銘を刻む
「さて、これから二人の業剣に銘を刻む訳だが」
車座ではなく、テリウスとセシウスの二人だけがショウの前に並んで座っている。ヴィントとディフィは今回は自室で待機していた。
「お前達が自分の国の言葉でつけるのと、俺が列島国家群の言葉でつけるのと、どちらがいい?」
「師匠に名付けていただきたいです」
「同じく」
即答。上手い銘を授けてやれる自信がないから提案したのに。
「…そ、そうか。ならば俺が付けるとしよう」
退路は断たれた。
ある意味で、最大の難関である。ショウは自分が追い込まれている事を強く自覚しつつ、まずはテリウスの方に目をやった。
「まずはテリウス。業剣を抜いてくれ」
「はい」
弟子の序列順という事で、まずは一番弟子のテリウスが業剣を抜き放つ。
青みがかった緑色の刀身。最初に抜いた時よりも青みが強いか。だが色合いは遥かに鮮やかに染まり、輝いているようだ。
「良い色だな。テリウス、使いたい言葉はあるか?」
「いえ特に。師匠がつけてくださればそれで」
「そうか…」
頼むから少しはこちらの焦りを察して欲しいものだが。
テリウスの全幅の信頼を寄せた視線が痛い。
ともあれ、ショウは覚悟を決めた。
「その耀きを曇らせることの無いよう。草原と大樹の鮮やかな色を刀身に宿したテリウス・ヴォルハートの業剣に、師である時雨湘が銘を与える」
恭しく捧げられたテリウスの業剣を両手で受け、
「業剣碧葉」
その眉間にその切っ先を突き付ける。
「謹んでアオバの銘、我が業剣に刻みます」
テリウスがその切っ先を真摯に見つめ、そう告げるや、銘を刻まれた業剣『アオバ』が輝きを放った。
ここに、業剣士テリウス・ヴォルハートとその業剣アオバが誕生したのである。
「では引き続き、セシウス」
「はい」
セシウスも同様に業剣を抜いた。幅広の黄色かった業剣は今は黄色ではなく、金色に近い輝きを放っている。
「美しいな。王権を振るう者に相応しい業剣だ」
「ありがとうございます」
「刻む銘に希望はあるか?」
「では、出来ましたら王としての責務を違えぬような戒めを思い出せるような銘にしていただきたく思います」
「王の責務か…」
その言葉を聞いて、まさしく脳裏に浮かぶ一つの言葉があった。
「王道。王権を持つ者が行く、その徳によって国を治める平和な道だ。」
「オードー…」
セシウスは何度か呟くように繰り返していたが、
「少し言いにくいので、オードと短縮させていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、構わない」
頷くと、セシウスもまた自らの業剣を恭しく捧げてきた。
両手で業剣を受け、眉間に切っ先を突き付ける。
「この黄金色の輝きは、その魂の輝きだ。王権を私欲に用いて輝きを曇らせることなかれ。王の輝きを湛えるセシウス・ウェイル・イセリウスの業剣に、師である時雨湘が銘を与える。業剣『オード』」
「謹んでオードの銘、我が業剣に刻みます」
セシウスの業剣オードが放った金色の輝きは、既に王としての威厳を示していたのかもしれない。
「さて、と。取り敢えずこれでお前達は一人前だ」
「はぁ」
などと突然言われても二人とて困る事は重々承知している。
「とまあ、俺も業剣に銘を刻んでもらった時に師匠に言われたのがこの言葉だった訳でな」
業剣士の動きや型については、どの流派もないに等しい。
「元々は自分の師匠やその親戚を斬る為の技術だ。決まった型なんかがあっても、研究されてしまっていれば手も足も出ないだろう?」
人の寿命の幾倍もの時間がある鬼神にしてみたら、その程度は手間ですらない。
「鬼気の使い方は人それぞれ適性があるからな、試行錯誤しながら、鬼気を高める修行を続けながら模索していくほかないのさ」
少なくとも、テリウスもセシウスも剣術については一定以上の経験があった。
それを元に力を伸ばして行けば、超一流の業剣士になるのも夢ではないだろう。
「業剣士の一人前は、戦場で業剣を振っても良いという許可でもある」
つまり、滅多な事では業剣が折れない程度に丈夫になっているということだ。
ともあれ、本来はここからが長い。今までのような方法では伸びていかない。地道な努力が必要となる。
「まあ、あまりそれを使うような場面にならないよう気をつけるように」
「はい」
テリウスはともかく、セシウスが使うような場面になるとなれば相当に大問題だ。
「そのためにもヴィントとディフィにはさっさと一人前になってもらわないとな」
これについては、もう暫くかかるだろうか。
「では、この後我々はどうしたら良いでしょう?」
「まずは業剣が出た時に、体のどの部分がどの程度強化されているのかを実地で確かめてみるといい」
「実地で?」
「危ないのは戦場だけじゃあないだろ?」
草原にだって人を襲う獣はいるし、山や森なら賊が居てもおかしくはない。
「俺を基準にすると痛い目を見るから、まずは狩りでもしてみたらどうだ?」
周囲に異様な気配は感じない。別荘地が見える範囲であれば、特に問題もないだろう。
「では野兎を狩った数で勝負しないか、テリウス」
「いいよ、セシウス。他に大物を狩った場合はその大きさで勝負だ」
「よし決まりだ。負けないよ」
「僕も負ける心算はないな。師匠の一番弟子としては弟弟子に負けてはいられない」
「自分が先に頼んだからって…!」
騒ぎ立てながら出て行く二人を見やりながら、
「今日は肉三昧かなあ…」
晩の献立はひどく大雑把になるだろうことを覚悟したのである。
「何とか間に合ったな」
更に二週間後。イセリウス城下町の門前で、ショウは軽く独り言ちた。
ヴィントの槍に『モーフ』、ディフィの二刀にそれぞれ『イン』『エイ』と銘を授けて、修行に一区切りをつけたと判断して五人は王城に戻って来ていた。
サンカはまだ答えを持ってきていないようだ、と安堵の息をついたショウだったが。
「…なんでこう、離れるなと言っているのに出かけてしまいますかね」
背後で突然聞こえた声に、軽く愕然として振り返った。
「今回は気づかれませんでしたね」
「お、おう」
城に居るように、と言われていたのはしっかり覚えている。出来れば気付かれたくなかったのだが、どうやら不在だった事は完全にばれているようだ。
今度はどれ程の小言があるか、と思っていたが、サンカは思いの外早くに矛を納めた。
「それはまあ、湘様だから仕方がないと思う事にします。媛様と蒼媛国からのご連絡をお持ちしました。弟子の皆様と山査子様の奥方についても指示を受けておりますので、まずはお集まりいただきたい」
サンカの表情からは感情が読み取れない。そういう表情をするという事は、蒼媛からの指示はともかく、国からの指示に納得していない様子だ。
「セシウス。ジェック将軍とザフィオ老にご一緒してもらおう」
「よろしいので?」
「ああ」
頷いて、一言。
「済まない。恐らく俺の国から無理難題が出ているようだ」
どこの国も同じだな、と深く溜息をつかずには居られなかった。