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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
32/122

時雨家の御家事情と氷雨渓

蒼媛国の本島にある港は、いつも通り交易船を待つ商人達で賑わっている。

ここを中継点として他の国に品を運ぶ事もある為、港としての規模はイセリウスの東港よりも遥かに大きい。

交易船が船着き場に停泊すると、あっという間に荷下ろしが始まった。


「到着だな」


数日振りの陸地である。それ程の揺れのない船だったと言え、やはり土の感触が恋しかったショウは、足をしっかりと地につけて大きく伸びをした。


「流石に少し退屈でしたね、師匠」

「修練にはいいんだがな。そればかりでは息が詰まる」

「帰りもあるんですよねえ」


テリウスの問いに答え、セシウスの呟きに苦笑する。


「何か娯楽になりそうなものでも土産に持って帰ればいいさ」


サンカとリゼも下りて来たのを確認して、歩き出そうとする。

と。


「あれ、湘様ではありませんか」


荷下ろしを待っていた商人の一人が、ショウの事に気づいた。


「まずっ…!皆さんはこちらへ!」


サンカが慌てて、三人にショウから距離を取らせる。


「あ、おい―」

「時雨様だって!?ほ、本当だ!」

「おい、村に連絡せえ!」

「湘様だ!湘様が戻られたぞ!」

「鬼神討ち様のお帰りだ!」


荷物そっちのけで、ショウに群がる人、人、人。

取り敢えず囲まれる前に手持ちの刀をサンカに向けて放り、群がられるに任せる。


「お戻りをお待ちしておりました!」

「大陸に武勇を轟かせたと伺いましたが!」

「湘様!この子にお言葉を―!」

「時雨様!宴を催しますので是非お顔を見せにおいで下さい!」


わあわあと声に声が重なって、収拾がつかない。


「よし分かった!」


ショウが手を挙げると、ざわめきは少しずつ静まった。


「ここでは皆の願いに一つひとつに応えてやる事は出来ん。媛様に帰着の挨拶をしたら、時雨の家か社に戻る事になる。用向きはそちらで聞こう、良いかな!?」


と、それを聞いた群衆がそれぞれ頷きを返した。


「そうだな!湘様はまず何をさておいても媛様にご挨拶せにゃあいかん!これは順序も弁えずに済まん事をしました!」


とどこかから声が上がれば、


「媛様をお待たせしてはいけません!時雨様、こちらの道をお開け致します!ほらほら詰めろ詰めろ」

「媛様は寂しそうでしたよ!」

「さあさあ、早く早く!」

「馬鹿野郎、道を開けろ!」

「馬鹿はお前だ、御社は逆方向だ!」


などと、方向性の違う喧騒が始まってしまった。


「仕方ないな。…よっと!」


それでも少しだけ群衆の輪が緩んだので、強く地面を蹴って、群衆の頭上を軽く飛び越えてみせる。

おお、と歓声の上がる中、


「では皆、また後程な。荷下ろしの手を止めてしまって済まなかった!」


サンカ達が既に場所を離れたのを確認して、ショウは急ぎそこを離れるのだった。




「鬼神討ちというのがどれ程この国で大きな存在であるのかが分かった気がします」


港を出てから都合二度、事情を知らない者が同じように騒ぎ立て、同じように騒ぎを治めて。

ショウ達が合流し、安心して街道を歩けるようになるまで少々の時間を必要とした。

今歩いているのは、住居区画だ。家人はこの時間だと大体が生業に出てしまっているので、比較的閑散としている。

セシウスの疲れたように独り言ちるのを聞いて苦笑を漏らすサンカ。

三つ目の騒ぎがあったのは商業区画であったので、媛様への献上品だのご無事のお祝いだの、果てはお連れの方へのお土産だのと品物を次から次へと手渡されたのである。

それもわざわざ最初に運搬用の台車まで持ち寄って来たのだから、これが一度目や二度目の事ではないというのが彼らにも分かった事だろう。


「まあ、それだけ媛様を初めとした鬼神が国では慕われ、敬われているという事さ」

「え、ですがそれだと師匠は…」


その鬼神を討つ事を生業とするのだから、慕われる筈がないのではないか、という言外の問いに、


「俺達業剣士は元々が鬼神の直弟子だからな」


そういう意味では人の中でも業剣士は鬼神に近い位置付けなのだ。


「鬼神が狂を発する事なんて、人の生涯だと二度も三度も出くわす訳ではありませんから。それに今回は蒼媛国から鬼神討ちが現れましたからね。だからもう」


国内では絶大な人気なのですよとサンカが続ける。


「驚いたかもしれないが、実害がある訳でもないのでな。慣れてくれとしか言えん」

「それは、まあ。セシウスは群衆の視線を一手に受けたりするのは慣れているだろう?」

「そうだね。向こうだとここまで善意ばかりと言う訳でもないから、この位ならむしろ楽かな」


そんな益体もない話をしていた五人の目に、今までとは大きさの違う家屋が幾つも入ってきた。


「この辺りは国政に関わる重臣達の屋敷がある区画だな」

「この近くに湘様のご実家もあるのですよ」

「という事は、師匠のご実家は重臣なのですね?」

「その分家、というやつだな。時雨家は何代か前に本家の氷雨家から分かれているから、家格はそれ程高いもんじゃない」


実際、かつての家はついさっき通って来た住居区画にあったのだ。城仕えをしていたからそれなりの格式はあって立派な家だったが、今歩いている重臣達の居宅と見比べてはまだまだ小粒だった。

だが、今はこちらの区画にある。


「まあ、よくある話さ」


持ち上げられて嬉しい話でもなかったので、言葉を濁すショウ。

と、ちょうど一軒の豪邸から一人の男が出てくるところだった。

こちらを見て目を丸くし、次いで表情を苦いものに変える。

ショウは笑顔で声をかけた。


「久しぶりだな、渓」

「…ちっ。生きて戻ったか、湘」


心底嫌そうな顔で嘯く男は、のっけから非常に無礼な言葉をぶつけてきたのである。




「師匠、こちらは?」


ショウとは決して視線を合わせようとしない男に、眉根を寄せたセシウスが問う。


「さっきも言っただろ?本家筋だよ」


少々神経質な性格の為か、ショウと比べて余裕がないように見えている。


「霧野。そちらが西国の王族の方々か?」

「ええ、そうですよ氷雨殿」


サンカの言葉も硬い。この二人は元々馬が合わないらしい。ケイはふん、と一つ息をつくと、セシウス達に向き直って一礼した。


「初めてお目にかかります、陛下。蒼媛国の家臣が一、ケイ=ヒサメと申します。この度はようこそおいで下さいました」

「これはご丁寧に。セシウス・ウェイル・イセリウスです。ショウ様に危難を救っていただいた事でこうして生き延びております」

「列島国家群の業剣士が痛ましい事件を起こしたと聞いております。同じ地に住まう者として、誠に申し訳なく」

「それはもう過ぎた事です。父を弑したのが業剣士なら、私を導いてくれたのも業剣士ですから。出自や人種で人を判断する心算はありませんよ」


セシウスの有無を言わせぬ発言に、顔を引き攣らせるケイ。


「どうやらそこの男に唆されておられる様子ですな。業剣士など所詮、その家から鬼神へと引き渡された捨て子に過ぎません。下手に信用すれば痛い目に遭いましょう」

「聞き捨てなりません!」

「黙っていろ、霧野。貴様の発言を許した覚えはないぞ」

「いや、私も聞き捨てなりませんな御本家」

「湘よ、貴様もそうやって偉そうにしていられるのも今だけ…ん?」

「いや、渓。俺じゃない」


ケイが間違える程度には、よく似通った声である。

ショウではない。声が聞こえてきたのはケイの背後からだったのだから。


「時雨家が家老の席に座ったのが、それ程不愉快ですか御本家」

「漸か。ちっ、化け物頼りの成り上がりが」


形勢不利と見たのか、更に一言吐き捨てるとケイは逃げるように立ち去った。


「いや、申し訳ありませんなお客人。ああいう極端な考え方の者はそう多くありませんので、偏見を持たないでいただけると嬉しく存じます」


親しげに語りかけられてそちらを見、唖然とするセシウス達。

髪型以外はショウとほぼ同じ顔つきの男性が笑顔でこちらを見ていたからだ。


「兄者。流石に紹介しないと驚くから」

「そうだな、湘。よく無事で」

「紹介しよう。こちらが俺の弟子のセシウスとテリウス。このご婦人が半慈さんの奥方のリゼ殿だ」

「セシウス・ウェイル・イセリウス陛下とテリウス・ヴォルハート殿下、リゼ・エスクランゼ様ですね。ショウ=シグレの非才の兄、セン=シグレと申します。以後見知り置きいただけますよう」


どうやら下調べは十全のようだ。


「兄者が非才などと謙遜されては頭の弱い俺の立つ瀬がない」


小さく息を吐いて、今度は三人の方に向き直る。


「セシウス、テリウス、リゼ殿。この人物が時雨家当主で俺の双子の兄者だわ」


セシウスとテリウスもよく似ているが、従弟だけあって並ぶと違いがそれなりに目につく。

ショウとしては、鬼気がない分柔和さの強い笑顔のセンと並ぶとどうにも目つきがきついと言われるので、それ程似ている自覚はなかったのだが。


「それ程驚かれるのは久しぶりなので新鮮ですねえ。さて、媛様からのお願いを受けましたので、社にご案内します。ついて来てください」


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