只今修行中
「…それ、すっごく拙いですよ、湘様」
「やはりそうかね」
カラカラと笑うショウに、恨めしそうな視線を向けるサンカ。
「笑いごとじゃありませんっ!」
「まあ、媛様のご都合を聞いて来てくれ。一応先代から免状は貰っているんだ、弟子を取ること自体は止められてはおらんだろ?」
「そういう問題じゃありません!」
「あの、師匠…」
いきり立つサンカに、若干引きながら口を開いたのはヴィント。
「もしかして、国外で弟子を取っては駄目とか…?」
「いや、そんな事はないぞ」
「そんな事あります!あるんです!」
サンカの叫びに、流石に少々頬を引き攣らせながら続ける。
「俺の師匠…先代蒼媛からは、国外で弟子を取ってはならないって話はなかったが」
「そんな事した人が過去どこにも居なかったからでしょうにっ!」
「居るだろ、ほら。闘神様とか」
「伝説上の人物と比較してどうするってんですかっ!」
弟子を困らせるのは師の仕事ではないので、取り敢えずサンカを止める事にする。
「…でも真面目な話、今更弟子にしなかった事になんて出来ないぞ」
「うぐっ…!」
しかも一人は国王である。今更国情の為に断るとでも言えば、それこそ外交問題だ。
ここに来て、蒼媛国だけでなく列島国家群は非常に困難な国際情勢に巻き込まれた形となった訳である。
「ここでどうのこうの言っても仕方ないだろ。当代にお伺いでも立てておいで」
「なんて言えばいいんでしょう…?」
「いや、俺から聞いた通りに言えばいいよ。喜ぶと思うぞ」
「ええそうでしょうね!なんだってこう媛様は湘様の仕出かした事を良いようにしか解釈しないんでしょうね!?」
「結果として国益につながるからだろ」
「今度と言う今度はそうなる訳がないでしょう!この問題児!」
軽く不敬な事をまくし立ててやっと、サンカはどうにか落ち着いたらしい。
「とにかく、大至急報告して指示を受けてきますから。絶対、この城から動かないで下さいね!」
「はいはい」
これ以上怒らせても仕方ないので、素直に頷いておく。
サンカは心なしか同情的な視線で弟子達とリゼを見た。
「この方、何でもかんでも自分の技量だけで切り開いてきた分、このとおり大味ですから。後悔だけはしないようにしてくださいね」
特に私達の国の為に、とは言い切れなかったようだが。
「大丈夫ですよ。私達も師匠の偉大さに近付けるように日々精進を重ねる事にします。…ああ、師匠の母国とは良好な関係を築いていきたいと思っておりますので、確とお伝えください」
セシウスの笑顔に邪気はない。貴族特有の美形で微笑まれるとサンカも弱いらしく、頬を赤らめつつ、
「必ずお伝えする事をお約束します。それでは失礼して」
現れた時のように、すぅと音もなく姿を消すサンカ。
ショウは慣れたものだったが、四人は驚いたようだった。
「師匠、これも業剣の技術ですかっ!?」
「どちらかと言うと鬼気を使った技術という事になるな。山霞は業剣を使えないがあの手の術に長けるんだ」
「奥が深いですね…」
「技術体系が違うだけだろ。実際輸入される形で魔術も使われているしな」
列島国家群は海の向こうだから規模が大きくないだけで、交流がない訳ではないのだから。
「さて。国許からの召喚命令が出たら俺も流石に戻らないと拙い」
いつも通りの修業風景だが、今日はショウも四人と一緒に業剣を出して座っている。
そしてそれを椅子に座って眺めるリゼ。打ち合わせておく必要があったので、サンカが帰ってすぐに修行に流れ込んだ形だ。
「その場合はリゼさんにも来てもらう事になるだろう。済まないがついてきて欲しい」
お腹が大きくなってからだと動きを取り辛いだろうから、その点だけを考えれば早いうちに向こうに渡っておきたい所だが。
「それは構わないわ。着いた途端に殺されるなんて事はないんでしょう?」
「俺の向こうでの肩書に懸けて誓おうか」
「ならいい。あの人の見ていた景色にも興味があるわ」
リゼの方は問題がなくなった。
当面の問題は、修行の途中で彼らを放り出してしまうことだ。
「次期国王が国を離れるのは拙いだろうからなあ」
「え、着いて行ってはいけませんか」
心底意外そうなセシウスに、そりゃそうだろうとテリウスが引き継いだ。
「即位式が三年先だからって不在じゃ駄目だと思うよ、セシウス。実際今も仕事が山積みだろう?」
「そこはほら、テリウスが影武者として替わってくれれば…」
「嫌だよ。僕も師匠と一緒に行きたいからね。何せ一番弟子なんだから」
「そ、そこで席次を出すのはずるいと思うんだ、テリウス!」
実際にテリウス自身の影武者としての役割は既に形骸化していると言っていい。
二人並んで立っている所は目撃されてしまっているし、極力その存在が秘されていたヴォルハート城の頃とは違い、旅にも同行している。精々遠目から狙われた際に見分けがつきにくい程度だ。
ジェックも親として、テリウスを役割から解放してやりたかったのだろうか。推測に過ぎないが。
「あのう、私も駄目ですよね、やっぱり」
「ヴィント殿は近衛だから無理ではないか?私も組織運営の問題があるから国を離れられん」
結局のところ、国の重鎮としての確たる役割がないのはテリウスだけなのだ。
国を一旦とはいえ離れる前に、せめて彼らの業剣が一般的な武器を相手にして折られない程度にはしておかないといけない。
短時間で鬼気を高め、鋼製の武器くらいではびくともしない業剣にする事を考えると。
「効率的な修行方法と言えば…あれかな」
イセリウス城下から離れて南西に半日の距離。
レモス山地と南部森林の境目辺りに、王家の別荘地がある。
「近くに人や亜人の住まいは?」
「私の知っている範囲ではありません。王家の別荘近くに連絡もなく居を構えたら取り締まりの対象ですから、大丈夫だと思います」
なら良いか、とショウは別荘の広間でいつものように四人を車座に座らせた。
今回はリゼは連れてきていない。公式には居ない事になっている彼女をわざわざ連れ歩く必要はないし、イセリウス城で大人しくしているならば生存に気づかれる事もない筈だ。
業剣を取り出し、いつも通り瞑想に入ろうとする四人を止める。
「今回はいつも通りの修業ではなく、少しきつめの修業をしようと思います」
「ほう!望むところです師匠!」
意気に感じたらしいのは、案の定ヴィントである。暑苦しいのはいいが、その姿勢をどれだけ保っていられるやら。
「では、今から諸君を殺す心算で鬼気を放ちます。諸君は鬼気を全身に張り巡らせて耐えること」
「耐える?」
疑問符を浮かべたディフィに、頷いて続ける。
「強烈な鬼気は人を死に追いやります。鬼神が殺す心算で放つ鬼気は、それこそ並の業剣士でも危ない」
と、ショウは語りながら鬼気を放った。気持ちいつもより強めに。
「全員が気絶するまで続けます。気絶したら鬼気をそちらには向けないようにしますからご心配なく。しっかり鬼気を張り巡らせて、一足飛びに死なないように。いいですね?」
返事はない。
四人は脂汗を流しながら、必死になけなしの鬼気を放って耐えている。
「本気で鬼気を練りなさい。死に対する恐怖と生き抜こうとする意志が、鬼気を育てます」
少しずつ、鬼気を強めていく。
最初にがちがちと震え始めたのは、ヴィントだった。
「心の鍛錬が弱い。だからこうなってしまうのですよ。ヴィント。お前の怒りは恐れの裏返しです」
脂汗、涙、鼻汁まで流しながらこちらを見上げる彼に、冷たく告げる。
「感情を御しきれない者は、心を崩されて敗れます」
「うぁぁぁぁっ!」
がばっと立ち上がり、錯乱して飛びかかって来る。そのがら空きの腹を軽く打つ。
「ぐぶぇっ!」
「少し揺らされたくらいで崩されるようではね。暫く寝ていなさい」
そのまま少し押し出して、壁まで軽く放り投げる。
あらかじめ用意してあったベッド用のマットに直撃し、ずるずると倒れるヴィント。
「まず一人」
と、告げた途端に二人目が倒れる。ディフィだ。
「おっと」
今度は足先ですっと体を持ち上げ、やはり用意してあった彼側の壁のマットに投げる。
「自制心が強いのは悪くないのですが、恐怖を受け流し過ぎましたね。感情を切り離す修練じゃありませんよ」
むしろ、恐怖を乗り越えて生き抜こうとしなくてはならないのだ。
錯乱してしまったヴィントの方が、生き抜くことには貪欲だったと言えるだろう。
際限なく沸き立つ恐怖を受け止め、乗り越える努力。感情を切り離す訓練をしていたディフィは、自分の中に沸き立つ感情を受け止め切れなかったのだろう。
「ふむ。流石に二人は優秀ですね」
ショウの鬼気を受け止める二人の、身に纏う鬼気が目に見えて増していくのが分かる。素晴らしい才覚だと言えるだろう。
ひゅーひゅーと、荒い息をつきながらこちらを見てくるセシウス。汗はすごいが、まだ何とか耐える余力はありそうだ。
だが、それよりも圧巻なのはテリウスの方だった。
脂汗は既に引いている。瞳を閉じ、自然体でこちらの鬼気を受け止めている。
セシウスもそれが分かっているようで、彼の方をちらちらと見ながら、負けじと鬼気を練っている。
「…ふむ」
放つ鬼気の量を安定させて、ショウは二人の前に座り込んだ。
口調を戻して、二人に語り掛ける。
「魂の質ではセシウス。鬼気の質ではテリウス。二人ともに才能が豊かだ」
「ありがとうございます」
「あ…ありがとうございます…」
「と言う訳で、セシウスの成長に合わせた鬼気の量にする。テリウスは今度は鬼気を業剣に注ぎ込むようにしてみろ。…ただし、注ぎ過ぎて防げないなんて間抜けな事はするなよ」
小さく笑みを浮かべるショウに、テリウスは目を閉じたまま頷き、セシウスは少しだけ安堵したような表情で姿勢を正した。
「さて、ここからが本番だ。やり切ればお前達の業剣は銘を打っても良い程の物になっているだろう」
国の外とは言え、将来自分に比肩し得る才能に出会うとは。
これだから世の中は面白い。
幼くから修行を重ねていれば、或いは今頃鬼神討ちはこの二人のどちらかだったかもしれない。
益体もない事を考えながら、今は弟子の成長に目を細める若い師であった。