列島国家群の守神事情
船旅の難点は沖に出ると景色が変わらなくなる事だという。
イセリウスを出て四日も経つと、流石に退屈になったらしくセシウスとテリウスは修練がてらショウの話を聞きたがった。
主に蒼媛国の事だったが、出来ればその目で直に確かめて欲しいと言う思いもある。
なのでショウは、列島国家群全体の話をする事にした。
「列島国家群の守神は七柱、という話はしたと思うが」
「私は初耳ね」
「おや、半慈さんはその手の話はしてくれなかったかな」
「ええ。ハンジが話してくれたのは業剣の成り立ちと貴方の事よ、シグレさん」
「…そうか」
どういう内容だったかを聞くのは憚られたが、リゼにとっては大事な思い出だったのだろう。
ともあれ、聞いたことがないのなら説明するのも良いだろう。
「では改めて。『槐主』『撃君』『蒼媛』『緋師』『大導』『駆天』『豪公』の七柱の鬼神を守神として、それぞれその守神を国号としている」
蒼媛国が南西部で、緋師国がその北だという話は出発の時にしたので、残りを挙げる。
「北西が撃君国。中央が大導国、北東が槐主国、東が豪公国、南東が駆天国となる」
「蒼媛国が南西でしたね。緋師国は西という事ですか」
「そう。島々が結構入り乱れていたり、どこの管轄でもない無人島もあったりするが大体そういう分け方になるな。隔てる海が隣国でも距離がある所もあるし、それほど綺麗に分かれている訳ではないんだが」
「そもそも都となる島の大きさも違いますから、国の規模は大きく違うんですけどね」
こちらも手持無沙汰なのだろう、サンカが話を継いできた。
「蒼媛国は国としての規模は列島国家群で二番目に小さい事になります。とはいえ交易の利益がある分、国力としては十分他の国とも渡り合えます」
それに、と続ける。
「国力を語る上で切り離せないのが業剣士の数です。豪公の変によって各国ともに業剣士の人数を大きく減らしてしまいましたが、蒼媛国では湘様という鬼神討ちが現れました。これにより、武力の面でも他国に大きく優る事が出来たと言えるでしょう!」
一流どころの業剣士は、一国に十人も居れば多い方である。
豪公の変事の折には、何しろ相手が守神であった事もあり、各国が国の威信を賭けて名うての業剣士を送り出した。
その結果、その殆どが生きて帰らず、残っている業剣士はどの国でも中流からそれ以下が大半を占めてしまっている。
と、ショウはふと国を出る前の事を思い出して、サンカに顔を向けた。
「そう言えば、次の豪公様はそろそろ決まったか?」
「いえ、事が事でしたからね。そうそう、それに伴って大導様と豪公国の国主様が湘様からお話を伺いたいと仰っておられましたよ」
大導は守神の統括を行っている鬼神だ。新しい守神を承認する役割も持つから、その関係だろうか。
「…ふむ、そうか。ならばそこに槐主様とそこの国主様にも同席してもらえるよう打診してくれ」
「槐主様もですか?」
「ああ。もしもお二方が先代豪公を討った時の話を聞きたいと言うのであれば、だが」
「それも確認して、という事ですね?」
「そうだ。理由は言えないが、もしその話をするなら居て貰った方が良い。話がそちらでないなら別に同席してもらわなくて構わない」
「はあ、分かりました」
「さて、話が逸れてしまったな。後はある程度聞きたい事に堪えてやる程度しか出来ないが…」
何かあるか、と問えばテリウスもセシウスも頷いてきた。
「では師匠、列島国家群には鬼神と呼ばれる神性は一体どのくらい居られるのですか?」
「どうかな。蒼媛国では俺が出る時には媛様を除いて十五くらいは居たか…」
「いえ、湘様が出られて程なく汐江様が天上に昇られましたから、今は十四柱ですね」
サンカが訂正する。
「そうか、汐江様はもう昇る準備を済まされて居られたからな」
「どうせまた上で会えるからと、さっさと昇ってしまわれました」
「あの方らしいな。それでだ。他所の国の鬼神となるとちと分からん。別段隠す事でもないが、敢えて聞く事でもないからだ」
鬼神の鬼気は、慣れていなければ体にも心にも毒だ。列島国家群の民は皆素養があるから問題にはならない事が多いが、赤子や幼子が鬼気に中てられてしまう事もある。
なので鬼神が人里に下りる事は滅多になく、あっても短時間で戻ってしまう。
「新しい鬼神が生じた、という程度の話は伝わってくるが、それを一々数えている国はないだろう」
「そうですね。鬼神様同士で争う事は固く禁じられておりますし」
「ああ、それも詳しく伺いたかったんです。何故禁じられているのでしょうか」
「その辺りは建国神話に詳しい。俺が教えるよりは媛様に聞くのが良いだろうな。守神として、我々が詳しく知らない話までご存知だ」
「建国神話ですか」
「初代鬼神様が、乱心なされた第七子の鬼神様をお止めするのに共に大暴れした結果、一つの大きな国だったものが割れて砕けて沈んで今の列島国家群になった、というお話です」
「ああ、山霞は第七子という話を聞き及んでいるのか。諸説あるのだよな、それ」
「ご存知の筈なのに、守神の皆様は教えて下さらないのですよね」
実際、初代鬼神が一体誰を止めようとしたのかは明らかにされていないのだ。
今の鬼神と業剣士の関係の根幹になっている話だから、もう少し詳細を教えてくれても良いと思うのだが。
「まあ、現在も初代鬼神は列島国家群のどこかの海底で、今ももがくその鬼神を押さえつけているのだという伝説もある」
伝説もこうなってくると眉唾なのだが、その折に分けられた中でも大きな島にそれぞれ初代の直系七名が守神として住むようになったのが、今の国の原型なのだという。
「そこから数えて現在の媛様は三十七代目の蒼媛様なのです。お会いしたらその美しさに目を惹かれるのは間違いありません!」
サンカが大声を上げる。ある意味でショウよりも遥かに蒼媛に執着しているきらいがある。
「あ、でも惚れてはなりませんよ。媛様には湘様という立派な婚約者様が居られるのですからね」
「え、師匠ってそうなのですか」
初耳だったらしい、テリウスが驚いた顔をした。
「ああ、テリウスには話していなかったか」
そう言えばこの話をしたのは、セシウス、ザフィオと共にヴォルハート城を目指す馬車の中だけだったような気がする。
「ああ、また話が逸れているな。それでだ。鬼神の数の話だが…」
下世話な話になりそうだったので、強引に話を変える。
「業剣士が他所の国の鬼神の数やらを下手に聞くと『斬る相手の算段でもしているのか』と勘繰られてしまう事もあるから」
向こうに着いた後でも、あまりそういう事を聞かないようにと釘を刺しておく。
「分かってますよ。調べたところでどうにもなりませんし」
「まあ、それもそうだな」
「あ、そう言えば」
と。
一旦話題が尽きて素直に修練を続けていた三人だったが、ふとリゼが声を上げたのでそちらに顔を向けた。
「蒼媛様は海の加護がどうとか言っていたけど、他の守神の方たちはそういうのってあるの?」
「ああ、あるよ。駆天様は風の加護、槐主様は樹木の加護だ」
「…他は?」
「豪公は分身…だな。分身の加護?」
「いや、聞かれても困るんだけど…」
「守神の加護もつまるところ、鬼気による干渉だから。加護というより影響だな」
守神によって、影響を与えやすい対象が異なるのだと。
「媛様の場合は海です。十代前までの蒼媛様が徐々に開かれた海路を今まで歴代の方が護り続けているそうですから」
「私達がこうやって揺れもなくのんびりした船旅を楽しめているのはそのお蔭だと言う訳ね」
「そうだな」
「それ以外にもありますよ。術を使えばこの海路を維持する鬼気を通じて国と交信が出来るのです」
半月程度で答えを持ち帰って来れたのは、海を渡る手間を省けたのが大きかったのだと。
「へえ、便利ね」
「鬼気を使うだけなら、リゼ様も向こうで鍛錬をすれば出来るようになりますよ」
「そうね、向こうに着いたら教えてもらおうかしら」
結局、その後もリゼは他の守神の加護については聞いてこなかった。
鬼神の数などと同じく、それぞれで共有していない話だと思ったからだろう。
今度こそ話題が尽きた。
どんなに早くても、あと五日は船の上だ。
取り留めのない話を繰り返しながら、ショウ達は結局変わり映えのしない景色を眺めながらの修練に勤しむのだった。