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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
序章より~イセリウス王国編
22/122

鬼神討ちと業剣士

時間は少し遡る。

業剣士特有の鬼気を探る為に慎重に城壁の上で様子を窺っていたショウが、探していた気配を感じたのは、北側の城壁に差し掛かった辺りだった。


「出し抜かれたか…!?」


慌てて反転し、南側に戻る。

だが、当の鬼気はこちらに上る様子はなく、地上を駆け回っているようだった。


「師匠!」

「何があった、テリウス」

「ヴィントが本陣に突撃を敢行しました。後続も敵陣をかき分けていたのですが…」


と、眼下を見やる一番弟子。

つられるように見ると、騎馬に後ろから飛びかかり、次々と騎士を惨殺する男の姿。


「…あの位置だとヴィントが挟まれるな」


ほどなく騎士隊は壊滅するだろう。とにかく弟子の無事だけは確保しなくてはならないが、その為には本人の奮闘が必要となる。

ともあれ、発見した。


「あの男が、ハンジ=サンザシですか」

「ああ、間違いない。…あの二刀、前に会った時よりも随分と洗練されているな」


業剣の輝きは本人の姿よりも如実に存在感を示している。その鋭さを感じさせる橙色の刀身は、彼が鍛錬を欠かしていなかったのがよく分かる出来だ。

ハンジが騎馬隊を全員斬り殺すのと、ヴィントが背後を気にして後ろを向いたのはほぼ同時だった。


「…!」

「…」


何事か話しているようだが、こちらには聞き取れない。

激したヴィントが突きかかったようだが、軽々と止められる。

やはり地力の違いは明らかか。


「…おっと、見ている場合じゃないな。テリウス、セシウス。暗殺者は奴だけだと思うが、気をつけておくように」

「し、師匠は?」

「ヴィントを見殺しにする訳にはいかんだろう?助けに行くさ」


と、城壁の淵に足をかける。


「助けに行かれるのであれば、『飛翔』を使える魔術師を用意します。少々お待ちを」


常識的な反応を返したランドだったが。


「必要ありません」

「は?いやしかし…」

「このまま降りますよ」


と、ハンジが刀を振ってヴィントが避けた。上手く馬を操るものだと感心する。

ハンジの放つ鬼気が増した。殺意を乗せて、強くこちらに届いてくる。


「ひっ…」


感じたらしい、ランドが後ずさった。


「し、師匠!何ですか、これは…この恐怖は…」

「さっきも感じられたでしょう、鬼気です。敵意を乗せて放つとこうなります」

「…さ、さっきの師匠の気配より数段凄まじいですが」


ランドも混乱しているのだろうが、ひどく失礼なことを口走っている。

少し脅かしてやろうかと、ショウも全身から鬼気を発してみせた。

ほんの少し、本気を出して。


「さっきのが本気だと思ってもらっては困りますな、ランド殿」

「ぁ…あぁぁっ…」


かちかちと、歯を噛み鳴らして尻餅をつくランドに、少々やりすぎたかなと反省しつつ。


「二人を頼みましたよ」


と言い残し、ショウは城壁から空中へと躊躇なく身を躍らせた。




「テンペスト、ヴィントを乗せてこのまま城門へと走れ。巻き添えを食わないようにな」


気を失ったヴィントをその背にもたれさせると、テンペストは一声嘶いて城門へと駆け出した。

本当に賢い馬だ。


「さて…と。久しぶりですね、半慈さん」


振り返って笑いかけると、ハンジもまた笑みを返してきた。


「ご無沙汰でした時雨殿。豪公の折以来です」

「お互い生きて出会えた事に感謝したいところですが…」


小さく溜息をつく。


「済まないが俺はあなたを斬らねばならない」

「…でしょうね」


業剣『蒼媛』を抜き放つ。ハンジの橙色の二刀に対して、こちらは蒼く輝く一振り。


「前に見た時より、一段と輝きを増しておられるようで」

「お蔭でまた一段上の夢を見る事になりましたよ」

「それは僥倖」


二人が放つ鬼気が、ぶつかり合って弾けた。

戦場全体を、動くことすら許さぬと言わんばかりの濃密な殺意が覆い尽くす。



突如、戦争が止まったと表現するしかなかった。魔術と弓矢、兵器の動きが停止したからである。

だがこれは、彼らが意図したものではなかった。

ノスレモス領軍は、暗示によって正常な判断が出来なくなっている。にも拘わらず、動くことができなくなっていたのだ。

周囲の兵士が、武将が、手を止めて二人の様子から目を離せなくなっている。

小刻みに震え出し、歯が鳴るのを抑えられない。

目を離せば死ぬ予感と、手を出せば見向きもされないまま殺される確信があった。



「本来なら、あなたを能動的に追う心算はあまりなかったのですよ」


ショウは『蒼媛』を構えた。無造作に、あたかも打って来いと言わんばかりの構え方で。

ハンジは躊躇しなかった。先ほどまでヴィントに対して振っていたよりも二段は上の速度と鋭さで、斬りかかる。

炸裂音が響いた。


「…ですがこの国の王を斬ってしまったと言う。そして俺は逃げていた王子殿を助けてしまった」


それぞれが違う軌跡で放たれた左右の刃を、だがショウは最小限の動きで止めていた。

その威力を示すように、ショウの足元には地面に亀裂が入っている。しかしショウは特に動じることもなく、軽く『蒼媛』を振った。


「くぉぉっ!」


その動き自体はハンジを斬る為のものではなかったが、ハンジは危機感を覚えたかショウから離れ、大きく後ずさった。


「俺はここの王族に対して義理が出来てしまった。ここであなたを見逃してはならなくなってしまったものでね」

「弟子、というのも義理の一環ですか」

「まあ、そのようなものです」


ハンジが再度飛びかかってくる。今度は手数で勝負する心算らしく、ショウの目にも迫りくる刃の数が二桁程度に見えた。

見切る事は出来なかったが、それならば全て防げば良い。

ショウが軽々とその全てを防ぎきると、ハンジは足を止めて改めて手数を叩き込んで来た。


「豪公を破った時にも思いましたが、やはり非常に太刀筋が鋭いですね、半慈さん」

「お褒めいただき、光栄です!」


ハンジの剣の特徴は、その上手さと速さの両立だ。速さだけなら互角だが、見切りを許さない上手さはショウには真似できない技術だ。


「だが、その方法を俺に使えば、自滅しますよ」

「…ぐぅ!」


ショウは手数に対して反撃をしていない。ただ目に見える刃に自分の刀を合わせ、弾いているだけだ。

実際の所、ハンジの手数の間を縫って反撃が出来るとはショウには思えなかった。鬼神の剣を操る者は、形は違えど皆獰猛な攻め手を持っている。

しかし、余裕があるのは攻めているハンジではなく、ショウの方だ。


「この速度について来られますかっ…!」

「いや、実際ついていくのがやっとです」


苦悶の表情を浮かべるハンジ。対してショウは余裕の表情を崩さない。


「流石豪公を討った業剣蒼媛…。守神の名を与えられているだけの事はありますね…ッ!」


豪公を斬った事で魂の質が向上したショウの業剣は、並の業剣士のものよりも硬く鋭利になっている。

ハンジの業剣はショウに防がれる度に、わずかずつではあるが欠けて、削られてしまう。

業剣は魂の具現であるから、わずかでも欠ければ肉体にも魂にも激痛を覚える。

それを繰り返せば、それだけ多くの刃が削り取られてしまうことになるのだ。


「…半慈さん。あなたが国を出るに至った理由、それは俺には分からない、が」


少なくとも、国を出るまでも、出た後も。その研鑽が積み重ねられてきている事は、受けていれば分かった。


「成果を見せないまま終わっては、駄目だろう」


ハンジの右手の剣を強く弾くと、今度はショウが距離を取った。

追撃はない。少し大きく欠けただろうから、耐えているのだろうが。


「見せてくれよ半慈さん。その、奥義を」


既に開眼しているのだろう?と。


「俺を斬る為に積み重ねたものを、示せ」


強い口調で言い切ると、ショウは。

どんな奥義であっても防ぎきってみせようと、今度はしっかりと構えを取ったのだった。

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