の笑顔でショウに飛びついてみせた。




蒼媛社の社殿。東国の建物の中に入るのは初めての三名は、物珍しそうに辺りを見回している。

本殿に用意された人数分の座布団にそれぞれが座る。


「ここが…ええと、アオヒメノヤシロ、ですか」

「はい。国中の街並を見渡せることと、城の天守よりも高い位置ということでこういう山の上にあるのです。あ、これは蒼媛国だけのことではありませんよ」


自分よりも上座にショウを据えて、その隣に座る汀。蒼い長髪と瞳以外は東国人の顔立ちだが、流石に神性である、一種形容し難いほどの美しさを見せている。

客人三人を対面に座らせ、センとサンカは下座で成り行きを見守っている。


「さて、それでは自己紹介を。私は次期蒼媛の汀と申します。当代蒼媛の母、おおなみが現在国を離れております関係で、蒼媛の代行を務めております」

「ひ、媛様!それは」


慌てて訂正しようとするサンカだが、


「母はどうも蒼媛としての自覚に欠ける質でございまして。ご無礼を致しております」


と頭を下げられたら誰も何も言えない。


「成程、では我々も。私はショウ様の二番弟子に当たります、セシウス・ウェイル・イセリウスと申します」

「一番弟子のテリウス・ヴォルハートです」

「ハンジ・サンザシの妻、リゼ・エスクランゼです」


汀はにこりと微笑んだ。セシウスとテリウスの方を見据え、


「夫は鬼神討ちとしての高見では満足できないと、武神への途を歩むと決めました。その生涯で何人の弟子を取るかは分かりませんが、貴方がたのような才ある方が最初の弟子である事を何よりも嬉しく思います」


そして今度はリゼに向き直る。


「仔細は山霞から聞いております。半慈殿は生き急いだようですね。ですが夫が約定しました以上、貴女と御子は必ず護ります。安心して元気なお子様をお産み下さい」


守神としての汀の発言に、三人は恐縮しきりだ。

実際の神性に会うのは初めてなのだろうから、そのような対応になるのも無理はない。


「さて、永の船旅にこの石段ですから、皆さんにはきつかったでしょう。今日は早めにお休みになると良いですよ」


部屋は用意してありますから、と告げれば、サンカが慌てて本殿から姿を消した。


「私は屋敷に戻ります。湘、媛様、それでは失礼」


席を立つセンには目も呉れず、汀はショウの腕を取って立ち上がった。


「それでは皆様、また明日」




寝所。

蒼媛とその伴侶のみが入る事が出来るとされる場所で。

二人は向き合って座っていた。そこに甘い空気はない。


「汀どの。先程の話ですが」

「母上の事ですね」

「そうです。まだご連絡はありませんか」

「ありませんね。守神としての役目は問題なく果たせていますが、正しく引き継ぐには母上が居りませんと、大導殿からの承認も得られませんし」


溜息をつく汀。


「別に襲名自体は旦那様が武神になってからでも私は一向に構いませんけれど」

「それこそ何十年かかるか分かりませんよ。それまでに大師匠が見つからないのはそれこそ困ります」


頭を抱えるショウ。


「あら、旦那様なら五年もかからないと思いますよ。それはそうと」


先程は見せなかった真面目な顔で、汀がこちらを見据えてくる。


「豪公殿の件です。大導殿と路行殿だけではなく、槐主殿と大栃殿まで同席させるよう山霞に打診させましたね」


路行は豪公国の国主、大栃は槐主国の国主の姓だ。


「ええ」

「山霞が相談してきましたので、私の方で差し止めてあります。事情を聞いて妥当と判断出来なければ、無礼を承知でそのような打診は出来ませんから」


ショウとしては、サンカがそのような大きな事を独断で出来る筈はないと当たりをつけていたので、これ自体は驚く事ではなかった。

むしろ汀に引き継いでもらった方が、成算は高いからだ。


「確かに槐主国が先代豪公殿の攻撃を受けたのは事実です。ですが今回の件は、最期に旦那様とされた話を聞きたいという要望です。それなのに必要なのですか?」

「そうです。事情を知れば汀どのも積極的に賛成するでしょう。そういう話です」


今度は汀が黙る番だった。

つまりこの件は、二つの国の関係に関わってくる可能性の高い話であったからだ。


「大導様は先代豪公様よりも年上で居られましたよね?」

「ええ。槐主殿も先代豪公殿と同世代の筈。それが何か?」

「…であれば、打診した段階で心当たりがあるかと思います」

「そうですか。それで、どういう事情か話してもらえるのですよね?」

「他言無用ですよ?」

「ならば天上に昇るまで、決して口外しない事を誓いましょう」




数刻後。

夜分にも関わらず、汀は交信を行って大導、槐主二柱の守神にショウの願い通りの打診を行い、その言う通りに受理された。


「そこに私も同席する事は…流石に出来ませんね」

「ええ。事情が事情ですから」

「分かってます。そこで旦那様を困らせる事はありませんよ。…ところで」


と、汀は布団に突っ伏すと顔だけ出して見上げてきた。些か行儀が悪いが、それを問題にしない程の可愛らしさに顔が紅潮してくるのが分かる。


「いつになったら、私を汀と呼び捨てにしてくださるのです?」


悪戯っぽく笑みを浮かべる汀。この問いも答えも今までに幾度となく交わしてきたのだ。

だからこちらも答える事は決まっていた。


「…武神になって、汀どのと同じ寿命を得られましたら」

「では後五年ほどでそう呼んでもらえるのですね」

「…全力で善処しますとも」


それだけ告げて急に気恥ずかしくなったショウもまた、自分の布団に突っ伏すのであった。

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