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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
26/122

蒼媛国からの遣い

「ところで、実際に剣を振って鍛錬とかはしないのですか?」


飽きた訳ではないのだろうが、テリウスがそんな事を言い出したのは、彼らが自分の業剣を自分達で何とか引き抜けるようになってから一週間ほど経った日の事だ。


「いや、しても構わないが。ちなみに何をしたいんだ?」

「そりゃあ、素振りしたり、打ち合ったり…」

「折れたら死ぬ武器で打ち合うとか、剛毅だな」


素振りはともかく、業剣で打ち合う鍛錬は業剣士の鍛錬では既に淘汰されている。

命の危険を冒してまでする鍛錬では、緊張感があるばかりで実力の向上には然程繋がらなかった為だ。


「業剣は魂と鬼気によって構成されている。魂の質っていうのは自力では上げにくいから、鬼気を高める方法でまずは業剣の強化を行う訳だ」


鬼気を高めるには精神修養が一番である。業剣は出しているだけでも鬼気を消耗するから、この状態で瞑想を続ければ自身の鬼気は自然に高まっていく。

この基本をおろそかにしていては、


「だが、どちらか一方しか鍛えなければいずれは頭打ちになる。となると魂の質を上げないといけない。魂の質を上げる為には、自分よりも高い質を持った魂の持ち主と斬り結ぶ必要があるんだが…」


業剣は魂の塊なので、魂の質が高い相手と闘うだけで、その魂の力を受けて魂の質は徐々にだが高まっていく。

ただ、近しい魂の質の相手をいくら斬っても、上がるのは微々たるものでしかなく。


「極端な話、魂の質が自分より高い人間を千人斬るより、鬼神とかの神性を一柱斬る方が魂の質は大きく上がる。鬼神討ちと業剣士の業剣の強度の違いは、ここに差があるから生じる」

「師匠は他の神性と闘って更に魂の質を高めるのを目的にしているんですよね?」

「ああ。鬼神とは最上級の方と闘う機会があったからな」


実際、ショウ自身他の鬼神と試合形式であっても剣を交えるのは憚られた。

元々が鬼神を斬る為の技術である。常識的に考えれば、誰も受けてはくれないだろう。


「じゃあ我々も、鬼神に限らず神性を倒せば業剣の格も上がるんでしょうか」

「そうだろうな。人々に寄り添ってる神性に誰彼構わず挑むのは感心しないが」


良くも悪くも、神性は人々の生活に多大な影響を与えている。つまり、その周辺の政治に大きく関わっている場合が多い。列島国家群然り、宗教国家アズード然り。

無暗に挑めば国家間の問題に発展しかねない。

特にセシウスやテリウスは王族だ。そういう考えを持ってもらっては困る。


「ま、どちらにしてもだ。今のお前達の業剣は銘を与える事も出来ないような鈍らだからな。そういう見果てぬ夢を見るより先に『使い物になる』状態まで持っていくのが先だよ」

「そうですね。ほらテリウス、雑念は駄目だそうだよ」

「お前は大物だよセシウス…」


この場では王子と影武者ではなく、同じ師についた兄弟弟子として。

二人は幼い頃は名前で呼び合っていたと言うから、不自然な様子はなかった。


「ま、問題は…」


と、ショウは視線をヴィントの方へやった。


「し、師匠…」

「駄目だ。我慢が完全に見につくまではな」


東国伝来の姿勢、正座で瞑想を続けるヴィント。当然ながら非常にきついようで、足どころか全身までぶるぶると震わせている。

そして、最後に。


「…」


彼らの会話やらを聞いても微動だにせずに瞑想を続けるディフィ。


「…ディフィ、お前が一番上達が早いかもしれ…?」

「…ぐぅ」

「前言撤回」


取り敢えず手製の板でディフィの肩を軽く叩くショウだった。



半月ほどが過ぎたある日。

ショウがイセリウス城の中庭を歩いていると、不意に背後に気配を感じた。


「隠形が上手くなったな、山霞」

「湘様もお人が悪い。間合いに入るのを待って居られた癖に」

「いや、お前だと意識していた訳ではなかったよ。間合いに入っていたら気づかずに抜き払っていたかもしれないな」


振り返ると、木々の色がじわりと変わって空間に浮き出すように異装の女性が現れていた。


「…本当に、近づかなくて良かったです」

「同感だ」


軽く笑うショウに対して、女性―サンカは頬を軽く引き攣らせて返したのであった。



「して、山査子様は」


近くにいた召使にセシウス達当事者を呼びに遣らせ、ショウはサンカを自分用として用意されている客間に案内した。


「斬ったよ。尋常の勝負をして、業剣を二本とも折り砕いた」

「左様ですか…」


サンカの声音に失望が交じる。無理もない。緋師流の業剣士としてハンジは円熟の域に達していた。

列島国家群には、ショウがハンジを生かして連れ帰ると信じている者も少なくない。


「ここの国王が暗殺されたのは知っているか?」

「ええ、もちろん。王兄が反乱を起こして、すぐ鎮圧されたとか?」

「…国王を暗殺したのが半慈さんだ」

「!」

「俺がここに居るのは王兄の追手から王子を助けたのが縁でな。どちらにしても事が事だ。斬らない訳にはいかなかった」

「…確かに、そうですね」


呻くように漏らすサンカ。

だが、気を取り直したようで、ずいとショウに詰め寄った。


「ところで!山査子様を討たれたのであれば、報告なさる必要がありましょうに。何故こちらに長逗留など」


痛い所を突かれて、ショウの表情が軽く歪む。

どう説明したものか。サンカの視線が痛い。


「…媛様も寂しがっておられますよ」

「ぐっ」


サンカは国と言うよりも蒼媛に仕える隠密だ。国の利益よりも蒼媛や彼女の庇護下にある鬼神、業剣士の利益を優先する。

どう説明したものか。サンカの視線が更に痛い。


「湘様!」

「…仕方ないか」


言い繕うのを諦めて、ショウは取り敢えず全部話す事にした。


「…山霞、ムハ・サザム帝国を知っているか」

「ええ。大陸の雄ですね。存じておりますよ」


説明の必要が減った。ショウはムハ・サザムを知らなかったから、流石に隠密だと言うべきなのか、あるいはこちらの学が足りていないのか。


「うむ。ところでだな。半慈さんと交えた時に、約定した事があるのだ」

「ほう」

「どうやら半慈さん、こちらの大陸で妻帯されたようでだな」

「妻帯、それはめでたい」

「で、その御内儀の命の安堵を託された訳だよ」

「勿論お受けになられたのでしょう?」

「そりゃ勿論。で、だな」


一息ついて、説明する。


「その御内儀、調略の為に単身イセリウス王国に乗り込んで来ていたムハ・サザムの王女様らしいのだ」

「はあ。…はぁっ!?」


サンカの目が丸くなる。


「…しかもだな。どうやら半慈さんとのお子を身籠っておられるようで」


冗談の類ではないと察したらしく、真っ青になるサンカ。


「半慈さんからの約束は守らないといけないが、一応公式に来ていないことになっているとはいえ、ムハ・サザムの王女だ。どうしたものかと思ってなあ」

「そ、それは確かに…」

「一番いいのは蒼媛国か緋師国に連れて行く事なのだが、俺の一存でしてしまって構わないか?」

「い、いや!それは流石にっ!」

「…だろう?」


場合によっては国難を呼び込む事になりかねない。

と、ドアがノックされた。どうやら集まってくれたようだ。


「入ってくれ」

「失礼しますね、師匠」


テリウスを先頭に、セシウス、ヴィント、リゼが入室してくる。

ディフィは厳密には今回の話の当事者としては関連性が薄いので、表で聞き耳を立てる者が無いよう警戒を頼んであった。


「…師匠?」


ぽつりとつぶやくサンカ。

だが、ショウは取り敢えずその言葉を無視してサンカを紹介する事にした。


「呼びつけて済まない。紹介しておきたい客が来たものでな」

「ああ、いえ。それは構いませんが…客?」

「うむ。蒼媛国で蒼媛付の隠密をしている、霧野山霞だ。今回の半慈さんとの一件でこちらに報告を受け取りに来た」

「ああ、成程」


一礼する四人に慌ててサンカも礼を返す。

ショウは続けてサンカに四人を紹介しようと、まずはセシウスの方に手を向けた。


「山霞。こちらはイセリウス王国次期国王、セシウス・ウェイル・イセリウス陛下だ。その両隣に居るのがヴォルハート城主ジェック・ヴォルハート将軍の次子であるテリウス・ヴォルハート殿と、イセリウス王国近衛兵団副長のヴィント・ウルケ殿」

「こ、国王陛下ですか!?し、湘様!いくら常識に欠けておられるからといって、一国の国王を自室に呼びつけるなんて―」

「失礼だなお前。で、こちらが半慈さんの御内儀、リゼ・エスクランゼ殿」

「あ、こちらが例の…って、湘様!」

「で、リゼ殿を除いたこの三人と、表に今立ってる一人、俺の一存で弟子にしたから」

「ああもう、そんな色々と言ったって誤魔化されませんよ!何ですか弟子って!まったくもう、そんな事より国王陛下にいくらなんでも無礼で…って、弟子?」


一人騒ぎ立てていたサンカが、何かを聞きとがめたようで一旦勢いを止めた。

言葉を反芻し、聞き直す。


「弟子…?」

「うむ。業剣の出し方までは教え終わったところだ」

「で、弟子ぃっ!?」


サンカの頓狂な悲鳴が響いた。

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