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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
24/122

内乱終息

業剣が折れれば、死ぬ。

真っ向から立ち向かい、ハンジは萬里鬼笑閃を止めた。

業剣が砕け散ったのは、魂を全て使い尽くしてしまったからだ。

勝敗は決した。




「アンタぁぁぁぁっ!」


声が響いたのと、すべての力を失ったハンジが倒れ伏したのとは、果たしてどちらが早かったか。

戦場には不釣り合いな赤いドレス姿の女性が、ハンジに取り縋って泣きわめいている。

同時に、あちこちから声が聞こえ始めた。

ざわざわと、困惑の体である。

大体の事情を察して、ショウはハンジと女性の所へ歩み寄った。

そのまま無言でハンジの体を担ぎ上げる。


「お、お前がぁっ!」

「ハンジさんの妻だな」


掴みかかってこようとする女性だったが、ショウの一言が余程意外だったのか、その胸倉を掴もうとした所で止まってしまった。


「え、お前何を…」

「…ついて来るといい」

「ちょ、ちょっと!」


ショウが足を向けたのは、ウルケ城の城門である。

おとなしくついて来るのを確認して、ショウは城門をくぐった。




「お疲れ様でした、師匠!」


テリウスとセシウスに迎えられたショウは、そのまま手近な兵士詰所に入った。

ハンジの骸を台に乗せ、手を組ませると、セシウスが口を開いた。


「ランドにはノスレモス領軍の武装解除をさせています。それにしても、伯父上が死んだ途端、あからさまに戦意を失っていたのはどういうことでしょうか…」

「暗示の類だろう。なあ、ええと…」

「リゼよ。リゼ・エスクランゼ」


涙の痕が痛々しいが、少し落ち着いたらしい。名乗ってくる。


「エスクランゼ?ではムハ・サザム皇帝の…」

「七女よ。お前はテリウス・ヴォルハートね?隣のセシウス王子と本当によく似ているわ」


人を食ったような笑みを浮かべるリゼに、テリウスも少々呆れた様子だ。


「エスクランゼはムハ・サザム南西部にある砂漠の小国です。そこの王女が皇帝に嫁いでいますから、その方の娘という事になりますか」

「つまりは属国になったという事よ。あたしの母様は人質ね」

「リゼ・エスクランゼの異名は『幻惑の魔姫』。正直信じていませんでしたが、ノスレモス領軍全体を支配下に置く程の魔術となると信じない訳にはいきませんね」

「この術はエスクランゼ王家に伝わる秘術よ。これがあるからあたしは帝国で生きていられた」


テリウスの発言を補足しているのか、好き勝手話しているのかはっきりしない。

実際、横から離されているテリウスはひどくやりにくそうだし、リゼ自身は一度もテリウスの方に視線を向けていない。


「その姿からすると、フォンクォードの愛妾として城に入り込んだのか?」

「ええ。でも実際には幻惑で認識をずらしたから、あの豚はあたしに指一本触れていないんだけどね」


くすくすと笑う。

つまり、ノスレモス城の者たちは皆、リゼ・エスクランゼという一人の間者の掌で踊らされていたという事になる。

愛妾として城に入れておいて、結局何もできなかったフォンクォードがあまりにも道化ではあった。



それはともかく、事情だけは確認しておかなくてはならなかった。


「フォンクォードを唆したのは君で間違いないという事かな」

「そうね。あたしが何もしなくても早晩どうにかなっていたと思うけど。ハンジが現れてくれた事で予定を進める事は出来た。…鎮圧されたのも早かったわね」


そうやってハンジの姿を見る。

外傷はない。本当にこうやっていると、眠っているようにしか見えない。


「…ハンジは死んだのよね」

「ああ。魂が砕かれてしまった。俺の知っている限り、折れた業剣を自らの意志で繋ぎ直した事例は一つしかない」

「ハンジには出来ないの?」

「さてな。砕けた魂を集える程の執念があればまた違うとは思うが…」


最期の瞬間の、あの満ち足りた表情を思う。

あの時、彼は確かに剣士として満ち足りていた。


「彼は最期に君の命を安堵する事を求めた。俺は応じたから、勝者の名に於いて君の身柄を全ての危難から護る事となる」

「はっ、何よそれ」


吐き捨てるように言ったリゼの、肩が震える。

涙を堪えながら、ハンジの服を握り締める。


「応じてもらったから、こんな安らかな顔をしてるっていうの…!」

「さあ、な。それは分からん」

「でも、それなら…安らがないで欲しかった…!生きて戻って来て欲しかった…!アンタ…!」


ショウは大きく息を一つ、ついた。

酷な事を告げなくてはならないからだ。


「俺は元々、ハンジさんをそこまで追う心算は元々なかったんだよ」

「…え?」

「彼が国を逃れた理由を、ほぼ確実な形で知ったからね。どちらかと言うと、生きて連れ帰る事の方が目的としては強かった」


事実、複数人を斬り捨てたこと自体はほぼ不問になる見通しだった。

列島国家群に住む人々とって、鬼神討ちを貶める発言は国主や守神への侮辱に近いとされている。

業剣士は鬼神討ちに近しく、公人に近い立場だ。それなのに他国の鬼神討ちを貶めるなど、その国への宣戦布告にも等しい。ハンジの所業は自国の業剣士の暴言を誅したと捉えられていた。精々やりすぎたとしての叱責か、一年程度の謹慎となる筈だった。

ショウが追手として赴いたのは、顔見知りであった事と、間違いなくハンジという凄腕を抑えられる人物と判断された為だ。


「じゃあ、何で!?」

「彼が国王を斬ってしまったからだ」


彼がこれを機に武者修行でもしようと考えていたなら、どちらかと言えば応援する心算すらあった。

だが、彼が刺客としてハウンツを斬ってしまった事で事情が一変する。


「君の指示だな?」

「ええ、ハンジは聞いてくれたわ。…何とかしてやるって、言ってくれた。何とかしてくれた…」

「俺がセシウス達と義理が出来ていたかどうかは別にして。ハンジさんは東国の公人だ。その人物が大陸の国王を斬ってしまったんだ。それが事実だと判断した時点で、俺は彼を生かしておく訳にはいかなくなった」


これはつまり。

リゼ自身が、ハンジの死ぬ理由を作ってしまったという事だ。


「嘘…嘘よ。だって何も言わなかったもの。そうしたら困るなんて、言わなかった!」

「そうだろうな。それが剣士の矜持というものだ」

「あたしに安心をくれたのよ。じゃあ、あたしが言わなければ…」

「ハンジさんは君が首謀者だとは一言も言わなかった。死ぬまで君を護ろうとしたという事だ」


リゼはとうとうハンジの胸に縋りついた。

ショウは、今度は邪魔しなかった。


「嫌だぁ!死んだら嫌だ!謝る事も出来ないなんて嫌だぁぁっ!」


セシウスの方に向いて、頭を下げる。


「セシウス。この件は済まないが、俺が預かる。…異存はあるか?」

「いいえ、師匠。父の暗殺は、現在の国情からすればあり得た事態。護り切れなかったこちらの責もありますし、実行犯の二人は既に師匠の手で討たれています。…彼女の事は、聞かなかった事にします」

「感謝する」


所在無げなテリウスと、悲しそうな顔のセシウス。二人から目線を切ると、ショウは再びリゼの方に向いた。


「と言う訳で。君もハンジさんの後を追って死のうとは考えないで欲しい。君の無事は彼の願いだからな」

「…ょ」


リゼが振り向いた。



その手には、護身用だろうナイフが一振り。


「嫌よ!こんな思いをし続けるくらいなら…!この人が居ない世界で生きるなんて…!」


それを構えて、こちらに向けてくる。


「あたしを斬らないと、セシウス王子を刺すわ!」


だから殺しなさいと。


「テリウスでもいい!ショウ=シグレ!お前があたしを殺さなければ、この二人が死ぬのよ!」


お願いだから殺してと。


「いいえ、セシウス!テリウス!あたしがショウ=シグレを刺せば、お前達も黙ってはいられないでしょう!」


誰でもいいから。


「いいわ、表に出てあたしが全てを企図したって喚き散らしてもいいのよ!そうすれば誰もが真実を知るでしょう!?」


自分の罪を、罰して欲しい。


「…何で、何も言わないのよ」

「自暴自棄になった女性を斬る程、見境のない男ではない心算だ」


と、リゼはナイフを自分の喉に突き付けた。


「そうね。自分のけりは自分でつけるわ」


目を閉じて、自分の喉を突こうとした彼女に、だがショウは温和に告げた。


「…君の中に宿る命も、連れて行く心算かな?」


その言葉に、リゼが目を開いた。


「何ですって…?」

「君の腹に宿っている、命だ」


ナイフが、落ちる。

リゼが、下腹を押さえる。


「…いる、の?」

「新しい無垢な魂が宿っているな。フォンクォードのではないのだろう?」


ごくりと、リゼの喉がなった。


「は…ハンジは、知っていたの、かしら…」

「俺たち業剣使いは、自らを含めて魂を扱うからな。相手の魂も見通す事が出来るのさ」


再びリゼが涙ぐむ。

だがその目は限りなく優しくなっていた。


「じゃあ、あの人は…」

「君と、君と結んだ命を護ろうとしたのかもしれないな」




「取り敢えず君の身柄は俺の責任で預かる。…とはいえ暫くは部屋を出ないように」


用意させた客室でリゼに言い含めて、ショウは部屋を出た。

憑きものが落ちたような顔で頷いていたから、もう問題はないだろう。

そこで待っていたのは、テリウスだった。

静かに歩き出す二人。

ぽつりと、テリウスが聞いてきた。


「…本当に、子どもが?」

「…さてな。あの様子だと心当たりはありそうだが」


ショウの言に、何となく察していたのだろう、溜息をつくテリウス。


「出来てなかったら、間違いなく刺されますよ、師匠」

「大丈夫だろ。ハンジさんの魂が少なからず宿ったみたいだから、どうにかなるんじゃないか」


最後の時、ハンジの業剣が花びらのように散っていった情景を思い出す。

空気に溶けて消えていく直前、散っていた魂の欠片は、まるでリゼを護るようにくるくると舞い集って、彼女の中に吸い込まれるような動きを見せた。


「結局勝負は引き分けになったからなあ。本当に、稀有な業剣士を亡くしてしまったよ」


萬里鬼笑閃を防いだから、ハンジの勝利。

だが生き残る事は出来なかったから、ショウの勝ち。

一勝一敗で引き分けだった、という事にするのが妥当だろう。


「まあ、いいです。師匠が無責任なのは」

「おいおい」


責任問題になっても自分は関係ありませんからね、と凄むテリウスに頭をかきながら応じ。


「取り敢えず、状況が落ち着いたら早速指導をお願いします」

「ああ、そっちは心配するな。明日からでも指導を始めるよ」


この事だけは方便ではないよ、と改めて言い含めるショウであった。

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