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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~蒼媛国編
30/122

蒼媛国へ

イセリウス王城、円卓の間。

重要な会議などを行う為に使われるこの部屋に通されると、セシウスを筆頭にして各々が席についた。

ショウはセシウスの師であるが、序列云々に拘りはないので、取り敢えず末席らしき席についた。

「して、王師殿。何故我々も同席する事になったのだろうか」

口火を切ったのはジェック。セシウスに代わって種々の公務を行っている彼は、そもそも多忙だ。いちいちこのような場所に呼ばれるほどの余裕もないのはショウにも分かっていた。


「ああ、すまない将軍。今回の件で、蒼媛国からこちらへの何らかの打診があった筈なのでね」

「打診とは」

「俺への帰国の打診と、おそらくこの国との付き合い方についての」

「ああ、成程」

「ええと、ですね。湘様」


とても言い辛そうに、サンカが口を開いた。


「媛様がですね、至急国に戻るように、と。それで、ですね、その際に…」


どう伝えたものか、と思わせるような態度で所々言いよどむ。


「どうした?」

「お弟子さんにも会いたい、と…」


目線は、セシウスに向いている。


「あぁ…」


勘は正しかった。確かに厄介である。


「それは媛様のご意向か?」


少し強く見つめると、サンカは諦めたように息を吐いた。

先程ショウ自身がしていたように肩を落とすと、目を合わせづらいのだろう、下を向いて切り出した。


「厳密には、国の方です。ですがその…媛様も『湘様の初めての弟子に会いたい』と仰っておられるのも事実なので」

「ふうむ…」


今度はショウが考え込む番だった。

蒼媛国としてというより、列島国家群の方針が見えない。

ショウ自身が罪に問われるような事はないだろう。前例はないが、特に明確に業剣の技術を伝えてはいけないとされている訳ではない。

だが、相手が一国の―しかも海を隔ててとはいえ隣国の―王族であるとなると話は別だ。

その人物が信頼に足る人物であるか、自分達に国を挙げて刃を向けるような事はないか、そして業剣の才覚はそもそもどれ程であるのか。

知りたいと考えるのも、無理のない事ではあった。


「要するに、セシウス達四人を蒼媛国に招く、という事か」


敢えて最も難しい点を口にする。


「はい、その通りです」


なのでサンカも、正直にそう答えた。


「厳密にはセシウス様と、テリウス様。王権に強く関わるお二人が来る事を蒼媛国は強く望んでいます」

「だ、そうだ」


水を向けると、案の定ジェックは難しい表情をして見せた。


「それは困るな、確かに」

「恐らく俺の国の連中はセシウスを見て、イセリウス王国との付き合い方を考えたいと思っている。それを元に列島国家群全体が方針を決める事になるだろう」

「向こうから呼ぶという訳には」

「済まない。他はともかく、守神様は俺の都合でもこちらには呼べない」


蒼媛が会いたいと述べている事がショウにとっては何よりも大事なのである。


「一つ述べておくと、この件は恐らく媛様の我儘というわけではない。しかし媛様が敢えて自分の名でセシウス達を招くという事は、それだけの意味があると思って欲しい」


事ここに至り、ジェックはやっと自分が呼ばれた意味を完全に理解したようだった。


「つまりあれか、王師殿。貴公は私に許可を出せと」

「有体に言えば、そうなるな」

「ぬう…」


無碍には出来ない。しかし軽々に受ける訳にもいかない。そんな表情で黙り込むジェック。

現時点ではセシウスは即位していない。実務の大半は生き延びた重臣達が中心となって行っているので、実際のところセシウスが行けない理由はないという事になる。

しかし、先代が暗殺されたのだ。軽々しく出歩かせたくないという心情的な事情も理解出来た。


「セシウスとテリウスの無事については、俺が責任を持つよ」

「しかしな」

「蒼媛様からの加護も得られるように取り計らおう。この国には国教や守神の制度はなかったよな?」

「それは魅力的ではあるがなあ…」

「ジェック」


と、思い悩むジェックに声をかけたのは問題のセシウスである。


「済まぬが我儘を許してほしい。私は師匠の故郷の風景を知りたいと思ってしまった」

「う、陛下…」

「ディフィとヴィントはこちらに残す。精々私の不在の間扱き使って欲しい」

「陛下!?」

「招かれているのは私とテリウスだ。師匠も居る事だし心配は要らないよ」

「しかし!」

「止さぬか、ヴィント。王師殿、お二人をよろしくお願い致します」

「爺様!?」


激高しかけたヴィントを止めたのはザフィオだった。

言い募ろうとする孫を視線で黙らせ、ジェックに笑顔で告げる。


「将軍。陛下達を行かせたのは儂という事にしておけばよろしい」

「団長…分かりました。王師殿、陛下に何かがあれば…」

「御老の寿命を縮めるような事にはしないさ」

「…感謝する」

「それはこちらが言いたい事だよ」


お蔭でこちらは蒼媛に対して顔をつぶさずに済んだのだ。ショウはジェックと、何よりザフィオに頭を下げた。それに倣う形でサンカも頭を下げる。

出立は秘密裏に、五日後と決まった。



東の港に入港していた蒼媛国の船は、交易用の大型船だった。

リゼを含めた五名は、船の甲板から見送りの三人を見下ろしていた。


「ジェック将軍は来なかったか」

「流石に父が王城を抜ければばれてしまいますよ。でも、あの二人には悪いことをしたかな」


ヴィントとディフィを見下ろしながら、呟くテリウス。


「いや、どちらにしろあの二人は置いていく心算だったよ」

「そうなのですか?」


元々諦めてはいたようだが、セシウス達が向かう事になった事で行きたくなったのも想像に難くない。無論セシウスの護衛としてという意図もあったのだろうが。


「ああ。あの調子では鬼神に出会っても平静を保てないだろうからな」


結局、ヴィントとディフィはショウの鬼気を受けきる事は出来なかった。

鬼気と業剣の密度は上がっていたから銘だけは刻めたものの、精神の弱さ歪さを是正するには日が短すぎた。

鬼神は常時鬼気を放っているから、それに中てられて思わぬ粗相をしないとも限らない。


「あいつらは精神を鍛える事を最優先…という事で、鍛錬の内容は御老に伝えてある。戻ってくるまでに少しは改善しているといいんだが」


ジェックから提示された期間は一か月半程だ。蒼媛国はどうとでもなるだろうが、それ以外がどういう判断を下すのか。

弟子を護る為ならば多少は暴れてもやむを得ないだろうな、と物騒な事を考えていると。


「ねえ、シグレさん」


珍しい事にリゼが声をかけてきた。


「どうした?」

「ハンジの国は通るのかしら」

「いや、通らない。蒼媛国は南西部だからな。緋師国とは南北で隣接しているが、こちらから向かう場合わざわざそこに立ち寄る事はない」

「そう」


少々残念そうな顔をするリゼに、


「まあ、向こうに住む心算なら行く機会もあるだろう。それに、緋師国は多分貴女が過ごしやすい国ではないよ」

「何故?」

「…彼が何故国を出奔しなくてはならなかったかを考えるとな」

「そう…そうね。でもこの子には父親の見た景色を一度は見せてあげたいわ」


愛おしげに腹を撫でるリゼ。


「それもいいだろう。サンカ!」

「はい、どうされました?」

「リゼ殿の事は、媛様は何と?」

「出産も含めて全面的に面倒を見るとの仰せです。ですからご安心くださいね」


と。


「お、船が出るようだな」

「そう言えば、この船はどう動くの?帆も張ってないようだけど」


普通の船は、帆を張って風の術を浴びせる事で動かす事が多い。

その為、船長は例外なく術士であり、旅の距離に応じて助手をつけるのが常なのだが。

と、サンカが得意げな顔をしてみせた。


「これは蒼媛国で公認された交易船ですからね。媛様の加護によって海が船を運んでくれるのですよ」

「海が?」

「ええ。蒼媛様は大いなる海と共にある守神様なのです!」


いまいち理解できていないという風情のリゼに、ショウが苦笑交じりに補足した。


「つまり、蒼媛様による加護を受けて、海原を自在に進む事が出来る船だ、ということさ」


と、揺れもなく船が港を離れる。


「さて。では蒼媛国までの船旅だ。各々まずは好きにしようか。…俺は寝る」


瞬く間に遠くなった陸地に背を向けて、ショウはそう宣言したのだった。

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